3.
「この指定する相手、というのは」
「それは当日こちらが指定します。テストは明日です」
「えっ」
練習する暇もほとんどない。こんな短時間でクリアできるとは到底思えない。唖然とスポロス先生を見ると、こちらを見向きもしないまま扉を指していた。アピロは背を向けたスポロス先生に一礼してから部屋を出る。他の執務室にも退学候補者が課題を聞きに来ているのか、先生と学生の声が聞こえてきた。
アピロはもう一度羊皮紙を見て、ため息を吐いた。
「どうすんの、この課題……」
相手によっては難航を極めるに違いない。というか、クリアできるのだろうか。テストは明日。これをクリアしなければ退学を免れることはできない。退学宣告を受けたら、家族にどういう顔を見せたら良いのやら。テスト内容と今後のことに頭を悩ませながら、学術棟を出る。掲示板の前に群がっていたすっかり学生たちはいなくなっていた。ほとんどが自分の用事に向かったようだ。アピロが肩を落として歩いていると、どこからか大きないびきが聞こえてきた。
顔をしかめて、いびき声がする方を見ると、学術棟を出てすぐのベンチで寝ている人がいる。何をのんきな。こちらは退学するかどうかの瀬戸際だというのに。
石でも投げつけたくなる気持ちをどうにか抑えながらベンチ前を過ぎようとした時、後ろから声をかけられた。振り向くと、先ほどまでベンチで寝ていた人が体を起こしてアピロを見ていた。
この国では見かけることが少ない黒髪、目を引くような真っ黒なサングラス。口角が上がっているのに、笑っているように見えない。サングラスのせいだろうか。
「君、面白いね」
口元は笑ったまま、じっとこちらを見ている。何故だか、サングラスをかち割りたい衝動に駆られる。目を細めて相手を見たが、向こうはアピロのいら立ちを意に介した様子はない。
「手伝おうか?」
なんという奇特な人。というか、うさん臭さしかない。ついでに軽薄そうにも見える。目の前の男は学生ローブを着ていない。シャツとスラックスだけでは学生と特定することはできない。それにこんなに若い先生はいなかったはずだ。だけど、学院は結界術で覆われているし、簡単に部外者が入れることもできない。
ニヤニヤと意地が悪そうな笑みを浮かべるこの男はどう見ても怪しさ満点。アピロの本能がコイツを信用してはならないと警告してくる。
「結構です」
「ずいぶん冷たい言い方をするね。僕は君の力になれると思うけど?」
「……なんのことでしょうか?」
上から下までじっと見られている。あまり良い気分じゃない。いっそ殴って逃げるか。少しばかり距離をとろうと、足を引いたときサングラス越しに目が合ったような気がした。拳を固めつつ、後ろに少しだけ下がる。
「ところで、君は自分で魔力の制限でもしているのかい?」
男の言葉にアピロは目を見開く。そんなことをしたことは無い。何を言っているんだこの人は。
「あれ、違った? おかしいな。それだけ凪いでいるならそうかと思ったんだけど」
「何を」
口の中が急速に乾いていく。思ってもいなかった言葉を投げられているからか、さっきから鼓動が煩い。
「うーん、間違いないはずだけど」
サングラスを少しだけずらした奴の目は、澄んだ空のような色だった。
目の前の男は何度かはっきり瞬きをすると、軽く頷く。
「やっぱり、間違いない。枷が強すぎるんだな」
澄みきった空のように青い瞳、魔力の状態が識別できるほどの能力。もしかして、彼は。
「……ミゼン?」