パトリック・ブルックスの遭遇‐二
「それでは、確認のためにお名前をお願いします。」
ふわりと優しく笑うペイジ先生。
なんだか気の抜ける顔だなと思いながら、返事をするパトリック。
「パトリック・ブルックスです。」
「はい、大丈夫ですね。次はそっちの君、お願いします。」
声をかけられたペアの相手は、下を向いていたと思った瞬間、右手を顔の前へ持っていき、バッと顔を上げた。
そして高らかに笑い始める。
「良いだろう!深淵なる彼方より、紅き焔をこの身に宿す使命を負いし者!我こそが ✝︎ヘーレー・イグニス✝︎ である!!」
バシッと効果音が付きそうなポーズをとるヘーレー。
パトリックは理解が追いつかず、ペイジ先生は眼鏡がずり落ちていた。
眼鏡を掛け直しながら、もう一度確認をする。
「……ヘーレー・イグニス君で合ってるんだよね?」
「いかにも、我が名は ✝︎ヘーレー・イグニス✝︎ !地獄の業火を……」
「長いんで、短く名乗れません?」
いつもの王子とのやり取りのくせで、思わず口出しをしてしまったパトリック。
『しまったな。』と思っても後の祭りであった。
どうせ、今後関わり合いになることはないのだ。
――なので、開き直ることにした。
「名乗りの度に、そんな長ったらしい口上を言うんですか?」
「ちょっと、パトリックさん……?」
ペイジ先生が慌てて止めに入ろうにも、パトリックはセリフを吐くのをやめない。
「手短に“ヘーレー・イグニスです”って名乗ればいいのに、なんでわざわざ時間をかけるんですか?」
「や、やめましょう、パトリックさん。」
「他の人たちは既に、地下迷宮に入っちゃってますよ?人の時間を使ってまで、名乗る必要あります?あと、深淵なのか、地獄なのかどっちなんですか?」
パトリックのは、真顔で問い。
ペイジ先生はハラハラしつつ、ヘーレーとパトリックの顔を交互に見る。
固まっていたヘーレーが再び下を向き、右手を顔の前へ持っていく。
「フッ……面白い奴だ。気に入った!記念すべき、最初の友としてお前を受け入れよう!名前はなんと言う?」
「「(あ、駄目だ。全然きいてない。)」」
心の中で、パトリックとペイジ先生の意見が重なった。
「……先ほど名乗りました、二度は言いません。」
苛立ちを隠さずに「もう行きましょ、ペイジ先生。」と地下迷宮に進む。
「あっ!待って、パトリックさん!」と慌てて追いかけるペイジ先生と、
「偉大なる我が名前に恐れをなしたか……では、瞳の色にちなんで“赤薔薇”と呼ばせてもらおう!」と、勝手に話を進めながら、その後を着いていくヘーレー。
ようやっと地下迷宮の探索が始まる。
―――
先陣を切って進むパトリック。
「(ノアのような魔法が使えるわけではないし、カイル兄さんのように直感が優れてるわけではない。)」
左手に松明を持ち、右手を壁に当て、なぞりながら歩く。
ちらりと後ろを見ると、キョロキョロと忙しなく顔を動かすヘーレー。
その後ろには、にこにこと笑っているペイジ先生。
「(ペイジ先生はおそらく、本当のピンチにならないと、助けてはくれないだろう。)」
パトリックの視線に気づいたヘーレーが騒ぐ。
「どうした我が赤薔薇よ!我らが敵を打ち破る刻だ!全ては我が手中にあり、絶対の勝利を―――」
ながながと続く言葉を、少しげんなりしながら、聞き流す。
「(ヘーレーは、何を言っているのかわからない。私がしっかりせねば……)」
石畳の通路に出て、不自然なところがないか確かめる。
「こういう床の場合、踏むことより、踏んだあとに作動する罠があったりしますので、気をつけてください。」
パトリックの言葉を聞き、うんうんと頷き、微笑む。
その傍ら、手に持っているバインダーに、おそらく授業態度や、評価などを書き込んでいるペイジ先生。
「苦難に見舞われようとも、我が力は深淵より生まれ、その深淵こそが我が全てなり。絶望の海を泳ぎ―――」
天を仰ぎ、ポーズを決めて返事をするヘーレー。
「すいませんけど、共通言語で話していただけます?」
じとりと半目で、ヘーレーを睨みつけるパトリック。
あははと苦笑いしながら、頬をぽりぽりとかくペイジ先生。
ヘーレーは、きょとんと首を傾げた。
「特別授業の採点項目で協力とか、正確な情報取得、伝達ってあるんですから、意思疎通が取れないのが一番、困るんですが?」
せめて意味がわかる言葉で話してほしいと思い、“少々”キツめに言うパトリック。
ここで言い合いをしていても埒が明かないので、奥へ向かうために歩き出す。
ヘーレーの顔が少しずつシュンとしながらも、パトリックについて行く。
「我は深淵の彼方、焔を宿す者、善悪の境界を彷徨う者……。」
ヘーレーに『わかった……。』と言われた気がするのは、何故だろうか?
もしかして毒されている…?
そんな考えを振り切るために、首を横に振った。
というか、『わかった』のなら私の言語に合わせてほしい。
そう強く思うパトリックであった。
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