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LV 2

 そこは、ただっぴろい草原だった。遠くには山が見え、見上げると一面に広がる青い空に白い雲が穏やかに流れているのが見える。そして、画面中央にはポリゴンで出来た洋一のキャラクターが佇んでいた。

 割と長身で、顔は目の鋭いイケメン風。見た目は入力した年齢通りに若く、なんとなく前にやったゲームの登場人物、草壁健一郎の雰囲気に似ている気がする。服装が粗末なTシャツとズボンだけなのは、ゲームを始めたばかりだから仕方ない。初期装備って奴だ。

「ゲームに入った?」

「おう」

 パソコンから宏の確認する声が聞こえてくる。

「今どの辺?」

「知らん」

 洋一はぶっきらぼうに答える。ゲームを始めたばかりで、右も左も分からない人間にする質問じゃない。

「画面の右上にアイコンがあるの見える?」

「おう」

 そこには、いくつかのアイコンが並んでいた。

「そのアイコンの中に家の形をした奴があるでしょ。それをクリックして」

 言われるままアイコンをクリックすると、ウィンドウが開き『自宅』『旭川広場』の文字が表示された。

「旭川広場を選んでよ」

 選ぶと、画面のキャラクターが光に包まれ、テレポートした。画面が切り替わると、大きな噴水がある場所に移動していた。

「いたいた」

 見ると、腹を揺らしながら走ってくる小太りなキャラと、日焼けしたゴッツイマッチョの強面のキャラがこちらに向かってくる。恐らく、宏と本多だ。

「よーし、これで全員そろったね」

 小太りなキャラクターが、ハァハァと息を切らしながら親指を立てた。細かい演出だ。

 恐らく、この小太りが宏で、ゴッツイのは本多って訳だ。なかなかリアルを再現している。このゲームのキャラメイキングシステムは、中々あなどれんな。

「どうやって遊ぶんだ?」

 ゴッツイ奴がチャットで話しかけてくる。

「本多の家にはマイクが無いからさ、チャットしながら説明するよ」

 喋るのと、ほぼ同時に画面に文字が流れる。さすが無類のゲーム好きだけあって、凄いタイピング能力だ。

「まず、自己紹介をしよう。僕の名前は『不知火しらぬい 飛鳥あすか』。飛鳥と呼んでくれ」

 ゲームキャラ丸出しの名前に、洋一は思わず噴出しそうになった。それに、どう見ても宏のキャラクターは不知火飛鳥って感じじゃない。

「分かったぜ、宏」

 笑いを堪えながら、洋一が言った。

「シャーラーップ! 飛鳥と呼びなさい! いいかい? ゲームはね、雰囲気とかそう言うのを大事にした方が俄然面白くなるんだ。せっかく面白いゲームに出会えたんだ、もっとこの世界を楽しもうじゃないか!」

 飛鳥が、グッと親指を立てる。

 その格好悪い姿を見て、洋一は堪えきれずに爆笑した。

「俺の名は『石山いしやま 多利上門たりうえもん』。タリーと呼んでくれ」

「何だ、その名前は!」

 外見と名前の余りのギャップに、洋一はまたもや噴出す。

 本多は人を笑わすのが大好きな、仲間内ではギャグ担当だった。この名前のセンスも流石と言えよう。

「最後は俺だな。俺の名は『草壁 健一郎』。呼び方は好きに呼んでくれて構わないぜ」

「じゃあ、イチローと呼ぼう」

「おい、「健」は何処行った。そんな略しかたするな!」

 パソコンの前でニヤニヤしながら、洋一はチャットで本多に突っ込む。

「おっほん。では、早速このゲームの説明をするよ」

 宏が咳払いをしながら、話を始めた。

「まず、このゲームの目的は大きく分けて二つある。一つは、見ての通りこの世界には、まだほとんど何も無い。この世界をどう創造していくかは、僕達の手にかかっているんだ」

