聖女テイラーの探索‐八
『私の手のひらで踊れ。――貴方は、傀儡人形。』
その詠唱が聞こえたのは、テイラーだけだった。
パトリシアに掴みかかろうとした勢いが、ぴたりと止まった。
そのまま、すっと棒立ちになる。
まるで、見えない糸に身体を支配されているようだった。
「(なにこれ!?身体が動かない!?)」
意識はあった。
しかし、指一つ動かすことはできなかった。
「……あんまり、おイタをするのはダメですよ?」
――後ろから囁くように、ペイジ先生の声が聞こえた。
責める口調ではないのに、まるで薄手の服一枚で寒空に放り出されたような、声の冷たさだった。
奥歯がガチガチと、音を立てる。
「大丈夫ですか?パトリックさん。」
ペイジ先生が、テイラーの後ろから、すっと前に出て、パトリシアの心配をする。
「まあ、はい。」
暑苦しいと、アーリヤに肘打ちしながらパトリシアは返事をした。
さっきまでの、冷たい声色ではなかった。
どうしてみんな、悪役令嬢ばっかり気にかけるのよっ!
わたしがっ、わたしこそが主役なのにっ!!
叫び出したいのに、口も動かない。
気持ち的には、大きく口を開けて叫んでいるのに、
現実では意識だけある石像になった気分だった。
……もし、わけもわからず、このままだったら?
そう考えるだけで、ゾッとする。
さっきとは違う恐怖で、足元が小刻みに震え出す。
テイラーを除いた談話が終わりそうな頃、ペイジ先生がパンッと手を叩いた。
「それでは皆さん、学園へ戻りましょうか。」
それを合図に、みんながぞろぞろと歩き出す。
『さあ、行きましょうか、テイラーさん。』
先生の言葉を聞いた途端、身体がみんなの後ろに着いて歩き出す。
にこにこと笑顔を浮かべたペイジ先生が、テイラーのすぐ後ろを歩く。
わたしじゃない誰かに操られて歩く。
断頭台に連れて行かれる囚人のようで……まるで、生きた心地がしなかった。
―――
地下迷宮から脱出した途端、身体が自由に動かせるようになった。
少しつんのめりに、バランスが崩れるが転ばずに済んだ。
自分の両手を見て、にぎにぎと動かしてみる。
自分の意思で動かせるようになって、ホッと息を吐いた。
学園内に戻ろう。
再び、足を踏み出そうとした。
その瞬間、後ろからぽんっと肩に手を置かれた。
「感情的に任せて暴力に訴えては、ダメですよ?」
朗らかな声。
背中に嫌な汗が流れ出す。
荒くなる息を、無理やり整えてペイジ先生に尋ねてみた。
「ど、どうして、わたしが暴力を振るうと思ったんですか?」
掴みかかろうとしただけで、暴力じゃない。
自分に言い聞かせる。
ペイジ先生の顔を見るため、視線だけ動かす。
……だが、上手く見えなかった。
「僕の魔法の特性上、人の動きを把握しておかないといけないんでね。」
明るい声で、当然のように言う。
「(魔法の特性!?だからって、わたしに断りもなく魔法を行使してもいいと思ってるの!?)」
半ギレで叫び出したいのを、スカートを掴みながら、グッとこらえる。
震えてうまく声が出せないせいもある。
……しかし、一番の原因は、さっきの手鏡を奪い取ろうとした時から、みんながよそよそしい雰囲気になったからだ。
騒いでも、心配をしてもらえる気がしない。
わたしが、中心にならないのなら、事を荒立てても意味がない。
――頭の心配、という意味では、気にかけてもらえそうだが、
テイラーが今、欲しい感情は“哀れみ”ではない。
「……というのは半分冗談で先生ですからね、生徒を“よく”見てるんですよ。」
“動体視力だけはいいんですよ”
ふふっ、と弾むように笑うペイジ先生。
『幼少期、人形師であった両親から与えられた、操り人形が、彼の唯一の友人だった。』
原作者が思いついたようにメモしたであろう文言が、設定資料の中にあったのを思い出す。
『人間を操り人形のように操作できる魔法』
彼しか使えないオリジナルの魔法。
「そう、なんですね……」
恐怖心を、必死に飲み込む。
喉に張り付いて、うまく飲み込めていないけれど。
ゲームの中では敵の動きを止めるだけの、便利な魔法だと思っていた。
しかし、実際に自分に魔法がかけられると、自身の意志とはまったく関係なく、どんな動作をするのかわからなかった。
こんなに恐ろしい魔法だなんて……思ってもみなかった。
「テイラーさん……彼女はね。僕にとって、“特別”なんですよ。だから、下手なことをしないでくださいね?」
テイラーの前に立ったペイジ先生。
その顔は、うっとりと頬を染め笑っているのに、仄暗い目をしていた。
「(スチル絵で見る分には良いけど、現実に目の当たりにすると、なんだか……)」
吐き気に似た悪寒が、全身に走った。
背中に、首筋に、ふくらはぎの裏に。
伝う汗の感触が気持ち悪い。
「なので、“ほどほどに”……ね?」
いつも見る朗らかな顔に戻り、一人学園へ歩き出したペイジ先生。
魔法をかけられていた訳でもないのに、固まっていた身体からふっと力が抜ける。
「(何か、見てはいけないものを見た気がする……)」
ただ、攻略キャラたちと逆ハーエンドを迎えたいだけなのに、どうしてこんなにも疲れるのか。
お助けキャラのノエルとは、親友になれてないし。
攻略キャラはみんな、友人以下の扱いをしてくるし。
みんな、パトリシアに構ってる……
「――そうよ、全部、悪役令嬢が悪いのよ!」
自業自得という言葉を、自分に当てはめないテイラーは、
恐怖も葛藤も全て悪役令嬢に擦り付け、一つの答えを導き出してしまった。
「待っててね、みんな!わたしがみんなの目を覚まさせてあげる!」
「(あ、ペイジ先生は、普通に怖いからパス!)」
やる気を目に宿し、テイラーは力強く学園へ戻る。
――さながら、英雄が帰還したような気持ちだった。
……同じ時、パトリックが「くしゅんっ」と小さくくしゃみをした。
ノエルやアーリヤたちが、あれやこれやと構っていることを、テイラーだけが知らなかった。
テイラー目線の地下迷宮編、終わり!
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