パトリック・ブルックスの登校‐三
教室内がざわつく。
「聖女ですって!」
「地方で発生している“黒き瘴気”を浄化できるっていう……」
「……結構かわいいな。」
パトリックは聖女を見て固まる。
『そうか、王子と同い年だったのか。』
『あの時、歯向かってきた女がいる。』
『卒業パーティで顔を溶かしてやった女がいるわ。』
“わたくしが斬首された原因が、そこにいるわ!!”
焼け付くような痛みが、うなじに走る。
「いっ、……ッ!!」
我慢できずに声が漏れでる。
いつまで続くかわからない痛みをやり過ごすために、右手を強く握りしめる。
――しかし、聖女と目が合った途端、先ほどの激痛が嘘かのように、無くなっていた。
疑問に思い、まじまじと聖女を見る。
『……あんな顔だったかしら?もっと気の抜けた、人の良さそうな顔だった気がしたんだけど……?』
夢の中の未来で相対した聖女を、必死に思い出す。
頭は軽そうだったけれど、こんなに肉食獣のような雰囲気だっただろうか?
疑問は増すばかりだった。
一方の聖女は、パトリックの右、上、左上、左と視線が忙しなく動き回っていた。
目を輝かせ「ちゃんと攻略イベントが解放されてるわね!」と騒いでいた。
何を言っているのか、まったくわからなかった。
解くのを忘れていたパトリックの右手が、そっとあたたかいものに包まれる。
「(どうかなさいましたか?そんなに爪を立てては、手のひらに傷がついてしまいますよ?)」
心配そうな上目遣いで、パトリックを見上げるノエル。
不覚にも、胸が高鳴る。
『なんというか、ノエルは小動物のような愛らしさよね。』
なんて考えながら、パトリックの手を必死に開こうとしているノエルを見て、柔らかく微笑む。
「(いえ、なんでもないです。……聖女の浄化魔法より、ノエルが手当してくれた方が、傷の治りが早そうね。)」
パトリックの微笑む顔を、間近で見てしまったノエルは、顔を真っ赤にしてしまった。
「(おや、美味しそうなリンゴがある。)」
なんてわざとらしく、彼女の頬を撫でる。
ノエルの顔が、逆上せたかのように赤い。
……王子がいる方向から、「僕だってパティの声にいち早く反応したのに……っ!」
ギリギリと歯ぎしりをするような音が聞こえてきたが、気づかないふりをした。
――そういえば、聖女が妙なことを口走っていた。
「(聖女が教室に入ってきた時、ノエルの名前を言ってなかった?知り合い?)」
“ノエルが全然来ない”――たしかに、聖女はそう言ってノエルの名前を呼んだ。
国で保護されているので、貴族科である聖女と、本来ならば普通科であったノエル。
接点があるようには思えない。
「(いえ……初めてお会いする方ですね。)」
本当に知らなそうに首を傾げるノエル。
……詳しく調べる必要があるらしい。
―――
授業と授業の間の時間。
他の生徒たちに質問責めにされている聖女。
しかし、テイラーは話の合間にちらちらと、パトリックたちの様子を伺っていた。
「なんだ……あの女?とてつもなく視線が不愉快だな。」
イラついた様子で、ボソッと呟くノアにカイルも賛同する。
「確かに!しかも、誰か一人を注視しているわけではないようだしな!」
「……王子、声かけてあげないんですか?国の保護下にいる聖女ですよね?国王様や、王妃様にお目付け役を任されてるんじゃないんですか?」
パトリックの疑問に、笑顔で答えるアーリヤ。
「他の従者たちに任せてきたよ!パティとの時間を減らしてまで、聖女のお守りをするのは、ごめんだからね!」
どこまでもブレない王子であった。
『夢の中の未来では、あんなに気にかけていたのに……私が男児になったから、少し未来が変わったのかしら?』
変わったのは“少し”どころではないが、パトリックはいまいち実感がなかった。
ノエルも不安そうに、テイラーをちらりと見たあと、パトリックに視線を戻す。
「アーリヤ王子や、ノア様、カイル様を見ているのはわかるんですけど、なぜ私とも目線が合うのでしょうか?不思議ですね。」
その言葉を聞き、自分の姿でノエルを聖女の視線から隠すパトリック。
「私のかわいい婚約者を、不埒な目で見るのは許せないですね。私の背丈ではノエルを隠せませんが……少しぐらい、目隠しにはなるでしょう?」
ノエルに、柔らかく微笑みかけるパトリックに「ありがとう、ございます……」と熱くなった頬を両手で冷ます。
そんな二人を守るように、アーリヤとノアが後ろに立ち、聖女の視線を遮る。
「僕のかわいいパティを見ていいのは、僕だけだからね!」
「私は王子のじゃありません。」
「(あいつ、トリシアが前に出たら、より一層目を輝かせたな……)トリシアの声がするのに、姿が見えねぇなあ。ああ、そんなところにいたのか!」
「……感謝はしておきます。でもムカつくので覚悟してください。」
そう言うや否やパトリックは、ノアの脇腹を肘打ちした。
「ぐッ……!!」
「アッハッハッ!アーリヤもだが、ノアも大概だな!」
そんなやり取りを、爛々とした目で見つめるテイラーであった。
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