聖女テイラーの怒り/パトリック・ブルックスの体面‐九
時は、少し遡る。
テイラーは競技大会を、本当に楽しみにしていた。
「(チーム分けは何故かバラバラだったけど、ゲームのシナリオ通りには進んでる)」
――別チームになったせいで、二人三脚での好感度上昇のイベントは消えた。
借り物競争で攻略対象が全員、悪役令嬢に向かって行ってしまった。
模擬戦で、勝ち上がった攻略キャラから愛の告白がない。
……イレギュラーだらけなのに、それでもテイラーは、まだなんとかなると考えていた。
テイラーは本来、騎馬戦に参加予定だった。
しかし急遽、救護班用のテントでの待機を、イライジャから指名されていた。
「(イライジャって、“あの”イライジャだよね……?)」
競技大会の前日、テイラーは保健医の名前を聞いて驚いた。
まさか、『攻略対象で、親密度が上がると激重感情を見せてくる魔王』が、学園にいるなんて思ってもなかったからだ。
救護班の待機テントの中、テイラーは他の係の生徒に指示を出しているイライジャを、横目で盗み見た。
「(ゲームパッケージだと、黒い軍服みたいな格好だったけど……白衣もカッコイイわね……!)」
テイラーが、じっとイライジャを見つめていたら、彼がこちらに振り向いた。
視線が合い、思わずドキンと胸が高鳴る。
「暇なら、保健室から包帯の予備を持ってきて下さい。そこで突っ立っているテイラーくん?」
「うぐっ……はーい。」
甘い雰囲気も何もなかった。
―――
「(競技大会も終盤……最後の種目が徒競走なのよね)」
確かそこで、一位になった『好感度が高い攻略キャラ』から、お姫様抱っこをしてもらえるはず……!
好感度が高いキャラなんていない。
それでも、シナリオから外れることはないと、テイラーは信じ続けていた。
保健室へ向かう途中、“木陰”で何かが『キラリ』と光った。
なんだろうと、光ったものに近づくテイラー。
そこにあったのは、『華美な装飾が施された短剣』だった。
「……なんでこんな所に短剣があるの?」
不思議に思い、テイラーは短剣を覗き込む。
「――あれ?これどこかで見たことがあるような……?」
短剣はもう一度、『キラリ』と光った。
その瞬間、応援席から歓声が湧き上がった。
テイラーは、声に驚き、賑わっている方を見た。
「は……?」
何故、さっきから見ないと思っていたノエルが騎馬戦に出ているのか。
何故、ゲームだと騎馬戦に不参加だった、悪役令嬢が参加しているのか。
「私のノエルになんて事させてるんですか。」
――何故、主人公より、悪役令嬢が目立っているのか?
テイラーの視界が真っ赤に染まっていった。
「どこまで、わたしの“立場”を奪えば気が済むの……?」
テイラーは、衝動的に短剣を掴んだ。
一瞬、黒いモヤのようなものがテイラーを包み込んだ。
だが、頭に血が上ったテイラーが黒いモヤに、
ましてや、それが“自分自身が浄化してきたもの”だとは気付けなかった。
***
「ノエルはそのままでも……」
「私が嫌なんですっ!」
ノエルの言葉に、たじろぐパトリック。
一番最初の頃は、お飾りのパートナーでもいいと思っていた。
ノエルの妹が来た時の、
「私がいるんだから“誰からも愛されない”は、当てはまらないわ。」
――あの言葉で、私はノエルを本気で愛そうと思ったの。
そして今、最初に書かせた契約書もお構いなしに、本気で私に釣り合う人間になろうとしている。
胸から暖かいものが溢れて、下腹部に零れ落ちる感覚がした。
『嬉しい』という気持ちと、『私に守られてて』という気持ちが喧嘩をし出す。
上がる口角を隠すために、口元を片手で覆う。
――その時。
「こんなところで、いちゃついてんじゃないわよっ!“パトリシア・ブルックス”!!」
声のした方へ、みんなが振り返った。
そこには、息を荒くさせ、目を血走らせて、
華美な装飾が施された短剣を持った、
――テイラーがいた。
身の危険を察知したのか、他のチームは一定の距離まで離れた。
パトリックたちとノエルたちも、いざとなったら逃げられるように、騎馬の体勢を解除した。
「なんで、聖女があの“短剣”を持ってるんだ……?」
そう呟いたのは、アーリヤだった。
「アーリヤ、知ってるのか?」
ノアが、少し動揺しているアーリヤに尋ねた。
「ああ、あの短剣……八歳の誕生日に、プレゼントとして貰ったものだよ。」
それから、とアーリヤは続ける。
「――パティの顔に、傷をつけてしまった時のものだよ。」
記憶を思い出したのか、アーリヤは苦々しく顔を顰める。
「後日、地中深く埋めたはずなのに……」
「埋めたんですか、プレゼントなのに。」
アーリヤの言葉に思わず、パトリックが口を挟んだ。
「というか、あんな短剣でしたっけ?」
もっと大きかったような……?とパトリックは首を傾げた。
「間違いない!忘れもしないよっ!確かに、あの短剣で僕とパティの絆が生まれたけども!」
「王子の中では、そうなんでしょうね。」
「――ッわたしの攻略キャラたちに、手ぇ出すんじゃないわよっ!!」
テイラーが甲高い声で叫び、ブンブンと短剣を振り回す。
「みんなっ!みんな、わたしのものなのにっ!なんでアンタばっかりっ!!」
テイラーの足元に、黒いモヤが立ち上る。
それに気づけたのは、ノアだけだった。
「……ッ!?みんな、逃げろっ!」
ノアが叫ぶと同時に、テイラーが走り出す。
彼女が向かう先には――パトリックがいた。
パトリックは一瞬、躊躇ってしまった。
聖女は、自分に向かってきている。
自分が聖女を押さえれば、被害を最小限にできるのでは?
……私が、素人から、短剣を奪うことができるのか?
テイラーが大きく振りかぶる。
ゆっくりと流れる時間の中で、目の端に“若葉色”が映った。
「……お怪我はないですか?……ッパトリックさん……」
「はい……大丈夫です。ペイジ先生……」
パトリックを、抱き抱えるように庇ったのは、
苦しそうに呻きながらも、笑顔を崩さない、
――ペイジ先生だった。
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