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第96話




「王都まであと少しだ。皆頑張ろう」




ウィリアム様の言葉に皆、肩の力がホッと抜けたようになった。






今日一晩を乗り越えれば、明日の夕方までには王都に着く筈だ。




私達は適当な場所を探し馬を繋ぐと、野営の仕度に取り掛かった。……しかし。








「あと少しでしょう?夜通し走れば明日の朝には王都に到着するはずよ!」




アナベル様がまた癇癪を起こしていた。








それを諌めるのはウィリアム様の役目となっているが、ウィリアム様ももうアナベル様に優しい言葉をかけたりはしない。








「夜通し?馬を夜走らせるのは危険だ。それすら君は知らないのか?」




ウィリアム様は冷たくそうアナベル様に言った。








「だから何だと言うの?貴方達はそういう訓練も受けてこなかったとでも?自分達の能力が低いことを私に八つ当たりしないで!」




アナベル様もヒステリックに叫ぶ。




彼女もこの長旅のせいか、それとも魔王に出会ったせいか、精神的に限界を迎えているようだった。








「馬が危険だと言っている。ここで馬に何かあれば、ますます王都まで時間がかかるんだぞ?」




「その時はあそこの魔女が治せばいいじゃない!とにかく私は一刻も早く王宮へ戻りたいの!もう何日も身体すら拭けてないし、着替えもしていないのよ!髪の毛だって絡まって……もう最悪よ!」




アナベル様はとうとう泣き出してしまった。




だがそんな彼女の涙を拭く者は居ない。耐えきれず私がハンカチを渡したが、アナベル様はそれを強く拒否した。








「近寄らないで!」








── バシンッ!








私の手からはたき落とされたハンカチはヒラヒラと地面に落ちた。








「クラリスに謝れ!」




これにロナルド様の怒りが爆発する。私は今にもアナベル様に掴みかかりそうなロナルド様に慌てて言った。








「わ、私は大丈夫ですから!これ以上は……!」




「こいつには強く言わないと分からないんだ!お前、さっき『王宮に戻りたい』って言ってたな。お前に王宮での居場所なんかねぇよ!」




ロナルド様の言葉にアナベル様は一瞬にして泣き止んだ。








「私は聖女なのよ?貴方こそ何を言ってるの!」




アナベル様はキッとロナルド様を睨んだ。








「はぁ?お前は魔王の前で何も出来なかっただろ?何の力も使うことなく、ただ逃げて隠れていただけじゃねーか!そんなお前が聖女で居れるわけないだろ」




ロナルド様は呆れたようにそう言って腕を組んだ。








「ウィリアム殿下!貴方からもちゃんと言ってください!殿下は王宮に戻れば王太子となり、私と結婚するんですよね?」








アナベル様はウィリアム様の腕を掴んで、彼の顔を下から覗き込んだ。しかし、ウィリアム様はアナベル様の視線から逃れるようにスッと目をそらす。








「ウィリアム殿下!ちゃんとはっきり答えてください!」




アナベル様は握ったウィリアム様の腕を揺する。しかしウィリアム様は目を逸らしたまま何も答えない。








ここには私や、ロナルド様以外の人間が居る。まだウィリアム様がこの旅を終えた後に王太子を辞する覚悟であることを知らない者が。




不用意な発言を避けてのことだろうが、そこにアナベル様のヒステリックな叫び声がより一層激しくなった。








「ちゃんと目を見て言ってください!私がこの国の王妃になると!」




アナベル様が哀れに思えてきたのか、スッと皆、視線を地面に落とした。








ここに居る皆が分かっていることだ。アナベル様は聖女として王都に帰ることは出来ないだろうと。








結局アナベル様の悲痛な叫びに誰も答えることはなかった。私達はその場を離れ、黙々と野営の準備を進める。アナベル様はそこに呆然と立ち尽くしたままだったが、やがてテントが組み上がると、さっさとテントに引っ込んで行った。








「うるさかったな」




焚き火を調整しながら、ロナルド様がこっそりと私に言った。








「……アナベル様は今後どうなるのでしょうか?」




「当然、聖女としての資格は剥奪されるだろう。なんてったって封印出来なかったんだしな。その後は……宰相の娘だ、何とかなるだろ。ただの公爵令嬢に戻るだけ……ってところかな」




そう言ってロナルド様は肩をすくめた。








「そうですか……」




彼女もまた聖女に……王妃に囚われた女性だ。




きっと聖なる力の発現によって、宰相であるローナン公爵に耳が痛くなるほどに聖女になれと言われていたのだろう。








「おい、何でお前が落ち込むんだよ」




「いえ……落ち込むというか……何だか難しいなって思って」




「難しいって?」




ロナルド様が首を傾げた。








「貴族というのは、色々と制約が多いじゃないですか。でもたとえ窮屈でもそれしか自分には道がないというか……その道から外れたらおしまい……みたいな」




「うーん……確かにそうかもしれないが、きっと皆それに気づいてもいない。窮屈だって思うこともないぐらい、幼い頃からその考えが染み付いてるんだ」




「洗脳みたいですね……」


私は寒くもないのに、腕を擦った。何だかそのことに恐怖を覚えたからだ。








「その代わり金もあるし、美味しいものも食べられる。夜寝る所に困ることも、冬の寒さに凍えることもない」




「それは確かに」




私だって孤児院に居た時は餓えが辛かった。お金持ちを羨む気持ちだって持っていた。






しかし今はウィリアム様やアナベル様のように、凝り固まった考えに雁字搦めになっている方が不幸なのではと思えてくる。








「やはり難しいです」


私がポツリと言うと、ロナルド様は私の頭をポンポンと撫でた。








「難しく考える必要はない。自分にとってそれが幸せならそれでいいんだよ。アナベルは聖女になることを、兄さんは聖女に選ばれる男になることを望んでた。それで自分が幸せだと思えるなら、それでいいんだ。それがたとえ家のため、両親のための願いであっても、自分がそれで幸せを感じられるなら、それでいい」




「そうでしょうか?」




私はいまいち納得出来なかった。








「あぁ。幸せなんて他人に決められることじゃない。自分が幸せだと思えば、それが幸せだ。その尺度は自分が持っていればいい」








『じゃあロナルド様の幸せは?』そう尋ねようとして止めた。きっと彼の幸せは国王となり国民が豊かで幸せになることだ。その中に私はいない。





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