ノエル・ブルックスの家族
季節が巡り、パトリックたちは三年生になっていた。
二年生の時に、引率されていた自分たちが、
今度は、二年生の特別授業を引率する側にまわった。
夏は、競技大会の借り物競走で、愛の告白が定番化されていたり、
模擬戦で、ついにパトリックがカイルから一勝をもぎ取っていた。
秋は、学園祭での演し物が演劇だった。
ネリエが再びクラスの女子全員を先導し、男女逆転だったのは言うまでもない。
公演中のワンシーンの宣材写真は、飛ぶように売れていた。
目まぐるしく一年が過ぎ去り、パトリックたちの卒業パーティの日を迎えた。
―――
ブルックス家の公務室。
赤を基調としたドレスを着たノエルと、黒を基調とした紳士服のパトリック。
それと、パトリックの父である公爵が真ん中に立って、並んでいる写真が並べられていた。
公爵の前に、パトリックとノエルが揃って立っていた。
「改めて、卒業おめでとう。パディ、ノエル。」
公爵は優しい声色で、二人に声をかけた。
「ありがとうございます。お父様。」
「ありがとうございます。お義父様。」
二人の声が揃った。
にこやかに、うんうんと頷く公爵。
「二人を呼んだのは、他でもない。」
公爵の穏やかな雰囲気から一転、空気がぴんっと張り詰めた。
「最後に、聞かせておくれ。」
ノエルは思わず、唾を飲み込んだ。
自身の左手首をぎゅっと握りしめた。
「パディ……いや、“パトリック・ブルックス”。」
公爵の声が、低く落ちる。
「本当に、公爵家を継ぐ覚悟はあるかい?」
パトリックと名乗り始めてから、今日までずっと、愛称で呼ばれ続けてきた。
不意に“パトリック”と呼ばれ、彼女はわずかに背筋を伸ばした。
公爵の目は、パトリックを突き刺すように鋭かった。
しかし、パトリックは、それをしっかりと見つめ返した。
「もちろんです。」
公爵は「ふむ」と頷いた。
次に、視線をノエルに移した。
「ノエルは、パトリックを、そしてブルックス家を支える覚悟はあるかい?」
緊張のし過ぎで、喉が張り付いている。
まっすぐ鋭い公爵の視線が、ノエルの不安を見透かしているようだった。
思わず、左手首を握る力が強くなる。
横からそっと手が伸びてきて、ノエルの手を覆った。
見ると、パトリックが「自分がいる」と言わんばかりの笑みを浮かべていた。
「(……そうよ、覚悟はとっくの前からできてる)」
ノエルは深く息を吐き、公爵を見つめ返した。
「はい!覚悟の上です!」
ノエルの手は、自身の左手首ではなく、パトリックの手を握り返していた。
「……そうか。」
公爵は、大きく息を吐き、深く椅子に座り直した。
「それじゃあ――」
パトリックとノエルは、公爵の言葉を待つ。
公爵の顔が、明るい笑顔に切り替わった。
「結婚式と披露宴の日取りを決めようか。」
「「……へ?」」
パトリックとノエルは一瞬、公爵の言葉が理解できなかった。
ぽかんと口を開けて、間抜けな声を出してしまった。
「大事な娘たちの結婚式だからな!盛大に執り行わなければ!」
公爵の言葉に気が抜けてしまい、小さく笑い出すパトリックとノエル。
「ドレスの色は……」
楽しそうにカタログを取り出す公爵。
「私たちで決めますからっ!」
パトリックは「楽しみを奪う気ですか!」と笑いながら反論した。
「みんなで決めましょう」と、ノエルも楽しそうに笑うのだった。
―――
その日の夜。
ベッドの上に、寝間着姿で並んで座るパトリックとノエル。
ノエルはずっと気になっていたことを、パトリックに聞く決意をしていた。
「パディ様、あの……」
髪が少ししっとりしているパトリックが、不思議そうな顔でノエルの顔を見つめる。
急かさない。
パトリックは、ノエルの言葉の続きを黙って待っていた。
「私の家族のこと、なんですが……」
「ああ。今頃は、平民以下の生活をしてると思うので呼べないですよ。」
ノエルが「式や披露宴に呼びたくないです」と言いかけた。
が、パトリックの言葉で「え?」と顔を上げた。
「どういう意味ですか?」
いや、意味はわかっている。
わかっているが、ノエルの頭がうまく言葉を理解してくれなかった。
「学園に入学してすぐ、ノエルを“ブルックス”にしたじゃないですか。」
「はい、“どうせブルックスになるのだから”と仰ってましたね。」
ノエルは、当時の恥ずかしかったけど嬉しかったという記憶を思い出し、もじもじとしだした。
「あの時、お父様に“早くノエルと養子縁組してください”と催促したんですよ。」
まさか、ノエルの知らない間に、自分が本当にブルックスになっているとは思ってもみなかった。
「それで、」とパトリックが話を続けるので、ノエルは、止まりそうになる思考をフル稼働させる。
「その後、王子を使って、義実家の方々に色々と借金を負わせて、コールマン領から叩き出しました。」
「領地も押収したので、今ではブルックス領、コールマン地区ですね。」と付け足した。
平然と言ってのけるパトリックに、ノエルの身体が震え出す。
パトリックは、その様子を見て「(……やっぱり、相談なしはダメだっただろうか)」と、俯く。
すると、
「……ふふっ、あはははは!」
ノエルが心底楽しそうに笑い出した。
「んふふっ……そうですか。もう私の実家は、なくなっちゃいましたか。」
ノエルの言葉が、怒っているようにも、悲しんでいるようにも思えて、パトリックは、うろたえ出す。
背中は、滝のような冷や汗が伝っていた。
「……ノエル、その……」
目尻の涙を拭いながら、ノエルはパトリックを見た。
「ここに嫁いでくる前は、あの家が絶対で、あの家族から逃げられないって、漠然と思い込んでたんです。」
ノエルは、パトリックの両手を握る。
「……でも、違ったんですね。あの家は私が思ってたよりも脆くて、こんなに簡単に逃げられたんですね。」
ノエルはパトリックの両手を持ち上げ、自身の両頬を包むように触らせる。
「実家がなくなったことに対して、こんなこと言うのは、私だけでしょうね。」
嬉しそうに、でも少し困ったような顔のノエル。
「ありがとうございます、パディ様。」
ノエルの顔を見て、パトリックも小さく笑った。
「ふふっ、どういたしまして。」
初夏を迎える前の季節だったが、その日の夜はとても“熱かった”らしい。
――翌朝、公爵が二人に「ほどほどになさい」と小言を言ったとか。
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