午前3時の甘い吐息
「優くん!なんで入ってくるんですか!」
ガラッと大きな音を立てて、バスルームの扉が開いた。
「さっき玄関で言ったろ。シャワーは後でいいって。でも訂正だ。ふたり一緒に、今すぐ浴びる」
「もう……!」
シャワールームの明るい照明。湯気の向こうに立つ伊勢くんは、イベント用の華やかな衣装以上に眩しくて、全裸の姿に目のやり場をなくす。
「ほら、洗ってやるよ」
そう言って、シャンプーを手に取った伊勢くんは、当たり前のように僕の髪に泡を立てていく。
大きな掌が頭を包み込み、優しく、けれど確かに支配するような力で。
「イタリアにいる間、夜が長くて仕方がなかった」
低い声が耳元を震わせる。
「時差でまともに電話もできないし……気が狂いそうだった」
「優くん……」
濡れた肌同士が重なり合うたび、境界線なんてすぐに曖昧になる。
泡に包まれた指先が頬をなぞり、唇がそっと触れる。
シャワーの熱が二人の体温をさらに高め、理性はすぐに溶かされていった。
「もう限界だ」
伊勢くんが吐息混じりに囁く。
「ここで、そのままする?ベッドがいい?」
「あ、あの……、ベッドに行きましょう」
返事を待つ間もなく、彼はシャワーを止め、僕を抱き上げた。
水滴の残る体をタオルでくるみ、濡れた髪のまま寝室へと運ぶ。
シーツには彼の香水が微かに残っていて、その匂いが胸の奥を切なく締めつけた。
「直矢」
伊勢くんは僕をベッドに下ろし、真剣な眼差しで覗き込む。
シャワーより熱い吐息が、唇の奥まで流れ込んでくる。
「好きだ。言葉にしたくらいじゃ足りないくらい、直矢を想ってる」
胸の奥に直接届く告白に、僕は視線を逸らしながら、必死に堪える。
でも彼の手が腰を包み、強く抱き寄せられた途端、全身から力が抜けてしまった。
「優くん……僕も……」
囁くように答えると、彼は満足げに微笑み、再び唇を重ねる。
ようやく呼吸が整った頃、汗ばんだ前髪を伊勢くんが撫でてくれた。
「大丈夫?」
「ん、大丈夫です」
「明日の朝ごはん、買ってくるの忘れましたね」
羽田からマンションまで、ノンストップで来てしまったことを後悔する。
「正直なこと言っていい?」
「はい?」
「イタリアのホテルは朝から豪華だったんだ。毎日フルーツもクロワッサンも山ほど出てきてさ」
「いいなぁ……」
羨ましさより、彼が遠くにいた現実が胸を締めつけた。
「でも俺、ふと考えたんだ」
少し照れたように笑って続ける。
「直矢が焦がしたトーストが食べたいって」
「えっ……そこですか?」
思わず吹き出す。
だって、僕のトーストはいつも失敗ばかりで、ちっとも自慢できるものじゃない。
「笑うなよ。俺は真剣なんだ」
拗ねたように眉を寄せる伊勢くんが、可愛くて胸が温かくなる。
「たとえ焦げてても、直矢と一緒に食べる朝食。それが俺にとっての安心なんだ」
じんわりと涙が滲んだ。
「優くん……」
「マネージャーの湊も、俺の恋人の直矢も……、どっちも欠けたらダメなんだ。わかった?」
「はい」
短い返事しかできない僕の頬を、彼は濡れた指でなぞった。
胸いっぱいに幸せが広がっていく。
「直矢」
「はい」
「また、してもいい?」
耳元に落ちる低い声。その響きだけで、身体が震えた。
「だ、ダメって言っても、するんでしょう」
「そうだな。だって、俺よりずっと、『もっと欲しい』って顔してる」
「!」
一気に顔が熱くなる。彼は楽しそうに喉を震わせ、僕をシーツの中に引き寄せた。
「俺が欲しいって、言ってよ」
月明かりの差し込む寝室。素直に言葉がこぼれる。
「もっと……、もっとください」
深夜3時。
伊勢くんの熱と溺愛は途切れることなく、僕を包み込んでいった。