LV 1
「ただいま」
家に帰った洋一は、居間のテーブルに乗っているせんべいを咥え、二階の自分の部屋へと急いだ。
「おに~ちゃん」
階段を駆け上がろうとした所で、妹の雪菜が声をかけてきた。
洋一の一個下、中学一年生の雪菜は、ツインテールのおさげが似合う可愛らしい少女である。雪菜は、招き猫のように手を丸めながら、猫撫で声を出し洋一に話しかけてきた。
「ねぇねぇ、おにぃちゃ~ん。雪菜、ちょっと教えて欲しい事があるんだけどなぁ」
こう言う態度の雪菜の話は、決まってろくでも無い話が多い。洋一は訝しげな表情を浮かべると、サッサと追い払うように手を振った。
「悪い。ちょっと今忙しくてさ。また後でな!」
「あ、お兄ちゃん!」
話を切り上げ、洋一はさっさと階段を登っていく。
ちらりと振り向くと、雪菜はぷぅと頬を膨らませていた。
ちょっと可哀想な気もするが、今はゲームの事が第一優先事項。すまん、妹よ。許せ。
自分の部屋に戻るなり、洋一は鞄をベッドに放り投げる。
立ち上げっぱなしになっているパソコンの前に陣取り、早速グーグルで検索。
「コトダマ・ワールド……っと」
検索すると、すぐにメインページが表示された。
『ついに始動! コトダマ・ワールド! α版のテストプレイヤー大募集!』
トップページには、でかでかとそう書いてあった。
可愛い女の子のイラストが載っているバナーをクリックし、ログインする為のIDとパスワードを取得する。
と、その時、ディスプレイにチャットメッセージが現れた。宏からだった。
『もう、家に帰った?』
『今、パソコンの前。IDとパスワードも取得したよ』
『洋一の家ってマイクあったっけ?』
『ある』
『じゃあ、ボイスチャットしよう。やり方教えるから』
パソコンから電話の音が鳴り響く。電話アイコンをクリックすると、パソコンから宏の声が聞こえてきた。
「じゃあ、早速教えるからさ。ログインしちゃってよ。本多はもう既にログインしているから」
「もう教えたのか?」
「あいつの家の方が学校から近いからね」
「なるほど、慌てて帰ったのはその為か」
宏は世話焼きの人間だった。仲間内では説明書いらずの宏と呼ばれており、大抵のゲームのやり方を聞くとすぐに答えてくれる、まことに便利な奴だった。
「ログインした?」
「今から」
画面には、『コトダマ・ワールド』とタイトルが表示されている。
IDとパスワードを入力しログインする。
「これって2D? それともポリゴン?」
「2Dっぽい、ポリゴンだよ。見た目はアニメっぽいけど、ぐりぐり動く」
「最近のゲームの進歩は目覚しいねぇ」
そんなたわいも無い話をしながら、画面を進めていくと、ポリゴンで出来た可愛い女の子が登場した。
『ようこそ! コトダマ・ワールドへ! おめでとうございます! あなたは、このゲームに参加した五百番目のプレイヤーです!』
くりくりとした大きな目で、女の子はニコリと微笑む。どうやら、このゲームのナビキャラクターのようだ。
「俺、ちょうど五百番目だって」
「え? もうそんなに参加しているの? 僕が始めた時は、まだ百にも満たなかったのに」
「口コミで広がっているのかもな。まぁ、五百番目だからって何か特典がある訳でも無さそうだけど」
「そうなんだ。ネットでは、百番単位で何かもらえるみたいな噂があったけど、ガセネタだったんだね」
「ま、別にどっちでもいいけどな」
そのままマウスをクリックし、画面を進めていく。
『このゲームは、その名の通り言葉が支配する世界です。まず、あなたの名前と、あなたを守護する漢字を決めて下さい』
「名前と……守護する漢字? 漢字って何だ?」
