絡まる糸
「何をしてるんだお前は」
アロウは思わず素で言ってしまった。
「うえぇ…ボクのごはん……」
涙目のシンの視線の先で、カラスが猛然と石畳に落ちたパンをつついている。
おそらくそのカラスに絡まれたであろうシンはというと、その傍で植木に後ろ向きに突っ込んでいた。
びっくりして飛び退いたとかそんなところだろうか。
もぞもぞと動いているが、出てくるどころか段々と沈んでいる。
左に顔を動かせば鋭い葉に絡まった髪がぴんと張り、慌てて逆を向いた時には右側の髪まで絡まっている。
「……」
「……」
沈黙が落ちる。
やがてシンが音をあげてアロウを見た。
「ナイフ貸して……」
「なんでそういう思考になるんだ」
アロウは呆れた顔でシンを見る。
「『ほどいてくれ』って頼めばいいだろ」
そう言いつつも、ふと自分の場合を考える。
一人だったら自分もそうするかもしれない。
――誰かの手を煩わせるよりも、少しの髪くらい引きちぎってしまえばいい。
シンは行動がすべて『自分ひとり』が前提なのだ。
子供ながらそれが染みついている。
アロウはなんとなくやりきれない気持ちになって、顔を逸らして植木にかがみこむ。
「ほどくからちょっと待ってろ……って、またとんでもない絡み方してるな」
「ちぎっていいよ、伸ばしてるわけじゃないから」
「こら動くな、余計絡まるだろ!」
一度ほどけた部分はもう絡まないように、アロウは上着を脱いで、植木との間に差し込んでいく。
シンはすることもなく上着にくるまれていき、横で悪戦苦闘しているアロウを眺める。
植木についた赤い実にちょっと似た、紅の瞳が真剣に糸のようなシンの髪を選別し、よりわけて、くぐらせる。
全部シンのための動作だ。
そう考えると、顔がほかほかしてくる。
誰かが何かをしてくれる、なんて考えたこともなかった。
今日はなんていう日だろうか。
何か特別な、お祝いの日?
「ほら取れたぞ」
満足げなアロウの声に、はっと我に返る。
「ほら」
アロウの手が差し伸べられる。
何か請求……されるわけもなく、シンの手を掴むと引っ張り起こし、ぱたぱたと服についた葉っぱをはたき落としてくれる。
「大丈夫か?」
反応のなさをいぶかしく思ったのか、アロウが覗き込んできた。
「うん……」
「ん?ちょっと擦り剝いてるか」
「も、もう平気だよっ!」
これ以上何かされたらなんだか大変なことになる気がする。ほかほかのほっぺが爆発するかもしれない。
シンは早くこの問題を終わらせようと、さっさと上着を返して礼を言うことにした。
「あ、ありがと!」
「うん、どういたしまして」
アロウが満足そうな笑みを浮かべる。
押し付けるように返した上着にも怒る様子はない。
(なんで?お礼をするのはこっちなのに)
シンは植木から引っ張り出してもらった上に、何かをもらった気分だった。
対価を払って、何かをしてもらう。それが"普通"だ。
だけど、この同居人からはそれ以外のものが届くことがある。目に見えない、計れない何か。
それがどんどん溜まって、顔からあふれそうだとシンは思った。早く返さないととんでもないことになる気がする。
「は、はやく仕事行こ!」
アロウの手を引っ張って協会への道をたどる。
「うん?何張り切ってるんだ……気にしなくていいぞ?」
「ボクが気にするの!」
「そうやって慌てるからドジ踏むんじゃないのか」
「うるさーい!」
ぷりぷり怒り出すシンをアロウが笑って追いかける。
冷たい空気も気にならないほど、あたたかい何かが、つないだ手の中に満ちていた。
クリスマスに欠かせないセイヨウヒイラギは、魔よけとして玄関に飾られたことから「家族の幸せ」という花言葉をもつそうです。




