パトリック・ブルックスの選択‐四
オルジュをメイドに任せ、パトリックとノエルはノアの説明の続きを聞いていた。
「どっちを母胎にする?」
ノアの言葉に、「ふむ」と考える。
“魔力を注ぐ必要がある”のであれば、注げるのはノエルである。
ならば、母胎となるのはパトリックだろう。
パトリックは、つい思ってしまった。
『斬首刑を回避するために男として振舞っていたのに、回避したと思ったら女の機能を使うことになるなんて。』
……なんて、皮肉なんだろう。
「確実に魔力を注げるのはノエルですから、母胎は私でしょうね。」
パトリックの言葉に、ノアは「そうだろうな」の意味合いを込めて頷いた。
「問題……とまではいかないが、留意してほしい点がある。」
ノアは別の資料を指さす。
「その特殊な卵巣を作るのもまた、魔力だ。」
ノアは、ちらりとパトリックを見た。
「トリシアは、まず魔力がない。その課題をクリアしなければならない。」
ぐっと顔をしかめるパトリックの手を、ノエルがそっと包む。
「そこで、だ。トリシアの体の中に元あるものを、あんたの魔力で包んでほしい。」
ノアはノエルを見た。
自分に視線が向けられるとは思ってもなかったノエルは、少し目を見開いた。
「私が、ですか……?」
「俺がやってもいいが……」
ノアは、そばにいたメイドに、お茶のおかわりを入れてもらっていた。
湯気が立つカップをもう一度、口に運ぶノア。
「“二人の子”なら、俺が手を加えない方がいいだろ?」
片眉を上げて、にやりと笑うノア。
いたずらっぽく笑ったかと思えば、だんだんノアの顔が翳っていく。
「……本当ならもうちょい、楽な方法があったんだが、それには『聖女の力』が必要になってくる。」
『聖女』という言葉を聞いて、重い沈黙が部屋を包んだ。
――それは、二年前に置いてきたはずの名前だった。
三年生に上がったと同時に、撤去された彼女の机。
肩身を狭くして最後の一年を過ごしていた、聖女の取り巻きたち。
王家の温情で『卒業』扱いではあった。
……しかし名前を呼ばれても、受け取られることのない卒業証書。
それを「卒業」と呼ぶには、あまりにも静かだった。
アーリヤの耳には、聖女の近況が入ってきているらしいが、「聞かなくても困らないよ」と言って教えてはくれない。
三人は、重くなりすぎた空気を、どうにかする術を持っていなかった。
――その時、いたたまれない空気を壊すように勢いよく、部屋の扉が開いた。
「きゃはは!」
「オルジュ!ダメだよ!」
「そういうヴィタも止まって!」
メイドに連れられたはずのオルジュが、部屋の中を走り回っていた。
そして、別室で好きなことをさせていたはずのヴィタとアレクシスが、オルジュを止めようと追いかけていた。
後から慌ててやってきたメイドが言うには、
別室で、オルジュの紹介を済ませ、ヴィタが「へやをあんない、したあげる!」と言い、アレクシスと一緒に案内していたところ、
「――突然、走り出してこの部屋に入ってきちゃったんですね。」
ノエルが、部屋中を走り回るオルジュを捕まえ、ヴィタと一緒に膝の上に乗せて座った。
「ごめんなさいママ、じゃましちゃった?」
「ううん、大丈夫ですよ。あともうちょっとでお話が終わるので、その後みんなでお屋敷を見て回りましょうね。」
「うん!」
しゅんと落ち込んでる様子のヴィタのおでこに、ノエル自身の額をくっ付けた。
ノエルの言葉を聞いて、嬉しそうに頷くヴィタ。
オルジュはきゃっきゃっと嬉しそうに笑っていた。
「おと……パトリック様、わからないところがあるのですが……」
「おや、もうそんな所まで進んでるんですね。話が終わったら見ますので、もう少し待っててください。」
『お父様』と言いかけたが、言葉を飲み込んだアレクシスを、パトリックは優しい顔で頭を撫でた。
それから自身の横に、アレクシスを座らせた。
「……なんだかんだで、すっかり“家族”だな。」
ノアは少し眩しそうに目を細め、控えめに笑った。
だが、ノアの顔は真剣なものにすぐ切り替わった。
「話を戻すぞ。使えない力を、惜しんでいても仕方ない。」
ノアは真っ直ぐノエルを見た。
「あんたの魔力で卵巣に薄い膜を張る。それを数か月維持すれば、着床できる状態になるはずだ。」
「どんな方法で膜を張るんですか?」
ノアの説明に、パトリックが首を傾げながら尋ねた。
「まあ、わかりやすいのは下腹部の上から、手を当てて魔力を流すでもいいし……」
ノアは、その後の言葉をごにょごにょと濁した。
それを瞬時に察したパトリック。
「要は“営みをしろ”ってことですね。最近、ご無沙汰だったので願ったりです!」
「パディ様っ!!」
毅然とした態度で、言ってのけるパトリックに、
ノエルは、顔を真っ赤にしながら大声を出した。
滅多に聞かないノエルの大声に、びっくりして固まるヴィタとアレクシス。
オルジュは「ァディさまっ!」とノエルの真似をしていた。
「おい、お前ら。俺の目を憚ってくれ。」
ノアはすんっと真顔になり、呆れつつ二人に一刺しした。
――その日の夜から、家が軋む音が増えたという。
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