「創造していく?」

 画面の飛鳥が頷く。

「まぁ、見ててくれ」

 そう言うと、飛鳥が何かを念じ始めた。すると、飛鳥の周りにキラキラとしたエフェクトが出現し、その頭上に『火』の文字が浮かんだ。

「ファイヤー!」

 そう宏が叫ぶと同時に、飛鳥の手から火が噴出し、近くにあった木を燃やした。

「どう? 分かった?」

「分かんねぇよ」

 洋一が突っ込む。創造するとか言っておいて、燃やしてしまってどうする。

「じゃあ、これはどう?」

 再び飛鳥が念じ始め、その周りにエフェクトが出現する。そして、飛鳥の頭上に『鳥』の文字が浮かんだ。

「とりゃあああああ!」

 シャレなのか何なのか分からない掛け声と共に、飛鳥の手から何かの鳥が飛び出した。

「おお、すげぇ! 手品か?」

「違う! 今僕は、鳥を創造したんだよ」

 飛び出した鳥は、飛鳥の周りをせわしなく飛び回っている。

「なるほどな」

 何かに気がついたのか、今度は本多……もとい、多利上門ことタリーが念じ始めた。

「石!」

 タリーがそう叫ぶと同時に、突然目の前に拳ぐらいの石が飛び出した。

 そこでやっと洋一はピンと来た。

「なるほど、もしかして名前に使われている漢字か?」

 画面の飛鳥がパチパチと拍手をする。

「ご名答。実は僕達が持っている名前、それと守護漢字の文字を使って、僕らはこの世界を創造する事が出来るんだ。健一郎もやってみなよ」

「おう! ……でも、どうやって使えばいいんだ?」

「画面の下を見てごらん。自分の名前と守護漢字があるだろ?」

「ええっと、はいはい。『草』『壁』『健』『一』『郎』『木』って分かれてアイコンになっているな」

「試しに『草』をクリックしてみて」

「OK」

 言われるまま『草』の文字をクリックすると、画面の健一郎が何かを念じ始め、頭上に『草』の文字が現れた。

「いいかい、言霊を発動する時は、思いっきり叫ぶんだ」

「なるほど。叫ばないと発動しないんだな」

「いや、雰囲気だ。叫ぶ言葉は何でもいい」

「……」

「雰囲気が大事だって言っただろ?」

 少しこっ恥ずかしいが、とりあえず本多もやっているし(チャットでだが)、洋一は郷に従う事にした。

「草!」

 画面のキャラの動きに合わせ叫ぶと、突然健一郎の周囲にもさもさと草が生え始めた。

「おっもしれー!」

 その時、ピロンと言った甲高い効果音と共に、健一郎の頭上に正の字で『一』が描かれた。

「何だこれ?」

「言霊ポイントだよ。まぁ、RPGで言う所の経験値みたいなもんだ。一定量溜まると、言霊LVが上がるんだよ」

「LVが上がるとどうなる?」

「威力が増すんだ。例えば『草』の言霊LVが上がると、草がたくさん生えるようになる」

「……何だかあまり意味が無い気がするけど、とりあえず使えば使うほど良いって事だな」

 続けて洋一は『壁』の文字を選んだ。

「壁!」

 すると、突然地面が盛り上がり、目の前に土の壁が現れた。

「すげぇ! 何でも思い通りじゃんか!」

 興奮しながら、続けて『健』の文字を選ぶ。

「健!」

 だが、画面には何も起きない。ちゃんと選択されていなかったのかと思った洋一は、もう一度『健』をクリックしてみるが、やはり何も起きない。一体、どう言う事だ?

