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パトリック・ブルックスの選択‐六

昨日は突然、お休みしてしまって、すみませんでした!


ヴィタの歓迎会から一週間後。

ついに、その時は来た。


「おめでとうございます。ご懐妊です。」


医者がカルテから目を離し、優しく微笑んだ。

あまりにも静かに言うものだから、パトリックもノエルも一瞬、理解できなかった。


「……歓迎会の時、落ち着いていた魔力が、少し荒れているなとは思ってたんだが。」


ノアは「やはり、そうか。」と興味深そうに記録書にペンを走らせていた。

「ああ、悪い」と呟いてから手を止め、パトリックとノエルを見た。


「おめでとう。」


ノアの控えめな笑顔に、ようやっと実感がじわじわと込み上げてきた。


「そうですか……そう、なんですね……!」


パトリックは、噛み締めるように呟き、お腹に手を当てた。

ノエルもきっと嬉しいだろうと、パトリックは振り返った。


そこには、ぽろぽろと涙をこぼしたまま固まったノエルがいた。


「どうしましたか!?何かありましたか!?」


パトリックは、久しく見ていなかったノエルの涙に、戸惑いが隠せなかった。

頭の奥でじわりと嫌な考えが浮かぶ。


『もしかして、嬉しくないのだろうか。』


考えたくもない否定的な考えが、どんどん頭の中を占拠していく。

パトリックは、思わず視線を落とした。


――瞬間。


ふわりと香る石けんの香り。

温かいものが、パトリックを包んだ。


「ありがとうございます!本当に……っありがとう、ございます……ッ!」


ノエルが、ぎゅっとパトリックを抱きしめていた。

パトリックの肩に、温かいものが染み込んでいく。

自分が、一瞬でもノエルを信じきれなかったことを、心から悔いた。

それでも今は、ノエルとこの喜びを分かち合いたかった。


「……こちらこそ。」


パトリックもノエルを抱き締め返して、小さく微笑みひと雫だけ涙をこぼした。

そんな様子を朗らかに見ている医者とノアだった。


―――


「本来なら、体調管理や記録のために設備が整った魔道士団に移ってもらいたいのだが……」


ノアが二人を見据えた。

パトリックとノエルは、少し身構えた。


「移動して反対に、体調を崩されても敵わない。」


ノアは持っていた用紙に再び視線を移し、言葉を続けた。


「今までと変わらず、定期的に俺が屋敷に訪問する。」


パトリックとノエルは、ほっと息をついた。

しかし、ノアがびしっとノエルにペンを向けた。


「これからは絶対安静だ。こいつは昔っから変な無茶をする時がある。それを、あんたが抑制しろ。」


ノアは、パトリックに向かってくいっと顎をしゃくった。

パトリックは「不服だ」の気持ちを顔に出した。

ノエルはふふっと、小さく笑った。


「それは、結婚前からですので心得ています。……必ずや、パディ様の仕事量を調整してみせましょう!」


「なっ!ノエル、そんな勝手に……!」


「もう、お一人の身体ではないのですから、当然です!」


そんな二人のやり取りを見たノア。


「なんだ、トリシアは尻に敷かれるタイプだったのか」


小さく笑いをもらした。


―――


パトリックとノエルは話し合い、とりあえず妊娠報告をする人物を絞っていった。

公爵である父。

メイド長と執事長。

食べるものも配慮してもらうために料理長。


子供たちには……まだ告げないでおこう。

二人は強く頷きあった。


―――


一番最初に、公爵に報告するパトリックとノエル。


「そうか……そうか……!」


公爵は深く息を吐くように、呟いた。

ノエルは『さすが親子、パディ様と反応が一緒だわ』と隠れて笑う。


公爵はおもむろに立ち上がり、パトリックとノエルをまとめて抱きしめた。


「まだまだ油断はならない。」


そう言う公爵の声は震えていた。

産後すぐに妻を亡くしているのだ、娘もと考えるのは無理もない。


「パディが請け負っている仕事は、いったん全て私が預かろう。」


公爵は、少しだけ二人を離した。


「身体を大事になさい。」


あまりにも想いが込められた言葉だった。


―――


次にメイド長と執事長。

執事長は、目尻に涙を浮かべた。


「……おめでとうございます。」


嬉しさのあまり、言葉が出ない様子だった。

そんな執事長の背中をバシッと叩くメイド長。


「嬉し泣きするのは、お子が産まれてからにしてください!」


執事長に厳しい目を向けていたかと思えば、優しい顔でパトリックとノエルを見るメイド長。


「体調が安定なさるまでは、私共わたくしどもでやれる限りをいたしましょう。どうか、身体と心の安寧を保つよう心がけてください。」


メイド長の言葉に、また涙ぐむノエルと執事長だった。


―――


料理長にも「これから、食べられないものが増えるかもしれない」と報告を入れた。


「かしこまりました。匂いがきついと感じたり、一口でも食べられないと思うことがあれば、なんなりとお申し付けください。」


「ああ、頼んだ。」

「よろしくお願いします。」


パトリックとノエルは感謝を伝え、その場を後にした。

その後、厨房から勇ましい料理長の声が聞こえてきた。


「野郎共ォ!今から離乳食の試作だァァ!!」


「「「ウォォォオオオ!!」」」


それに呼応するかのように、野太い声が雄叫びを上げていた。

厨房が熱気に包まれていた。


その声に思わずびくっと肩を揺らし、そっと厨房を振り返るパトリックとノエル。

二人は顔を見合せ、吹き出してしまった。


パトリックはそっとお腹を撫でる。

『貴方は、たくさんの人に祝福されていますよ。』と想いを込めて。



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