聖女テイラーの暴走‐七
テイラーの部屋に、荷物をまとめた箱が溢れかえっていた。
卒業式が終われば、この部屋ともおさらばである。
色味に欠けた部屋の中で、テイラーは親指の爪を噛んで、うろうろと動き回っていた。
――攻略キャラたちが、パトリックを悪役令嬢だと認識してくれない。
想像していた理想の結果にならず、テイラーは歯がゆい思いをしていた。
「(どうしよう……卒業パーティまで、あと一週間……)」
原作ゲームでは、卒業パーティ時点での好感度によって、単体エンドなのか、逆ハーになるのかが決まっていた。
もし、エンディングを迎えるための条件を満たしていなければ――
「(たしか、トゥルーエンドって、友情エンドなのよね……)」
そんなの絶対にやだっ!
わたしは、攻略キャラたちと幸せにならなくちゃいけないのにっ!
――自分が『バットエンドを迎えるかも』と微塵も思っていないテイラーであった。
……背に腹はかえられない。
あんたがちゃんと『悪役令嬢』をしてくれなかったのが悪いんだから。
―――
翌日、テイラーはどうにか、パトリックを中庭にある噴水の元へと呼び出した。
噴水の水が、太陽をきらきらと反射していた。
「こんなところに呼び出して、何かありました?」
呆れた顔で、パトリックはテイラーを問いただす。
その顔を見て、テイラーは彼女をキッと睨みつけた。
「……皆さん言ってるんです。“パトリシアさんにまとわりつかれて迷惑してる”って。」
パトリックは、何の話か心当たりがなく、思わず呆けた顔をした。
――テイラーは、原作ゲームのセリフを、そのまま引用していた。
パトリックが、わかるわけがない。
ゲームの中だと、攻略キャラたちと主人公が仲良くしようとする度に、間に入ってくる悪役令嬢。
悪役令嬢について、愚痴をこぼす攻略キャラたち。
困っている彼らの助けになりたい為、一人で悪役令嬢に立ち向かう主人公。
――テイラーは、その展開を再現しようとしていた。
『だとしても、平民の貴方には関係のない話よ!』
テイラーの頭の中で、シナリオが思い出されていた。
しかし、パトリックが実際、口に出したセリフは――
「……?あの、何の話ですか……?」
――当然の反応だった。
だが、テイラーは止まらない。
「今は立場なんて、どうでもいいんです!」
テイラーは、胸の前で祈るような姿になった。
そして、にこりと柔らかくパトリックに向かって微笑んだ。
「わたしが、あの人たちの助けになりたいんです。」
パトリックは無表情でテイラーを見つめた。
――あまりにも、見覚えがある光景だったからだ。
「……」
パトリックは、静かに後ろで手を組み『パチンッ』と乾いた音を鳴らした。
役になりきっていたテイラーには、その音が聞こえていなかった。
まだ冷たい風が、中庭にある葉を揺らしていた。
「それで?話は終わりですか、聖女さん?」
溜息をつき、テイラーの横を素通りしようとした瞬間だった。
「きゃああっ!」
叫び声の後、テイラーは噴水へ飛び込んだ。
パトリックは『ああ、やっぱり』と冷たい目でテイラーを見るだけだった。
――その直後。
「何の騒ぎだ!?」
アーリヤを先頭に、ノア、カイル、ヘーレー、それからペイジも駆け足でやってきた。
アーリヤたちは、パトリックとテイラーを交互に見て、テイラーに手を差し伸べた。
「状況説明をお願いします。」
ペイジが真面目な顔で、パトリックに尋ねてきた。
「……彼女が勝手に落ちて、勝手に騒いでいただけですよ。」
私には関係ありません、とパトリックは、その場から立ち去った。
――テイラーは、影に隠れてにやりと笑った。
―――
『パトリックがテイラーを噴水に突き落とした』という噂話が、
たった一日で広まっていた。
「(ここまでの拡散力……)」
パトリックは、少し考え込んでいた。
ちらりと、テイラーの方を盗み見たパトリック。
“四芒星”に囲まれ、テイラーが楽しそうにおしゃべりをしていた。
パトリックが去った後、テイラーは泣きながら説明をしたらしい。
曰く、「パトリシアさんを責めないでください!わたしが勝手に躓いただけなんです!」
――もはや、「本当は突き落とされたんです」と言っているようなものであった。
そして間の悪いことに、テイラーの取り巻きたちがその姿を見て、「聖女様が嫌がらせを受けている」と周りに吹聴していた。
不意に、テイラーと目が合った。
少し嫌味っぽく笑ってから、「あっ……」と怯えたように、パトリックから目を逸らすテイラー。
それに気付き、テイラーが見ていた方へと目を向ける四芒星。
パトリックの姿を認識して、四人がぐっと眉間に皺を寄せた。
テイラーを隠すように、パトリックの視線を遮った。
パトリックも反対方向へと顔を逸らし、教室から出ていく。
その後ろ姿をちらちらと見ながらも、ノエルは追いかけられないでいた。
「(なんだ、やっぱりイージー設定だったのね!)」
テイラーの頭の中では、好感度は最大値。
全キャラの攻略が、完了した気分だった。
「(卒業パーティまで、悪役令嬢に怯えてるフリしとけば、余裕よね!)」
にやける口元を、手で押えて隠すテイラー。
これで準備は整った!
逆ハーエンドを迎えるのは、わたし……!
――テイラーは疑いもせず、そう確信してしまった。
評価、ブクマ、レビュー、感想ありがとうございます!
大変励みになっております!
引き続き、どうかよろしくお願いいたします!