 戸惑う健一郎に向かって、残念そうな顔をした飛鳥が肩をすくませ首を振った。

「言葉単体で意味を持たない言霊は、使っても何も起きないよ」

「そうなのか。じゃあ、『一』も『郎』も?」

「うん」

「そうなのか? じゃあ、俺ってば三文字も損しているじゃんか!」

 飛鳥はチッチッチと指を振る。

「いやいや、それ単体では意味が無くても、組み合わせる事で力を発揮する漢字もあるのさ。タリー、試しに『山』の言霊を使ってみてくれ」

「了解」

 タリーが念じ始めると、頭上に『山』の文字が浮かんだ。

「今だ!」

 続けて飛鳥が念じ始め、頭上に『鳥』の文字が浮かぶ。すると、二つの文字が合わさって『山鳥』と言う熟語になった。

「出でよ! 山鳥!」

 宏がそう叫ぶと、二人の間から尾の長いキジのような鳥が現れた。

「なんだ、この鳥? さっき、飛鳥が出した鳥とは形が違うな」

 飛鳥の周りをトコトコと歩くキジを俺はマジマジと見つめる。

「こいつは、山鳥。鳥綱キジ目キジ科に分類される鳥類の一種。日本の固有種。名前は有名だが、野外で出会うのは少し困難な鳥でもある……と、ウィキペディアに書いてある」

「説明ありがとよ。でも、なんでさっきと違う鳥が現れたんだ?」

「それは、熟語を使ったからさ」

「熟語?」

 飛鳥が胸を張って得意げなポーズをする。

「さっきは、『鳥』と言う単語を使って一般的なイメージの鳥を作り出したんだ。でも、今回はタリーと協力して『山』と『鳥』を組み合わせた『山鳥』って言う別の意味を持つ熟語を作り出した。それにより、『山鳥』って言う固有名詞を持つ鳥を作り出す事が出来たって訳さ」

 洋一は関心して頷く。

「すげーな。そんなマイナーな鳥まで再現できるのかよ」

「えっと、確かネットから情報と画像を検索しダウンロードする、ナントカシステムってのを使っているらしい。だから、ネットの情報が増えれば増えるほど、リアルタイムにこの世界も反映されて、より忠実にリアルに再現されるらしいよ」

「なるほど。良く分からんが、とにかく凄いシステムを使っているって訳だな。おっもしれー! よーし、誰か俺とも熟語を作ろうぜ!」

「そうだなぁ。そしたら、健一郎の守護漢字を使って武器を作ってみようか」

「武器?」

「うん、とりあえず健一郎の守護漢字『木』をクリックしてみて」

「OK」

 守護漢字である『木』のアイコンをクリックすると、健一郎が念じ始め、その頭上に『木』の文字が浮かんだ。

「でもって、タリーの守護漢字をよろしく」

『了解』

 続けてタリーの頭上に、『刀』の文字が浮かぶ。

「なるほど、木刀か!」

「その通り」

 健一郎とタリーの間から、ポンっと音を立て木刀が飛び出した。

「マウスで選んでみて」

「おう」

 言われるまま画面上の木刀をクリックすると、詳細が表示された。


 ■種別   刀

 ■名前   木刀(作成者:タリー)

 ■LV   1

 ■攻撃力  +3

 ■命中率  +3

 ■特殊効果 無し


「へぇ、作成者の名前まで表示されるんだな」

「うん、種別が刀になっているから、『刀』の漢字を提供したタリーが作成者って事になるようだね」

「でも、なんでタリーの守護漢字が『刀』なんだ?」

「一応、拙者の設定は侍でござるからな」

「さっきまで、『ござる』なんて言っていなかっただろ!」

 洋一がニヤニヤしながら突っ込む。

「この調子で、後二人分作ってよ」

「おう」

「了解」

 すぐにポンポンと立て続けに木刀が産み出され、洋一たちは全員木刀を装備した。

「とまぁ、ここまで一気に説明したけど、大体の流れは分かったかな?」

「おう、ようするにだ。この世界は、漢字を駆使して色んな物を創造する事が出来る。そして、その漢字には一つで意味を持つ『単語』と、複数の漢字を組み合わせて意味を持つ『熟語』があるって事だな」

