パトリック・ブルックスの告白‐二
顔に笑顔を貼り付けて、エリスに尋ねる。
「ノエルと貴方を取り替えて、私の利益はどこでしょうか?」
「え?」
「私は、公爵家に不利益がない、もしくは少ない家柄、口が固い令嬢など、私の利益になる人間を調べた結果、貴方は候補にすら上がらず。そして最終的に私はノエルを選んだ。」
「なぜだかわかりますか?」と問いただし、エリスは黙った。
「ノエルの方が、貴方よりずぅっと役に立つと判断したからですよ。私の判断を覆せると、貴方のお姉様より、貴方の方が利益があると証明ができるなら言ってみてください。」
ギリっと音が聞こえそうなほど歯を食いしばっている。
あら、酷い顔。
庭先のカエルの方が、マシな顔してるわね。
「……ッ、エリスの方が、お姉様よりもかわいいって評判ですわ!」
「で?」
「……?」
「かわいいからなんですか?かわいいと作物が例年より育つんですか?かわいいと関税が無くなるんですか?
……ハッ!だとしたら、おかしいですね?人々から絶賛されるほど美しい私がいるのに、作物は例年通りでしたし、関税もそのままでしたよ?」
しまった。途中、鼻で笑ってしまった。
エリスは顔を真っ赤にして、ふるふると震えていた。
「そんな難しくって、よくわかんないこと言わないでください!何よ、もう!ケチんぼ!悪魔!そんなだと、」
『誰からも愛されないで、独りで死んじゃうんだから!』
突然、エリスと斬首された私の姿が重なった。
じわりとうなじに熱を広がり、じくじくと痛み出す。
まるで熱湯をかけられ、火傷したようだ。
脂汗が背中を伝って、気持ち悪い。
奥歯を食いしばり、痛みをやり過ごす。
――本当にうっとおしい。
過去も痛みも、忌まわしいわね!!
パンッ
何かが破裂するような、少し高めの音がした。
顔を上げると、ノエルがエリスに平手打ちをした後だった。
怒っているような、感情を殺しているようなどちらとも判断がつかない表情をしていた。
叩かれた頬を押さえ、ノエルを呆けた顔で見上げているエリス。
何をされたのか頭が追いついたらしく、ノエルを指さしギャアギャアと喚く。
「おっ、お姉様くせにエリスを叩いたわね!ありえない!サイッテー!」
「パトリック様に謝りなさい。」
共に暮らし始めて、一度も聞いた事のない声。
静かな怒りを含んだ声だった。
エリスも同様のようで、一瞬怯みはしたものの、ノエルに噛み付くのをやめない。
「は?お姉様の分際で、エリスに指図するのお!?公爵家に嫁ぐからって調子乗らないで!」
「……公爵家相手だとわかっているのなら、その口の利き方はなんですか。お父様とお母様は、公爵家に『喧嘩を売ってこい』とでも仰ったの?」
「違うけどお……」と、口をもごもごさせ、両手で顔を覆うエリス。
鼻をズビズビ鳴らしているが、指の隙間から見えている瞳は濡れていなかった。
声だけ聞いたら、泣いているように錯覚するので、おそらく“泣き慣れている”のだろう。
「だって!パパもママも、お兄様だって“血も涙もない悪魔だ”って“権力を振りかざすしかできない、かわいそうな奴”って、みんな言ってるもの!エリスだけダメなんて、そんなのおかしいわ!」
みんな言っているから、自分も言っていいという思考らしい。
そんな幼稚な考えは、初等部で卒業してもらいたい。
「お父様もお母様も、貴方の育て方を間違えたみたいね……貴方の、公爵家に対する暴言を、然るべき機関に訴えます。」
大きく息を吐くノエル。
意志の強い瞳が、エリスを見据えていた。
家族の顔色を伺って生きてきたはずの彼女が、半ば脅しとはいえ、私のために家族に反抗している。
私は、ぼんやりとノエルを見つめることしかできなかった。
「それに――」
ノエルが言葉を続ける。
すると不思議なことに、彼女がチカチカと輝き出した。
「私がいるんだから“誰からも愛されない”は、当てはまらないわ。」
どくりと心臓が脈打つ。
ゆっくりと、そして徐々に加速していく。
血液が、身体中をとんでもない速さで巡っている。
