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パトリシア・ブルックスの今世‐二


いたずらが成功した小悪魔のような笑みでも、先程の花が綻ぶような天使の笑顔でもない。公爵も知らない“策略家”のような笑みを浮かべ、

「お父様、昨日の夜のこと、お忘れではないですよね?“わたくしが、明日どんなワガママを言っても許してくださる”って、そしてお父様は“どんなお願いも聞いてあげる”とおっしゃいましたよね。」


公爵は思わず、唾を飲む。

見たこともないような笑顔、見た事もないような“何か”を決意したような目。

しかし、見覚えがあるように思えるのは“自分が決めたことを必ずやり通す”と決めたあの瞳が亡き妻を思い出させるからだろうか。

『こういう目をした彼女は、何を言っても聞かなかったな』と不意に思い出す。


「“パトリシア・ブルックス”の最後のワガママですわ。お父様、どうか叶えてくださいまし。」


綺麗にカーテシーをするパトリシアを見たあと、無意識に止めていた息を吐き出す。

「……三ヶ月だ。三ヶ月間だけ試用期間を設けよう。その間に逃げ出したり、根を上げるようなら、即刻国王に直訴して、王子との縁談を進めるからね。」

「ありがとうございます、お父様!」

座っている公爵に近づき、ぎゅっと抱きしめるパトリシア。

「“これで失礼します”」と部屋を出ていくパトリシアの姿を眺めながら“なんだかんだで娘に甘いな”と、また溜め息を吐く公爵の姿があった。


―――

朝から屋敷の従者たちを玄関ホールに集めて、“ふんすっ”と鼻を鳴らして、高らかに宣言する。

「今日から、私は“パトリック・ブルックス”を名乗ります!皆も私を“パトリック”と、呼ぶように!」


一瞬の静寂が屋敷を包む。


「“今回はなに?”」「“また変な思いつきか?”」「“なんでも公爵に男になるって宣言したらしいぞ”」

小声で話す使用人たち。

と執事長がカツンと靴を鳴らし、静かにさせる。


「……かしこまりました。」


“男児になる”からと言って、人に迷惑をかけないとは言っていない。

ワガママぶりは健在である。


公爵との朝食を断り、自室で簡単に済ませられるものを頼んだあと、ご用達の散髪屋を呼び「“髪を短く切って!”」と大雑把な注文をつける。


「“失敗をするその手なんて、いらないわね?”」


要望通りにできなかった若手の指を、カミソリで落とそうとしたパトリシア嬢の髪を切る!?

散髪屋の店主は、心の中で白目を向き、泡を吹いていた。

慎重に切っていき、五度の調整をして、なんとか彼女から


「なかなかじゃない?ありがとう。」


許可が降りる。

思い描いていた髪型になり、「(生まれ変わった気分!)」と満足したパトリシアは、気まぐれにお礼を言う。

ご用達になって早十数年。パトリシアからお礼を言われたことなどなかった店主は驚きのあまり、鏡とパトリシアの後頭部を往復して見ていた。


次に呼びつけたのは、お気に入りの仕立て屋。

「とりあえず、既製品のシャツとスボン、ベストを二着ずつ、残りは仕立て終わった順に持ってきて。」

ドレスの仕立て屋に無理難題を押し付ける。

男性用の仕立て屋の伝手など知らないし、男になったとしてもお気に入りの服を着ていたいからだ。

店主は、こめかみの青筋をどうにかバレないようにやり過ごし、笑顔で対応する。

「……種類は少ないですが、ご用意できるのはこちらです。男児のような服をご所望でしたら、私どもより適任の仕立て屋がございますので、そちらを紹介させてください。」

にこにこと営業スマイルを崩さない仕立て屋は、他の店に丸投げをする。

降りかかる火の粉は、あらかじめ払いたいのが本心だからだ。


―――

昼食の時間。

とりあえず格好から形に入り、見た目だけなら男児のようなパトリシアに、ギョッと目を見開き、フォークをカチャンと落とす公爵。


「……パトリシア……髪を、切ったのかい。」


亡き妻と揃いの黒く長い髪が、さっぱりとしたショートになっていた。

生前の愛しい妻との思い出に、ヒビが入るような錯覚を起こす。

公爵は、目に見てわかるほどに落ち込んだ。


「はい!男児ならば、やはり短髪かと!それから私のことはパトリシアではなく、“パトリック”とお呼びください!“パッキー”でもいいですよ!」


ニカッと笑う自分の娘に“……こんな顔で笑う娘だっただろうか?”と考えて、ふと王子の誕生日会以前の笑顔が思い出せないでいる自分に、少し驚いてしまった。

席につき、運ばれた料理を口に入れる娘を、再度確認して、首を横に振る。

「“こほん”」と咳払いをして

「それなら、今日からでも領地経営のお勉強を、始めようか。」

片目でチラリとパトリシアを見る。

公爵は、少し期待していた。

“やはり、お勉強は嫌です!パトリシアに戻ります!”という言葉を。

しかし、公爵の予想とは裏腹に、びくりと肩を揺らしながらも笑顔で言う。


「わかりました。部屋で準備をしてまいります。」


いつの間にか食べ終わっていたらしく、フォークとナイフを置き、口元を拭いてから、パトリシアは自分の部屋へと向かっていく。

勉強という言葉に、忌避感を抱くが「(どうせ将来、首を切られるぐらいなら、やってやりましょう)」と覚悟を決めたパトリシアは、なんでもないかのように心の中で呟く。


想定外の反応に、公爵は目を白黒させながら扉が閉まるのをただ見ていた。


―――

「とりあえず、計算の勉強だ。財政管理然り、経済や産業の発展然り、お金の計算は最重要項目だ。この三ヶ月で詰め込むから、覚悟するように。」


公爵からパトリシアへ“二回目”の最終通告である。


基礎的な問題を少なめにして、応用の問題ばかりを集めた用紙を、パトリシアの前に置く。

これを見た彼女が“わたくしは、こんなことをしたくはありませんっ!やはりパトリシアに戻ります!”そう言うに違いないと、己の想像に確信する公爵。


三分ほど経ち、公爵は『そろそろ音を上げる頃合いか』とパトリシアの様子を伺う。

未だに、真剣な顔で真っ白な問題集とにらめっこしているパトリシアを見て、少し気が抜けてしまった。


「(何ひとつわからないわ……領地経営って想像以上に難しいのね……いや、諦めてはダメだ、パトリック!ここで投げ出せば、斬首の未来が確定してしまう……!)」


首を横に振り、自分パトリックを奮起させ「“参考書を見てもよろしいですか?”」と公爵に声をかけようとしたその時、コンコンと扉がノックされる。

「どうした?」と公爵が返事をすると、「“アーリヤ王子がお見えです”」と使用人が答える。


“アーリヤ王子”と聞いて、びくりと肩が跳ねる。

公爵は『顔を傷付けた本人が来て、怯えてるのか』と思ったが、実際は違った。


「(夢で見た未来では、アーリヤ王子が屋敷に来たことなんて、ほとんどなかったのに!)」


無意識にうなじを触ると、少し熱いように感じた。

接点がもうなくなったと思っていたパトリシアにとっては、誤算であった。

少し慌てて公爵が「“客間でお待ちいただくように”」と返事をする。

「パトリシア、その男のような服装ではなく、ちゃんとした服装に着替えて来なさい。」

公爵はそう言い残し、先に客間に向かう。


その背中を、少し不敵な笑みを浮かべ見送るパトリシアであった。


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