ノエル・コールマンの外出
「王子、今日はもうお引き取りください。」
嫌だとごねるアーリヤ王子を、さっさと帰らせるパトリック。
「帰らせて良かったんですか?」とノエルが尋ねる。
「どうせ、毎日のように来るのでいいですよ。」
ふんっと不機嫌を隠さないパトリックが吐き捨てるように言う。
「毎日……」
言葉のあやだとしても、本当に毎日来そうだなと一人で納得するノエルだった。
―――
翌日、パトリックに連れられて、ブルックス領を見て回る。
王都に近いせいか、活気がある。
歩く先々で「パトリック坊っちゃん!見ていきな!」「こんにちは、坊っちゃん!」「坊っちゃん、相談があるだが、あとで訪ねていいか?」
比較的、歳の若い人々に声をかけられていた。
彼女の方も、「今日は何がある?」「やあ、いい天気だな。」「わかった、時間を作ろう。」と返していた。
一方、年配の人たちは「まだあんな格好をして……」「また何か企んでるんじゃ?」「ブルックス家の悪魔令嬢め……」
遠巻きに、ひそひそと話し声が聞こえてきた。
パトリックの少し後ろを着いて歩いているので、顔はわからない。
この人は、今どんな顔をしているんだろう?
……私がそんなことを気にしても仕方ないことだ。
いつものように、自分の気持ちをしまい込む。
「視界の外にいられると落ち着かないので、隣を歩いてもらえる?」
そう言ってパトリックは自身の腕を出す。
“腕を組め”ということらしい。
軽く混乱していると『早く』というように、彼女は再び腕を突き出す。
恐る恐る腕を絡ませる。
ちらりと見えた彼女の表情は、思ったよりも柔らかいものだった。
着いた先は家具屋だった。
「家具屋を屋敷に招いて、商品一覧を見て頭を悩ませるより、実際に見た方が想像しやすいだろう?」
パトリックにそう言われ、ノエルは度肝を抜かれた。
伯爵家のくせに、志しだけは王族級の家では、商品一覧をめくるだけだったからだ。
もちろん、ノエルはめくるどころが触らせても貰えなかったが。
白を基調としたロココ調のクローゼット、木目が美しいビューロー。
透明なガラスが使われている食器棚、アンティークを思わせるテーブルとチェアのセット。
全てがきらきらして見える。
いつも置いて行かれてた娯楽施設とは、きっとこんな場所なんだろうなと思った。
「何か気に入ったものはありますか?」
パトリックの声に、自身が無我夢中で家具を眺めていたことに気付かされる。
白いクローゼットを無意識に見る。
白色も素敵だけど、他の色もあれば……
いや、わがままはいけないと首を横に降る。
「気に入ったもの……どれも素敵で選べないですね……」
見てるだけで満足してしまう。
そんな本心がポロッと口から出てきた。
パトリックが「ふむ」と顎に指を当てる。
「ここに置いておるのは、色味やデザインがバラバラで統一感が無いですね。ノエル、好きな色は?」
「へ?えっと、落ち着いた色合いのものが好きですね……?」
「……わかりました。店主、ブラウン系で……あの白いクローゼットに似たデザインで、部屋に必要な家具一式を揃えてもらえますか?」
「かしこまりました、少々お待ちください。在庫を確認して参ります。」
どうしてパトリックは、私が心を奪われたのがクローゼットだと気づいたのだろうか?
そんな事を思いつつも、ノエルは慌てて彼女を止める。
「えっ!パトリック様、買うんですか!?」
「ノエルの部屋に置く家具を買うと言ったじゃないですか、もちろん買いますよ?」
ノエルは「申し訳ないです、実家の自室に置いてある家具がまだ使えますし……」と、どうにか断ろうと、わたわたしながらパトリックに言い訳を始める。
そんな彼女の姿を見て、ニヤリと嫌な笑みを浮かべるパトリック。
『――悪魔が笑ってる。』なんて頭によぎってしまい、口を噤む。
「ねぇ、ノエル?契約書に書かれていたことを思い出して?」
「書かれてた……?あっ!」
昨日の出来事を思い出し、思わず左手首を握る。
“いかなる時も乙は、甲に従順であること”
「申し訳ないとか、まだ使えるとかグダグダ言わないで、私の意見に賛同だけしてくれる?」
――ああ、なんて恐ろしい人なんだろう。
私の意思なんてお構い無しに、私の気持ちを尊重してくれる。
“姉なんだから妹に譲りなさい”
“どうせ、見せる人もいないんだから、兄のお古で我慢なさい”
実家にいた時には、考えられない待遇だ。
じわりと溢れ出す涙に気付かないふりをして、彼女にカーテシーをする。
「……はい、パトリック様の思うままに。」
ノエルの従順さに気を良くしたのか、パトリックは「それに、」と続ける。
「ノエルの結納金を、みすみす貴方の実家連中に使わせてやる義理はないの。」
イタズラを企むような、楽しそうに弾む声だった。
その声に、その笑みに、思わず「ふっ」と笑ってしまった。
「そうですね、パトリック様を侮るような家に、一銭たりとも使わせません!」
ノエルのセリフを聞き、少し驚いたような顔をした後、腕を組んでいた時のような柔らかい表情になるパトリック。
「あら、ノエルってそんな顔で笑うのね。」
そう言われてから初めて気づく、ブルックス家を訪れてから、ずっと緊張していたせいもある。
けど、実家にいた時だって、こんな風に笑ったとこがほぼなかったように思う。
「隣で辛気臭い顔されてるより、そっちの顔の方がいいわ。」
トクンと胸が弾む。
……ああ、私ってなんて単純な女なんだろうか。
「――はい!パトリック様が望まれるのであれば……!」
左手首を握っていた力を緩める。
他の人たちから見れば、パトリック様の言葉は、きっと褒め言葉ではないのだろう。
しかし、その言葉で私は満たされてしまった、救われてしまった。
私の全てを、この人に捧げてもいいと思えるほどに。
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