「その通り。そして、その熟語を集めていくのが二つ目の目的となるんだ」

「熟語を集める?」

「画面の右上に、本の形をしたアイコンがあるでしょ?」

「えっと、はいはい」

「それをクリックしてみて」

「あいよ」

 言われるがままクリックすると、画面四分の一くらいの大きさで、見開きで開いた本が現れた。

「何だこりゃ」

「それが言霊辞典さ」

「言霊辞典?」

 洋一はマジマジと言霊辞典を見つめる。

 開かれたページの上には、『木』と書かれたタブがあり、その見開かれたページの左上には『木刀』と書かれていた。洋一はピンと閃いた。

「ははぁん。分かったぞ。この辞典には、発見した熟語が記録されていくんだな?」

「おお、良く分かったね。健一郎も、だいぶこのゲームのシステムが見えてきたみたいだね」

「お前には敵わんけど、俺もそれなりにゲーマーLV高いからな」

「俺の言霊図鑑には、『山鳥』と『木刀』があったぞ」

「タリーは、熟語を二つ作ったからね」

「ちっ。タリーが一歩リードか」

「(^0^)」

「で、この世界に存在する全ての熟語をこの辞典に記載するのが、このゲームの最大の目的なんだ」

「全ての熟語をって……。一体どんだけあるんだ?」

「さぁ? 少なくとも今の最新版の国語辞典に載っているくらいはあるんじゃない?」

 国語辞典……。

 本棚にある分厚い国語辞典を見つめ、洋一は頭がクラクラした。

「途方も無い数だな……。で、それらを集めるとしてもだ。良く良く考えてみれば、俺の『草』『壁』『健』『一』『郎』の文字と、守護漢字の『木』を全部合わせても六文字しかないぜ? こんなんじゃ、絶対にコンプリートなんて出来ないだろ」

「その点は大丈夫。実はね、名前は変更出来ないけど、守護漢字は増やす事が出来るんだ」

「えっ。そうなん?」

 洋一は驚く。

「ある一定の数の熟語を作って辞典を埋めていくと、『言霊辞典LV』が上がるんだ。で、その言霊辞典LVが上がるたびに、新たな守護漢字を得る事が出来るんだよ。タブの横にさ、次の言霊辞典のLVまでいくつ熟語が必要か書いてあるでしょ?」

「えっと。後二つと書いてある」

「俺は、一つだな」

「健一郎はあと熟語を二つ。タリーは、あと一つで言霊辞典LVがあがるって事だよ」

「なるほどね。で、新たな漢字を使ってまた熟語を作って、そいでもって辞典を埋めていくって訳だな」

「そう言う事」

 飛鳥から一通りの説明を聞いた時点で、洋一は感心していた。

 ほんと、聞けば聞くほど良く出来たシステムだ。面白ゲームの三大原則である、発見、収集、成長を全て網羅してやがる。宏がハマる訳だぜ。

「さて、僕のレクチャーはここまで。後は実際に遊びながら覚えて行けばいいさ。僕もまだまだ分からない事も多いからね」

「よーし、じゃあ早速冒険に出かけようぜ!」

「そうだね。じゃあ、まずはあそこに……宏! ゲームばっかりして、宿題は終わったのかい!」

 その時、突然パソコンから、宏の母ちゃんの声が聞こえてきた。

「うわっ! 母ちゃん! 勉強は……全く、帰ってくるなりファミコンばかりして! 弟の良和を見習いなさいよ! あの子はちゃーんと……母ちゃん、勘弁! 勉強は後でするから、パソコンの電源を切るのだけは……ブツッ」

 それっきり、宏からの応答は無くなった。どうやら、母ちゃんに強制終了させられたらしい。画面の飛鳥も消えてしまっている。

「どうする?」

 本多がチャットで聞いてくる。どうするも何も、宏が居なくちゃゲームを進める事なんて出来ない。俺に自分で調べると言う面倒な選択肢は無かった。

「今日はここまでにしておこうか」

「了解」

 タリーは一礼をすると、ログアウトして行った。画面には、健一郎だけが残された。

 洋一はフゥと溜息をつく。

 せっかく盛り上がって来た所だったのになぁ。しゃーない、俺もやめるかぁ。

 そう思い、ログアウトのアイコンを押そうとした時、画面の健一郎の元へ一人の女の子キャラが近寄ってきた。

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