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聖女テイラーの暴走‐五


勉強なんか手が付かず、ただのおしゃべりの場になるのではないかと思っていたテイラー。

だが、その予想は外れ、カリカリとペンを走らせる音と、カイルの「さっぱりわからん!」という声が、時折聞こえるだけだった。


「(こういう時、学生って楽しくおしゃべりするもんじゃないの!?)」


そして、テイラーは思い出してしまった。


「(……作戦を実行するなら、わたし、パトリシアの横に座った方が良かったんじゃないの……?)」


いつものくせで、自分の居心地が良さそうな場所を選んでしまったテイラー。

――今のところは、まったく居心地は良くないが。


テイラーは頭を小さく横に振った。


「(違うでしょ、テイラー!自分で道を切り開くのっ!)」


テイラーは、カイルの向こうのパトリックを見た。

問題集を見ては、時折ノエルの方を見て、小さく笑っていた。

カイルに問題の解き方を乞われて、「ここは、この公式を使うといいですよ」と教えていた。


――行くなら、今しかない!


「パトリシアさん、わたしも教えてほしいところがあって隣に行ってもいい……?」


全員が、一斉にテイラーに視線を向けた。

テイラーはその視線に思わず、しり込みしてしまいそうになった。

パトリックが少し考えるような素振りをして、テイラーをもう一度見た。


「いいですよ、どこの問題ですか?」


テイラーは、パトリックの言葉を聞き、椅子をカイルとパトリックの間に持っていく。


「ここの問題が難しくてぇ」


猫なで声で、テイラーは適当な問題を指さす。

パトリックは、問題文をまじまじと見て「……ここの問題は――」と、終始テイラーを見ないまま説明を始めた。


その間に、テイラーは左を確認した。

カイルはヘーレーに解き方を教わっているようだった。


次は右を確認した。

アーリヤは、参考書をぱらりと開いた。

ノアは、すらすらと問題を解いていた。

ノエルは、参考書とノートの間で顔を往復させていた。


――神が、テイラーに微笑んだ。


と、テイラーは思ってしまった。


テイラーは、自身の筆箱から羽根ペンを取り出し、パトリックの足元に落とす。

これでパトリックが羽根ペンに気付かずに、踏んで壊してしまえば……


――『パトリシアさん、ひどいっ!わたしの大事な羽根ペンを壊しちゃうなんて!』


『人の大事なものを壊すなんて最低だよ、パティ。』


『呆れてものも言えんな、トリシア。』


『パットがそんな奴だったなんて……』


『見損なったぞ、赤薔薇……いや、パトリシア嬢よ。』


「(……なんてことになるはずよっ!)」

――テイラーは、そう信じて疑わなかった。


ふっふっふっ、と無意識に笑みがこぼれるテイラー。


そして、もう一度左右を確認した。

パトリックはまだ、問題の説明をしていた。


――目標達成である。


「――だから、 ……あの、ちゃんと聞いてます?」


顔を上げたパトリックと目が合った。

予想をしていなかったパトリックの上目遣いを見てしまい、テイラーはなんとも言えない気持ちになった。


「(かわいっ……資料集に、黙っていれば誰もが愛さずにはいられないってあったけど、たしかに……)」


再び、パトリックから「聖女さん?」と声をかけられた。

テイラーは何気なく、身体を仰け反らせた。


――瞬間。


「ダメですよ。」


パトリックが、テイラーを前へと引き寄せた。

「えっ!?何!?」とテイラーが慌てふためていると、パトリックが足元を指さした。


「そこに、カイル兄さんの万年筆が落ちてますよ。」


恐る恐る見ると、確かにテイラーの足元に万年筆が転がっていた。


「ああ、いけない。父上から頂いた大切な物だ。」


そう言って、カイルは万年筆を拾い上げた。


「上質な物だな、とても腕のいい職人に作らせたのだろう。」


ヘーレーが、カイルの万年筆をじっと見て、「素晴らしい!」と褒めた。

ヘーレーの言葉を聞いて、ニカッとカイルが笑った。


「なんでも、樹齢百年以上の樹から、手作業で作ったらしいからな。」


「値段なんてつけられないだろうな。」


ヘーレーの言葉に、「ヒュッ」とテイラーの喉が鳴った。

徐々に心臓の音が、大きくなっていく。


「(もし、踏んで壊してたりでもしたら……)」


そう考えるだけで、ゾッとした。


「良かったな、聖女。トリシアのお陰で、カイルの大事な万年筆を壊さずに済んで。」


鼻で笑いながら、嫌味な笑みを浮かべているノア。


「パティに、お礼を言った方がいいよね。」


優しい笑顔のはずなのに、アーリヤの声色が冷たく感じたテイラーだった。


「あっ、ありがとうございます。……パトリシアさん……」


「いえ、たまたま目に付いただけなので。」


パトリックから離れ、テイラーは席に座り直した。

その直後、ノエルが「パディ様の足元にも、何かありますよ?」と言って、羽根ペンを拾い上げる。


「私のじゃないですね。」


「あ、わたしのです。」


少し言い淀むテイラーに、ノエルは両手で羽根ペンを渡した。


「気付けて良かった、これもテイラーさんの大切なものですよね!」


ノエルは屈託なく笑った。

テイラーは、ノエルから羽根ペンを受け取り、小さく感謝を述べた。


「私以外に、かわいい顔を見せないでくださいよノエル。」

「パディ様だって、私以外にもかわいい顔を見せたじゃないですか!」

「見せてません。」


甘いやり取りを見せつけるパトリックとノエル。

そんな二人を、歯を食いしばりすぎて血が出ているアーリヤ。

「他所でやれ」と再びノアは、ノートに向き合った。

カイルは、「仲が良いことは喜ばしいなっ!」と笑っていた。

「睦み合うなら、場所を変えた方がいいぞ!」と朗らかな笑顔で注意するヘーレー。


――万年筆のことで、それどころではないテイラーだった。

背中に伝う冷や汗が、しばらくの間、止まることはなかった。



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