聖女テイラーの探索‐六
カイルたちが、ゴーレムの攻撃を華麗に回避する。
まるでぴょこぴょこと跳ね回る、うさぎのようだった。
『――冬の王、意志なき兵を従えて、目前の敵を蹂躙せよ……』
キラキラと氷の粒がノアの周りに集まり、冬の朝の寒さを思い出させる。
気温が下がり、テイラーは身体をぶるりと震わせる。
――ペイジ先生が呟いた「まずいな」の声は、ノアの叫びで掻き消えた。
「ッ!全員、緊急回避!!」
みんなが慌てふためいているのを見て、大げさだなと思う反面、
もしかして本当に危ないのでは?と少し焦る気持ちが、顔を出す。
足が右に向いたり、左に踏み出そうとしたり、その場を落ち着きなく動き回ることしかできなかった。
さっきまでの蒸し暑さが、ゴーレムの手のひらへと集まり、マグマを打ち出す。
……前世で見かけた、“なんとか波”のようだった。
「きゃっ!」
テイラーは、ぎゅっと目を閉じ、頭を押さえてしゃがむ。
「間に合えっ!」
――そう叫んだのは、誰だったんだろう?
―――
落雷の後のような余韻が、耳に残る。
小さくうずくまっていたテイラーは、ペイジ先生に声をかけられる。
「テイラーさん、回復魔法をお願いします。」
恐る恐る顔を上げる。
そこには両肩に何かを乗せたカイルが、こちらに近づいているところだった。
担がれているのは――背中と左頬が、赤く火傷になっている黒髪の彼。
痛々しい背中を見て、思わずヒュッと喉が鳴った。
少し怖気付いてしまったテイラー。
彼女の顔に影がおりる。
悔しそうな、痛そうな顔をしたカイルが、テイラーを見下ろす。
「……頼む。」
今にも消え入りそうな声を、あの『頼れるみんなの兄貴』と謳っている、カイルが出したのか。
……なんだか、呆気にとられてしまった。
「テイラーさん、お願いできますか?」
ペイジ先生も、心配そうに声をかけてくる。
「や、やってみます……」
“怖いので、嫌です”なんて、とても言える雰囲気ではなかった。
―――
怪我をしている人に、回復魔法をかけるのは初めてだった。
練習用の人形とは勝手が違うせいか、感覚が上手く掴めない。
ペイジ先生に「もうちょっと効果範囲を広げて……魔力を抑えて……」と指示を受ける。
――ゲームだと簡単だったのに。
―――
「いや、仮にも王族なんですから、後方にいてくださいよ。」
肩を回し、身体の具合を確かめる黒髪くん。
火傷をしていた彼の左頬に、王子がそっと手を伸ばし撫でる。
あれ?このシーンどこかで見たことがあるような……?
「大事な人も守れないなら、王族なんて肩書き、要らないよ。」
――思い出した!王子ルートで、聖女が顔を溶かされた時のセリフだ!
なんでアーリヤが、彼に向かって言ってるの!?
頭の中で、疑問符で浮かぶ。
「(確か、好感度が五段階のうち、三段階目まで満たしてないと出てくる“トゥルー”のセリフだったはず)」
ありきたりな設定だったのに、なんともシビアな選択肢を迫られる乙女ゲームだった。
パッピーエンドに辿り着きそうな選択をすると、トゥルーかバットになってしまう。
発売前の評判はよかったのに、売れ行きはよろしくなかったと小耳に挟んだことがあった。
「(もしかして、本当はそんなに好感度上がってない?)」
――上がってないどころか、ほぼゼロである。
「(マズイ、このままじゃ逆ハーエンドにいけないっ!!)」
――誰か一人を攻略するのも、難しい現状に気がついていない。
「(そうだ、ゴーレム!あいつがドロップするアイテムの中に、好感度を上げるのもあったはず!)」
はたと、戦闘で活躍できないわたしが、どうやってドロップ品を貰えるのかと思い至ったテイラー。
……トドメを刺したのが、黒髪くんなら怪我を治したお礼だと言ってくれないだろうか?
一人でぶつぶつ呟いていると、クランとトリナがペイジ先生に話しかけていた。
「ペイジ先生が担当なされてる、ブルックスさんって、あの噂の……?」
クランのセリフになんとなく聞き耳を立てる。
「(ブルックス……?悪役令嬢の苗字よね?)」
「あの噂?」
首を傾げるペイジ先生。
「あれ?ご存知ありませんか?アーリヤ王子が八歳の誕生日の時に……」
「(ゲームの中で、悪役令嬢の顔に傷をつけたって話でしょ?)」
じりじりとクランの側に寄るテイラー。
「あれは、話題になりましたよね〜!」
「(ものすごく騒いだって書いてあったわよね。)」
うんうんと頷く。
「その頃の僕は、社交界にいなかったもので……」
「(元々、魔法の研究をしてたけど、あるキッカケで生物の先生になったのよね。)」
ゲームのシナリオと照らし合わせながら、話を盗み聞く。
「でも噂って本当だったんですね〜。」
「(噂、噂って、どんな噂よっ!)」
本題の噂がなかなか話題に出てこず、そわそわとするテイラー。
もう一歩だけ、とにじり寄る。
「本当に、男みたいに振舞ってるなんて。」
トリナが、カラカラと笑いながら告げた。
その途端、再び、頭の中が疑問符で埋め尽くされた。
“ペイジ先生が担当なされてる、ブルックスさん”
……黒髪くんのペアはヘーレーだから、彼がブルックス。
“アーリヤ王子が八歳の誕生日の時に”
ゲームのシナリオ内でも、アーリヤとパトリシアが婚約したキッカケは、誕生日会だった。
“男みたいに振舞ってるなんて”
パトリシアは、いま“男みたい”に振舞っている……?
黒髪の彼=パトリシア・ブルックス……?
テイラーが、現実を導き出してしまった瞬間だった。




