5.また明日
夕陽の病気が判明してから、夕陽は学校に来なくなった。当然だ。もう夕陽は病室から出て元気に歩く事もできないのだろう。だって今の夕陽は余命があと少しなのだから。最近の私の日課は学校が終わったらすぐに夕陽の入院している病院にお見舞いに行くことだ。
すこしでも長く夕陽の顔が見たい私はHRが終わった瞬間に教室を出て駅に走っていく。病院は学校から30分程度の距離にある。走ってる時も電車に乗っている時もずっと夕陽の事を考えていた。夕陽と会えなくなるのが今日かもしれない、そんな恐怖が私の胸の中を駆け巡っている。夕陽、大丈夫かな…どうか今日も笑顔でいて欲しい。
「今日も来たよ、夕陽。体調はどう?」
「ありがとね、来てくれて!体調は…まあまあかな」
少し無理をしていそうな夕陽の様子を感じ取れるようになったのは、私の成長だろうか。
「今日学校で先生に進路決めろって言われてさ、全然決まんなかったんだよね」
しまった、そう思った。余命わずかの人の前で将来の事について話すなんてやってはいけないことだろう。こんな人間だから私は今までずっと独りだったのだろう。
「ご、ごめん…嫌だよねこんな話題…本当にごめん」
「ううん大丈夫、遠慮しないで」
なんて優しいんだろうか。本心では嫌がってるに違いないだろう。だって私だったらそんなのは絶対に嫌だから。
「進路ね、私はねお医者さんになりたかったんだ。」
「そうなの?意外だね。」
夕陽はお世辞にも勉強ができるとは言えない。今となって考えれば勉強をしても意味が無いと考えていたのではないだろうか。だって大人にはなれないという事が分かっていたのだから。
「誰かを病気から救ってあげれるようになりたいんだよね。私がこんなのだからさ…」
そんな事を言う夕陽の表情はとても暗く落ち込んでいた。
「やっぱりやめようこんな話題。持ちかけた私が言うのもなんだけどさ」
「そうだね、ありがとう。」
やはり夕陽もこんな話はしたくなかったのだろう。私は自分の発言を後悔し、それからの言葉を慎重に選ぶようにした。
「夕陽は何かしたい事とかある?私に出来ることなら何でもするよ。」
「うーん…じゃあ美咲と一緒に登校したい。」
一緒に登校するという普通のカップルなら容易なことが私たちには酷く困難で、私はその事がたまらなく嫌だった。神様、一緒に登校するくらいの幸せくらい私たちに与えてくれてもいいじゃないか。そう思っても神様は何もしてくれない。だって神様がいるならこんなにもいい人の寿命が短いだなんてありえないのだから。
「ごめんね…無理言って。忘れて忘れて!」
忘れられるわけが無い。だってそれが夕陽の心からの願いなのはすぐに分かったからだ。
「あっそうだ、じゃあ看護師さんに言って明日の朝制服に着替えさせてもらいなよ。それで私とビデオ通話しながら登校するのはどう?」
これならおそらく今の夕陽でも実現できるだろう。
「いいね、それやろやろ!」
夕陽は今日見た中で1番の笑顔だった。私たちにとっては一緒に登校できるのも最後になるかもしれないんだ。それがどんなに嬉しいかは想像に容易い。
「じゃあ明日の朝電話するね。」
「待ってるから、絶対に電話してね。」
病院のベットは家のベットよりも固く、寝心地も悪いしやることも無く退屈だ。家族や美咲との楽しかった思い出を振り返るくらいしかやることがない。でもそれについて考えると自分が死んじゃうのが悲しくなる。これからももっと皆と一緒にいたい。楽しい時間を過ごしたい。どうして私だけ死ななければいけないのだろうか。私は美咲と一緒にいたい。ずっとずっとずっとずっと。私のわがままに応えてくれてありがとう。でもごめんね。私には明日があるかが分かんないの。だから、それが怖い。もう会えなくなっちゃうのが堪らなく怖い。まだ言いたい事が沢山あるのに。
そうだ!手紙を書こう。自分の言いたいことを必ず伝えられるように…
あぁ嫌だなぁ。明日が来ない可能性に怯える日々が。
今日は夕陽と久々に一緒に登校することが出来る。一緒にと言ってもリモートだがそれでもとても嬉しいことに違いは無い。
