5.
「術式を組んだ奴ならば解除することは容易だ。それ以外となると、解析に時間がかかるし、できたとしてもすぐに解除できるかは別の話だけどね」
「できるの?」
やや噛みつくような言い方になったが、アピロはミゼンに訊く。ミゼンはそっとサングラスを直して、くすっと笑う。
「あくまでも、解析ができれば、だ」
「できない可能性があるんだね」
期待したアピロがバカだったのかもしれない。いつ誰からかけられた術式をすぐに解析できるはずもない。期待したことが間違いだったのかもしれない。肩を落としてからアピロはミゼンに背を向ける。
「おいおい、僕がいつできないって言った?」
「え?」
不満たっぷりな声に振り返ると自信満々に言ったミゼンが不敵な笑みを浮かべて、そこに立っている。
「僕のこの眼があれば解析なんてすぐに終わるし、解析が終われば、解除術式もすぐにわかる。解除できれば君は晴れて試験をパスすることができる。どうだい?」
うさん臭さしかないが、ミゼンが言っていることは正しいかもしれない。
いつだってこの力が使えればどんなに良いだろうと思わない日は無かった。物心ついたころにはきちんと魔術は使えたはずなのに、いつの間にかコントロールするのは苦手になった。原因はわからない。そんなこともある、と家族に言われても納得できなかった。
それでも、学院に入学することができたのだから、多分才能はあると思った。
でも、そこからの日々は地獄と同じ。
血筋のせいか、コントロールが悪すぎるせいか、クラスメイトにはもちろん、ルームメイト以外の他の学生からもがっかりされたし、呆れ、侮蔑、軽蔑。どの視線も痛かった。
今でこそ慣れたが、悩みとしてなくなることは無い。そんな悩みからようやく解放されるならば、アピロは今悪魔にも喜んで手を差し出すだろう。
「すぐに解析して」
とにかく何がなんでも明日のテストに間に合わせないと。
アピロは頭を下げてお願いした。なりふりかまってられない。目指すは祖父オミフリのような大魔術師。合格できる可能性があるのなら、今は藁にでもすがりたい。
「そんじゃ、早速この後から解析し始めるか。場所は、学生寮の奥の訓練場前で」
満足気に笑みを浮かべる未然に、アピロは目を丸くした。
「え?」
「え、じゃないだろ。テストは明日だろ。解析にどのくらいかかるかわからないから、さっさと取り掛かるぞ」
「わ、わかった」
基本的に絵本に出て来る魔術師のように杖は必要ない。より高度で繊細な術式を使うことがある場合は杖が必要だがアピロ達三年生には不要。この後すぐ訓練と言われても行けば良いだけ。気合いを入れたアピロがちらりとミゼンを見ると、さきほどまでの軽薄さはどこかにいったのか、ミゼンは急にまじめな顔をしていた。
「だけど、一気には解除しない」
その言葉に軽さはなく、少しだけ真剣味だけが含まれている。急に変化したミゼンを見て、アピロは首をかしげた。
「どうして?」
「術式が組まれているんだ。いきなり全て解除すれば君の体に何らかの支障が出てもおかしくない。それが原因で試験を受けられなくて、恨まれたくはないし」
肩をすくめてミゼンはそう言った。確かに体調を崩すことになったら、恨みたくなるかもしれない。最も這いつくばってでも行くけど。早速移動しようとしたところ、トントンと肩を叩かれたので振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべているミゼンがいた。
「報酬もよろしく」
「報酬?」
学生の身分でお金を要求されても正直困る。というか、仕送りしてもらっている身です。バイトも許可されていない学年に要求されても、出世払いがせいぜい。墜落寸前のアピロが出世できるかは別だが。
眉間に皺を寄せて、ミゼンを見るとくくっと喉の奥で笑っていた。
「大丈夫、大丈夫。金じゃないから」
「じゃあ、なに?」
「そんな怖い顔すんなよ。大したことじゃないから、とりあえず成功報酬でよろしく」
意地悪そうな顔でそう言い、アピロの肩を軽く叩いてから、ミゼンは軽い足取りで学生寮の裏に向かって歩いて行った。
とりあえず、金銭要求ではないし、術式が一つでも上手く使えるようになれれば、試験も合格できるハズ。試験に合格できれば、退学にもならない。
なんとかなりそうだ。いや、なんとかしなくちゃ。
ぱぁんっと勢いよく頬を叩き、アピロは真っ赤にした頬をそのままに訓練場に向かって駆け出した。