パトリック・ブルックスの告白‐一
「おはようございます、パトリック様。」
ノエルがブルックス家に来て約二ヶ月が過ぎ、学園の始業式まで一ヶ月を切っていた。
最初は、気まずそうに屋敷ですごしていたノエルだが、最近では執事やメイドたちと楽しそうに話をしていた。
暗い顔をされるより、はるかにマシだ。
「おはよう、よく寝られた?ノエル。」
二人揃って、食堂へと向かう。
席につき、朝食が並べられる。
「そういえばノエル、学園は?」
「……“無駄に教養を身につけるな”と両親に言いつけられてまして……進級テストは受けに行きたいですね。」
“本当は、ちゃんと通えればいいんですけど”
小声だが、パトリックの耳にはしっかり届いていた。
「ふぅん。」
食事に集中してるのか、興味が失せたのかどちらとも言えない返事をするパトリック。
食堂の扉がノックされ、執事が声をかける。
「お食事中失礼いたします。パトリック様、ノエル様、お客様がお見えになっております。」
ノエルと顔を見合せ、首を傾げる。
来客?そんな予定はなかったように記憶していたが……?
「誰が来たんだ?」
少しの沈黙のあと執事が答えた。
「エリス・コールマン、ノエル様の妹君だと仰っておりました。」
ノエルの方を見る。
持っていたフォークを落とし、ぽかんと口を開けていた。
そのあと、ものすごい勢いで首を横に振る。
彼女にも来訪の手紙を寄越さなかったらしい。
右目の目尻がぴくりと動く。
――ノエルの実家連中は、つくづく私の神経を逆撫でするのが、お上手だこと!
もしかして、私を心労で倒れさせたいのかしら!
「わかった、すぐ準備するから客間にお通しして。」
「かしこまりました。失礼いたします。」
「ノエルも一緒に来てくれる?」
「もちろんです。」
さあて、どうやって“立場”というものをわからせてあげましょうか。
……ノエルがパトリックの顔を見て小さく悲鳴をあげた。
―――
「もう!こんなに待たせるなんて!おかげでお茶を二杯おかわりしちゃいましたあ!」
ひくりと右頬が引き攣る。
私に向かってノエルが小さく「すみません」とぺこぺこと頭を下げ続けている。
「……失礼した。こちらも、突然の訪問で準備に少々、手間取ってしまってね。」
務めてにこやかに返す。
「“朝食の時間に来るな、せめて事前に連絡をしてから来い”」という意味を込めて。
相手がその真意に気づくかどうか……
ノエルが青い顔をしながら、胃のあたりを押さえている。
彼女はわかったらしい。
「まあ!まだ寝巻きでしたの?ぐうたらしたら、メッですよお!」
こめかみからピキっと音がした。
どうやらエリスには、ほんの少しも伝わらなかったらしい。
……ノエルは頭も押さえだした。
控えていた執事に水を頼み、懐から何かを取り出し飲み込んだ。
薬を常備していたようだ。
「アハハ、申し訳ない。寝不精なものでね。ところで、朝の支度も終わらぬこんな時間に、一体どうしたんだい?」
含みを持たせてもどうせ理解できないのなら、このぐらい毒を吐いてもわからないだろう。
「何回も何回も、お手紙を差し上げているのに、お返事がないから、催促しに行きなさいとパパに言われて来ましたあ!」
……“建前”というものを教えられてないらしい。
ノエルだけではなく、控えてる執事も私の怒気に怖気付いてるというのに……エリスには通じないらしい。
面倒だな。
怒りのせいか、膝の上で組んだ手に力が入る。
ノエルなんて青い顔を通り越して、土色になっている。
……夕食では胃に優しいものを用意するように、料理長に言っておこう。
ずっと右頬が引き攣りっぱなしである。
……以前から『結納金はまだか!毎月の仕送りはどうなっている!?』という手紙を再三受け取っていた。
その都度『結納金は嫁入り道具で全て消えたし、毎月そちらに仕送りをするほど、金に困窮してないだろ』を、最初は“優しく”返事をしていたが、
『家具ごときで結納金が消えるものか!ネコババしてるんだろ!生活は困ってないが、より豊かにしたいから金をくれ!』の応酬が続いていた。
常識があるなら、『娘と婚約していただき感謝する』くらいの文言があってもいいはずだし、
良識があるなら、上の階級貴族に金銭をせびるなんてことはしないはずだ。
実家連中の頭の中には何が詰まってるんだ?もしかして、何も入ってないのか?
「……何回も返事を差し上げていると思いますが?」
「それは“お断り”のお返事じゃないですか!“送金しますね”のお返事が欲しいんです!」
私まで頭が痛くなってきた。
何を言ってるんだ、こいつは。
……一周まわって、頭がいいのかもしれない。
すぐにでも学園に入学することをオススメしたい。
いやでも、義妹の先輩になるのは嫌だから、やっぱり入学しなくていい。
「というかあ、お姉様……お顔傷だらけじゃないんですね?なんなら、家にいた時よりも髪がパサついてないし、お洋服もキレイ……ずるい、ずるい、ずるい!お姉様ばかりずるいですわ!!」
エリスがノエルをじろじろと観察し始める。
「(――ドレスに、アクセサリー。それに私が元いた部屋だって全て“ずるい”で奪っていって……それでもまだ、足りないの?)」
悲痛な面持ちで、左手首をぎゅっと握るノエル。
顔に傷……?何の話しだ?
ノエルに視線をやる。
「こちらに来る前に、パトリック様の“別称”を父から教えられて……」と小声で教えられた。
“黒き茨”の悪名を聞きかじっていたのか。
なんだか呆れて、ため息しか出てこない。
「“ずるい”も何も、ノエルは私の婚約者になったんです。当然の権利を享受してるだけですよ?」
それでも尚、ブーブーと文句を言うのを止めないエリスは、「いいこと思いついたあ!」と、手をポンと叩く。
「婚約者を取り替えっこしてあげても良いですよ!エリスがブルックス家に嫁いであげて、お姉様がお家に戻る!うん!そうしましょ!」
「……ノエル。」
「はい、パトリック様?」
「先ほど飲んでいたのは薬か?私にもくれ。」
言葉はわかるのに、話ができない。
今まで相手にしてきた人たちは皆、人間だったんだな。と、しみじみ痛感する。
妹のお守りをさせられていたとか、ノエルに同情を禁じえない。
小さく息を吐き、口角を上の方に固定する。
これで笑っているように見えるだろう。
星、評価、レビュー、感想を教えもらえますと大変、喜びます!
励みにもなるので、どうかよろしくお願いいたします!




