第一章 コトダマ・ワールド
洋一が戻ると、教室には誰も居なかった。下校したか、部活動にでも行ってしまったのだろう。洋一は、自分の席に座るとぼんやりと窓からグラウンドを眺めた。
グラウンドでは、一生懸命ボールを蹴っているサッカー部の連中が見える。
おーおー、青春しちゃって。ご苦労な事です。
洋一は、体を動かす事はそんなに好きでは無い。だが、運動音痴と言う訳では無い。むしろ運動神経は人並み外れて良く、サッカー部の連中からスカウトされた事もある。加えて彼は頭も良く、大した勉強をしなくてもテストはいつも良い点が取れる、いわゆる天才気質と言う奴だった。
そんな彼だが、国語の成績だけは平均より低い。特に漢字問題は、ここ最近解いた記憶が無い。別に分からなくて書かないのでは無い。洋一は問題の答えを分かっていながら白紙で提出しているのだ。それは、半年前のあの事件に対する、洋一の子供染みたささやかな復讐であった。
――あなたは、やれば出来る子なの。その事は先生がよーく知っている。
職員室で美幸に言われた言葉が頭の中で繰り返される。
ふん、俺の事を知っているだと? 何も知らないくせに適当な事を言いやがって。教師なんて、みんな同じさ。信用なんかするもんか。
だが、洋一の心はスッキリしなかった。心の中で、美幸先生を信じてみたいと言う気持ちがあるのを分かっているからだ。だが、あの事件以来教師に不信感を抱いてしまった洋一は、どうしても素直に彼女の言葉を信じる事が出来なかった。
「チッ!」
バンッと机を乱暴に叩きながら、洋一は立ち上がる。
くそっ! なんだかムシャクシャする。こんな日はさっさと帰ろう。
机の中の物を鞄に放り込み、その場を後にしようとした時、教室に一人の生徒が駆け込んできた。その生徒は、洋一を見つけるなりドタバタと慌しく駆け寄ってきた。
「聞いてくれよ、たかっちょ! 僕ってば、今世紀最大の面白いゲームを見つけてしまいましたよ!」
たかっちょとは、彼、高橋洋一のあだ名である。そして、駆け込んできたこの生徒は、三馬鹿トリオと呼ばれる洋一の親友の一人、菊地宏であった。
無類のゲーム好きである宏は、朝から晩までゲームの事ばかり考えている奴だった。その知識は洋一も舌を巻く程。なんでも、将来はゲームデザイナーになるそうだ。その宏が勧めてくるくらいだから、相当面白いゲームに違いない。
「すげー面白いゲームって、一体どんなゲームだよ?」
今時の中学生でゲームが嫌いな奴は居ない。面白いゲームと言われれば、当然興味が沸く。洋一は背負った鞄を机の上に置き、宏の話に耳を傾ける事にした。
「ネットゲームなんだけどさ、『コトダマ・ワールド』って知ってる?」
コトダマ・ワールド? 何だそれ? 聞いた事無いタイトルだ。
首をかしげる洋一に、鼻息を荒くした宏がまくしたてる。
「まぁ、最近出来たばかりで、今遊べるのもα版だから知らなくて当然なんだけどさ、昨日ネットで噂になってたんで試しにやってみたんだけど、これが面白いのなんのって! マジでヤバイよ!」
マジでヤバイのか。それはマジでヤバイな。
黒ブチ眼鏡を光らせ、宏はオーバージェスチャーに説明をしている。その興奮ぶりに、洋一も興味を引かれた。
「今日さ、家に帰ったら一緒にやろうぜ。本多にも声かけてあるからさ。三人で冒険しに行こう!」
そう言うやいなや、宏はすぐに教室から出て行った。早く帰ってやりたいらしい。凄いハマりようだ。
『コトダマ・ワールド』かぁ。なんか古臭いタイトルだな。本当に面白いのかよ?
と思いつつも、洋一は期待に胸を膨らませていた。帰り道を歩く速度も、いつもより少しだけ早い。最近夢中になる事が無く、退屈な日々を過ごしていた洋一は、コトダマ・ワールドに大きな期待を膨らませていた。