LV 3
髪はピンク色のショートカット。丸い大きな目をしたその可愛らしい女の子のキャラクターは、健一郎の目の前までやってくると、ペコリとお辞儀をした。
「こんにちわ」
洋一は、慌ててチャットで返事をした。お辞儀をしようとも思ったが、やり方が分からないので画面の健一郎は仁王立ちである。
「一人ですか?」
「うん。さっきまで友達と一緒だったんだけど、みんな帰っちゃってさ」
女の子は、モジモジしながらペコリと頭を下げた。
「良かったら、ゲームの事を教えてくれませんか? 私、今日始めたばかりで良く分からなくて……」
「そうなんだ。実は俺も今日始めたばかりでさ。知っている事も限られているけど、それでもよければ教えてあげるよ」
「ありがとうございます」
女の子は、ペコペコと何度も頭を下げている。どうやら、律儀な性格の子のようだ。
「俺の名前は、草壁健一郎。君の名前は?」
「私は、星野 康子です」
お互いに自己紹介を終え、洋一はさっき宏にならったばかりの事をレクチャーした。
「なるほど、名前や守護漢字を組み合わせて、熟語を作る事が出来るんですね」
「最初から分かっていれば考えて名前をつけたんだけどさ。俺なんか、『草』と『壁』しか単語に意味が無いから、他の漢字は熟語に使うしか無いんだよな」
「実は私もそうなんです。ゲームの内容を詳しく知らなかったから、あんまり考えずに名前をつけちゃって。自分の名前で単語に意味があるのは『星』ぐらいで、しかも使ってもあんまり意味が無いし……」
そう言って、康子が何かを念じ始めた。すると、康子の頭上に『星』の文字が浮かび上がり、その直後に画面の上の方で何かがキラリと輝いた。
「……これだけです」
康子は肩を落とし、がっかりしたポーズをした。きっと星が輝くだけの言霊なんて意味が無いと思っているのだろう。
「凄いじゃん! 星を生み出すなんてさ!」
「え?」
「だって見てみなよ! 画面にずっと星が残って輝いているだろ? 君が使った言霊で、この世界に星が生まれたんだぜ? 凄いじゃん!」
「凄いの……かな?」
「凄いって! マジで羨ましいよ!」
興奮気味に、洋一はキーボードを叩く。
康子は、ニコリと微笑んだ。
「ありがとうございます。私、てっきりこの言霊は、星が輝くだけかと思っていたんですけど、そっか、この世界に星が生まれていたんですね。そう考えると、凄い事ですよね。草壁さんのおかげで、なんだかこのゲームが楽しくなってきちゃいました」
「そうそう、俺のとは断然スケールが違うぜ。なんてったって、このゲームを遊んでいるプレイヤーは、みんなあの星を見ているんだからさ」
「そっかぁ……」
康子は頭上を見上げ、嬉しそうに星を眺めた。
「あと、草壁さんって言われると照れ臭いからさ、健一郎って呼んでよ」
「分かりました。じゃあ、私の事も康子って呼んで下さいね、健一郎くん」
「OK、康子ちゃん。あ、そうだ。ついでに、一緒に熟語も作らない? 言霊辞典も埋めたいしさ」
「いいですよ。私と健一郎くんだと、どんな熟語が出来るかな?」
「うーん、そうだなぁ。あ、俺の『木』と康子ちゃんの『星』で『木星』って熟語が出来るよ!」
「あ、本当だ!」
「よーし、早速やってみよう。俺が『木』の文字を出したら、康子ちゃんは『星』の文字をクリックしてね」
「分かりました」
健一郎が念じ始めると、頭上に『木』の文字が浮かび上がる。続けて、康子の頭上に『星』の文字が浮かび上がった。二つの文字が組み合わさり『木星』と言う熟語が完成する。すると、はるか画面の上部に大きな星が出現した。
「やった! 木星が出来たぞ!」
「凄い! 凄い! あんなに大きく輝いている!」
さっきのドットで描かれた星と違い、肉眼ではっきりと見えぐらい大きい木星を見て、康子は興奮気味にピョンピョンと飛び跳ねている。よっぽど嬉しいのだろう。
「今度は画面の右上にある本のマークをしたアイコンをクリックしてみてよ」
「分かりました」
康子が懐から辞典を取り出し、パラパラとめくり始める。
「木星って書いてあります。熟語が登録されたんですね」
「そう言う事」
「やったぁ♪」
ニコニコ顔の康子の周りに『♪』のエフェクトが出現する。
……何だか可愛いな。
コロコロと表情を変え、可愛らしい仕草を見せる康子に、洋一は好感を持っていた。
「よーし! 他にも熟語が作れないか、一緒に考えようぜ!」
だが、康子は残念そうな表情を浮かべた。
「ごめんなさい。もう帰らなきゃ……」
「え? まだこんな時間なのに?」
パソコンの時計を見ると、まだ八時前。子供が寝るにしたって、まだ早い時間だ。
「ごめんなさい……」
「いやいや、いいんだよ! 家庭の事情は、人それぞれだからさ!」
悲しそうな表情を浮かべる康子に、洋一は慌ててフォローを入れる。
「あの……。また、遊んでくれますか?」
「もちろん!」
「ありがとう。健一郎くんも、あまり夜更かししちゃ駄目だぞ」
そう言ってパチリとウィンクをした康子は、手を振りながらログアウトして行った。
再び一人になった洋一。妙な孤独感が彼を襲う。暫くの間、洋一はぼんやりと画面を見つめていたが、ノックされたドアの音にハッと我に返った。
「お兄ちゃん。ご飯が出来たって」
ドアが開き、妹の雪菜が顔を出す。
「あ、ああ。今行くよ」
「あ! それって……」
ディスプレイを見つめ、雪菜は口に手を当て驚いた表情を見せた。
「ん? どうした?」
「いや、なんでも無いよ! うん、なんでも無い!」
慌てて取り繕う雪菜に、洋一は違和感を感じたが、それよりも心の中は先程出会った少女、康子の事で一杯だった。
星野康子ちゃんかぁ。一体どんな子なんだろう。きっと優しい子なんだろうな。明日も会えるといいな……。
そんな事を思いながら、洋一はログアウトすると雪菜と共に階段を降りて行った。