うなじの熱さも気にならないほどに、身体のあちらこちらが熱い。
まるで風邪をひいた時のようだ。
……でも、この熱は不快ではなかった。
湯気が吹き出している湯沸かし器のように、キイキイ騒ぐエリス。
「何よ、お姉様なんて……ッ!パパに言いつけてやるんだから!!」
人は怒りが頂点に達すると、笑いが込み上げるらしい。
「アハハハッ!“お父様に言いつける”?公爵家に向かって、伯爵ごときが何ができると思ってるんだ?」
ノエルが私のために怒ってくれたのだ、私もノエルために、自身のために言わなければ、婚約者が廃る。
「そちらが考えを改めていただければ、送られてきた手紙を、笑い飛ばして見なかったことにしたんですけどね。」
エリスが私を睨みつける。
「“寛容な私”も、さすがに見過ごせない。伯爵家から送られてきた手紙……これ、見ようによっては『格上の貴族に金銭を強要している』と見なされるんですよ。」
「“強要”って意味わかります?」とエリスに質問する。
「それくらいわかるわよ!」と返ってきたので安心した。
初等部は、一応通っていたらしい。
「この手紙を、『不当な理由で、金銭を要求されている』と、裁判所や王家に訴えるとどうなると思いますか?」
「どういう意味よっ!?」
「貴方には、少し難しすぎましたかね?」なんて冷めた目でエリスを見つめる。
「正解は、貴方の家が徹底的に調べられ、借金等が本当になければ……脅迫罪で牢屋行き、ですかね?」
「なっ、なんでそんなことになるのよ!おかしいじゃない!」
「いやいや、格上の貴族に舐めた態度で、金銭を要求している方が、よっぽどおかしいって十人中、二十人は言いますよ?」
「十人増えてるじゃない!」
「おや、そこはおかしいと気づけたんですね。」
“すごい、すごい”と幼い子を相手するように話しかける。
「〜〜ッもう!エリスをバカにして、タダじゃ置かないんだから!」
「覚えてなさいよ!」そう吐き捨てながら、バタバタと走り去るエリス。
「今夜までは覚えておきますね。」とヒラヒラ手を振るパトリック。
隣からボスンと音がする。
振り返ると、膝から崩れ落ちているノエルの姿があった。
慌てて彼女を支え「大丈夫か?」と声をかける。
「あはは……安心したら腰が抜けちゃって……」
そう言うノエルの身体は少し震えていた。
ぽつりぽつりと彼女が話し出す。
「初めてです。家族に意見したのも、手を上げたのも。」
握っている先が青白くなるぐらい、左手首をぐっと掴んでいるノエル。
不安からじゃない、自分を落ち着けるために力を込めているのがわかる。
パトリックは、そっと彼女の右手を包み、ぽすっとノエルの胸に頭を預ける。
「変色するくらい手首を握りしめるぐらいなら、いつかみたいに、私の頭を撫でることを許可します。」
頭を寄せているので顔はわからないが、びくりと強ばったなと感じたあと、恐る恐る上下に手で髪を梳いているのを感じる。
ほんのり耳が熱くなるパトリック。
「……“パトリック”では、呼ぶとき少々長いので、特別に“パディ”と呼んでもいいですよ。」
じわじわと恥ずかしさが込み上げてきた。
耳の熱さと鼓動のうるささが、ノエルにも伝わってしまうのではないかと、余計に心拍が音を立てる。
「それでは、改めてよろしくお願いします。パディ様!」
昔、“パティを呼んでいいのは、お父様と添い遂げる方のみ”なんてことをアーリヤ王子に言ったことを思い出す。
……なんで、こんな時に思い出しちゃうのかしら。
王子は梃子でもパティ呼びをやめないが、お父様は“パディ”と呼んでくれている。
ならば、無意識に“添い遂げたい”と思ったのは……
胸の中がじんわりとあたたかい。
恥ずかしさを誤魔化すために、もっとノエルに寄りかかる。
ばくんばくんと音を響かせているこの音は、私のものなのか、ノエルのものなのかわからないが、同じ気持ちなら嬉しいなと思うパトリックであった。
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