「夕陽、聞こえる?」
「うん、聞こえるよ!今日はありがとね!」
私達の学校は駅からはバスでいくのが多くの生徒に取っての普通だが、今日は歩いていく事にした。
「あ、見て見て川めっちゃ綺麗だよ」
「ほんとだね、すごく綺麗。」
川が朝日に照らされてキラキラとしている。あまり外の景色を見ることがなかったからこういうのは新鮮だ。
「なんか今までの日常のこういうのを見逃してたと思うと後悔しちゃうな」
「わかるぅ〜。そういうのって後になってから気づくよね。」
夕陽との関係もそうだ。もっと早く気づけていたらより長く幸せでいられたのに。はぁ、嫌だなぁ。
「あ、見て見て。猫いるよ。」
「猫かわいい!私猫好きなんだよね。」
私は猫があまり好きではないけど、ここでそれを言って雰囲気を壊すような人間ではなくなったのだ。夕陽のおかげで。
「そうなんだ、いいよね猫」
私たちはその後も何気ない会話を続けているといつの間にか学校に着いていた。
「じゃあ、ここで切るよ。バイバイ」
「うん!バイバイ!今日はありがとう。」
はぁ、夕陽との電話が終わってしまった。ずっと夕陽と話していたい、ずっと夕陽と一緒にいたい。でも、それが叶うかもしれない。だって明日から冬休みなんだから。今日は終業式、お偉いさんのつまらない話を聞いていたらあっという間に1日が終わった。これで明日からはずっと夕陽と一緒にいられる。
冬休みに入り、私は夕陽の病院にずっといる事にした。時々お父様やお姉さんが来て夕陽と話す時は席を外したりしたけど、それでも1日のほとんどは一緒にいたと言える。私と夕陽は残りの僅かな時間を噛み締めるかのように1分1秒を大切にした。
「あのね、美咲。私31日と1日は外出していいって言われたの!」
その言葉を聞いたら、本当は嬉しくなるべきなのだろう。でも私は喜べなかった。だって今の夕陽が万全な状態で外を出歩けるとは思えなかった。余命があと僅かなのだから本来ならベットで寝てるのが正しいのだ。つまりこれは最期に楽しみなさいと医者に言われたということなのだろう。もう夕陽とはいられないのか。
「そう…なんだ……それは良かったね」
私は頑張って作り笑いをしてその言葉に答える。嬉しいことは嬉しい。夕陽とデートできるのだから。でも、お互いに察してしまったのだ。それが最後のデートになることに。私達の時間はもう本当に少ししかないのだということに。
「どこか行きたい所とかあるの?」
「私初日の出みたい!」
初日の出か…どこか綺麗な朝日が見られる場所はあるだろうか。これが最後なら、絶対に美しいものを見なければならない。最後なのに朝日が見られないなどと
いうことがあればきっと後悔してしまう。
「私のお父さんが車で送ってくれるみたいだからあんまり遠くなければ何処でも行けるよ。」
「じゃあ高尾山とかどう?」
高尾山で初日の出を見るのはポピュラーな事らしい。さらに神社まであるから、2人です神様に文句を言いに行こう。そう思ったからこそ高尾山にした。
「いいね!じゃあそうしよう。」
「私は家族に車椅子を押してもらわないといけないから2人きりは無理だけど、それでも楽しみ!」
2人きりじゃないのか…逆になぜ私は2人きりで行けると思っていたのだろうか。残される2人の気持ちを全く考えていなかった。あの2人は16年以上も夕陽と一緒に居たのだ。むしろ私よりも一緒にいたいだろう。
だけど、私が楽しみなことに変わりは無い。2人には申し訳ないけどここは自分を貫かせてもらう。だって私たちは後悔したくないから。
「そうだね、私も楽しみだよ。」
楽しみだけど楽しみでない。むしろその日が永遠に来なければ良いとすら思っていた。だってその日が来てしまったら、嫌でも最期を悟ってしまう。でも、そのことを夕陽に悟られないように楽しみという感情だけ表に出しておく。
12月31日の夜はあっという間に来てしまった。あぁ、とても悲しい。これからの事は楽しみだけど、これで最後なんだ…それが嫌だ。そんなことを思いながら、私はお父様の車に乗せてもらう。さぁ、向かおう。私達の最後のデートスポットへ…