6.
「無理無理無理無理」
「無理じゃない」
「無理だって」
何度このやり取りをしたかもう数えたくもない。
アピロは術具を使って攻撃してくるミゼンの技を幾度となく回避していた。
魔術戦闘学では術式を使って相手を倒すことを学ぶ。スポロス先生の専門でもあるこの講義で、アピロは幾度となく不合格を叩きだしてきた。
その最たる理由は、攻撃も防御もできないから、である。
「それにしても、君は何を学んできたんだ。防御というのは相手の攻撃を防ぐという至極簡単な理論。防御術式は多岐にわたるけど、物理的攻撃を防げさえすれば攻撃に転じることも容易。それが、なぜできない?」
「だーかーらー、その防御術式が展開できないのっ」
訓練場で最初に聞いた訓練メニューは防御一択だった。さまざまな術具を使って攻撃を仕掛けて来るミゼンの技を全て防ぐ。それだけのシンプルなメニュー。
言うは易し、というのはこのことか。アピロは肩で息をしながら、折り畳み椅子から立ち上がろうともしないミゼンを見る。術具だけではなく、折り畳み椅子を持ってくるとは。
手元には遠距離射撃用の銃。指向性重視と説明を受けていたとおり、銃口が向けられた先にしか銃弾は飛んでこない。初心者でも対処しやすい術具。戦闘時のポイントは銃口の向きを読み、的確なタイミングで防御術式『プロトス』を発動すること。これまた、教科書通りのポイントだ。
しかし、うまくいかない。その理由はアピロが防御術式の初歩の初歩である『プロトス』を展開すらできないことであった。
「展開方法はわかっているんだろ?」
「……防御したい方向に手のひらをかざして、展開と唱えること……」
大げさに天を仰ぎ見て、ミゼンは呆れた声で言う。
「そんな簡単なことができないとは。……まさか、初歩の術式を使うことでさえも枷をつけているのか」
眉を寄せて何やらぶつぶつ独り言を始めた。アピロは大きく息を吸って吐く。久しぶりに新鮮な空気が肺に入った気がする。術具の説明を簡単に受けてから攻撃を避けるだけ、避け続けた。しかし、一回として『プロトス』を展開できたことは無いまま、三十分は過ぎてしまっていた。
「いくら丸腰と言えども、術式なしでよく避け続けることができるね、君は」
ミゼンの問いに、アピロは首をかしげる。
「方向だけわかれば、後は引き金がひかれる寸前に動けば良いだけだし」
「運動能力お化けか」
「失礼ね。うら若き女子学生に向かって、その言葉は」
アピロは膝に手をついて、呼吸を整える。相手は椅子から立ち上がりもせずに、攻撃しているだけだから、当然のごとく疲れている様子はない。その姿が憎くてたまらない。
「あたしも術具使いたい……」
「おいおい疲れて思考が鈍っているのか? 試験要綱に武器の使用は禁ずることが書かれているのをまさか忘れたのか?」
「……そうでしたね……」
「とはいえ、今のままじゃ即死もありうる。よし、とりあえず『プロトス』の展開をしてみろ」
こいつ、何を偉そうに。いや、今は文句を言える立場じゃない。
アピロは目を閉じて、深く呼吸をしてから、右手を前にかざす。
イメージは、鉄の壁。
魔術はイメージできるか、が成功の分かれ目とも言われている。そのため、学院に入学して最初の二年は基礎的な座学だけではなく、具現化できるようになるためにひたすらイメージできるような訓練を積む。絵にかいたり、粘土で作ってみたり方法は多岐にわたる。
その時に教師から指摘を受けたことは無い。ごく普通の評価だった。
「展開」
パキッと薄いガラスの一枚板が目の前にできた。イメージしていた鉄の壁からは遠くかけ離れた姿であるが、とりあえず展開できたことが少し嬉しい。
「で、できた?」
「ふむ。随分な力技だったな。ガキが無理やり作ったみたいだ」
「悪かったね。このくらいしかできなくて」
「いいや。これも努力の成果でしょ。それにしてもなかなかに興味深い」
サングラスを取り、ミゼンはじっとアピロが作った『プロトス』を見た。解析をしているのかわからないが、ミゼンの眼は『プロトス』から他に移ることはない。
「まだ?」
「まだ」
少しずつ手が震えてきた。左手で右手を支えながら、『プロトス』の形を支え続ける。
『プロトス』というのは、あらゆる物理的攻撃を防ぐための初歩的な術式である。しかし、魔力をそれなりに消費してしまう。省エネに防御したいならば、この『プロトス』をマスターして、別の術式を身に着けると言うのがスタンダードなやり方だ。『プロトス』が身につけられていないアピロは当然他を身につけられる余裕はない。
プルプルと腕が本格的に震えてきた。魔力の出力もそろそろキツイ。教科書で見た内容だし、初歩的な術式であっても、これほどキツイとは。初めてまともに展開ができたから、力加減が分からない。
「げ、ん……かいっ」
作っていた『プロトス』がひび割れて、砕けちった。
肩で息を吐きながら、アピロはうつ向く。こんなのも完璧にできなければ、目標には届かない。記憶の中のオミフリは構える必要もなかった。視線一つで展開していた。それを思い出すだけで、才能だけの世界で才能以上を出来るようになることは、恐らくない。
「なるほどなるほど」
腕を組み、目を閉じてミゼンは何度か頷く。