「漢字は漢字だよ。とりあえず、何か思いついた漢字を一文字決めてよ。でも、その漢字が後々重要になるから良く考えてね」
「とりあえずとか、重要とか、一体どっちなんだよ」
「まぁまぁ、あまりネタバレしてもつまらないでしょ? やっぱりゲームは、事前情報が何も無い方が面白いんだからさ」
自分の存在意義を否定するような話をしながら宏が言う。
とりあえず、洋一は自分のキャラの名前を決める事にした。
「あれ? このゲーム、カナが無いぜ?」
「このゲーム、名前も漢字で決めるんだよ」
「どんだけ漢字が好きなゲームなんだよ。お前、俺が漢字嫌いなの知っているだろ? 嫌がらせかよ」
「まぁまぁ。確かに漢字を良く使うゲームだけど、そんなに難しく無いからさ。とりあえず、騙されたと思ってやってみてよ」
「ったく、クソゲーだったら速攻でやめてやるからな」
いつもRPGでつけているお決まりの名前をつけられず、洋一は頭を悩ませる。
何か名前のヒントとなる物が無いか辺りを見回すと、部屋の片隅に埃をかぶったゲームソフトのパッケージが置いてあるのが見えた。前にオークションで落としたスーファミのソフトだ。
「んー、じゃあ『草壁 健一郎』で」
「お、ラプラスの魔だね。霊能力を持つ登場人物の名前だ。懐かしいね。あのゲームは面白かったなぁ」
名前を言っただけで、ゲームのタイトルを一発で言い当てられた洋一は驚いた。
「お、お前、良く名前だけで分かったな……」
「そう? こんなの常識だよ。それにしても、草壁健一郎か。中々使えそうな名前だね」
「何の事だ?」
「ふふふ。ゲームを始めればすぐに分かるよ」
意味深な言葉を残すだけ残し、宏はそれ以上教えてくれない。だが、なんとなくその雰囲気から、名前も何かに使うと言う事だけは分かった。ったく、良くネタバレをしないとか言えたもんだ。バレバレじゃねぇか。
『草壁健一郎様ですね。良い名前ですね』
ナビキャラクターがニコリと微笑む。
『続いて、あなたの守護漢字を決めてください』
守護漢字ねぇ。何にしよ。
悩む洋一に、宏が声をかけてくる。
「そうだなぁ、アドバイスするなら、あまり難しい漢字では無く、良く使われる漢字が良いと思うよ」
「良く使われる漢字ねぇ。じゃあ、今日は木曜日だから『木』にしようかな?」
「適当だねぇ。でも、『木』は中々需要があると思うからいいんじゃないかな?」
何を言っているか良く分からないが、とりあえず守護漢字は『木』にする事にした。
『続いて、あなたの年齢と性別、住んでいる住所を教えてください』
洋一は眉をひそめる。
「年齢と性別は分かるけどさ、なんで住所まで入力しなくちゃなんねーんだよ。このゲーム、個人情報とかは大丈夫なのかよ」
「このゲームは、日本地図がそのまま世界の形になっていてさ、入力した住所に自分の作成したキャラクターが登場するんだよ。まぁ、何丁目とか細かい所までは入れなくていいけど、都道府県と市名くらいは入力してよ。じゃないと、世界の何処かにランダムで飛ばされて、たかっちょを探すのが困難になっちゃうからさ」
「しゃーねぇな。年齢は十四歳。性別は男。住所は、北海道旭川市……っと」
『ありがとうございます。それでは、コトダマ・ワールドの世界をお楽しみ下さい』
「ん? キャラメイキングとかは無いのか?」
「このゲームは、名前と年齢と性別、そして守護漢字からキャラクターが自動生成されるシステムになっているんだ」
「ふーん。まぁ、それはそれで楽で良いかもな」
ペコリとお辞儀をし、ナビキャラクターが微笑みながら手を振ると、画面が突然フラッシュアウトした。そして、コトダマ・ワールドが始まった。