第92話 Sideレオナ
〈レオナ視点〉
図書館に到着した私は、そこで一日を過ごすことにした。
聖女についての書物や資料は多くあれど、魔女についての記載があるものは少ない。
それでも私は何か手掛かりが掴めないかと、何度かこの図書館に通っていた。
私が本棚の前で何か有益な情報の載った本がないかキョロキョロと探していると、丸眼鏡をかけた男性に話しかけられた。
「何かお探しですか?」
「え?あぁ……」
突然のことで私が言葉に詰まると、彼はにこやかに言った。
「何度か貴女をここでお見かけしたのですが、いつも難しそうな顔で本を選んでいたので、気になって。僕で役に立つのなら、相談に乗りますよ」
「あの……貴方は?」
「ああ、申し遅れました。ここで司書をしています。ルイスと申します」
彼はそう名乗りながら人懐っこい笑顔を見せた。
「はじめまして。私はレオナと申します」
家名を言わなかったのは、別に意識してのことではなかった。彼も名前しか名乗らなかったわけだし、別に問題はないだろう。
彼は私の手にある一冊の本のタイトルに目を落とす。
「聖女に興味がお有りですか?」
私が持っていたのは、聖女とこの国の成り立ちについての本だった。
「いえ……興味があるのは魔女。魔女について何か書かれた本はご存知ないでしょうか?」
「魔女?それは珍しい……。魔女、魔女……」
彼は目を閉じて考え込んでいた。すると、ふと何かを閃いたように手をポンと打った。
「ちょ、ちょっと待っててください」
彼はそう言うと、早足で何処かへと去っていった。しばらくして戻って来た彼の手には、一冊の児童書が握られていた。
彼は私にその本を手渡した。
「児童書……?」
「ええ。子ども向けの本なんですが……実は作者不明で。何故か昔からこの図書館に置いてあったんです」
その本の表紙は色褪せて、所々文字も薄くなっていた。その本のタイトルは──
「『優しい魔女と意地悪な妃』……ですか?」
「ええ、不思議でしょう?妃といえばこの国の者なら聖女を思い浮かべるでしょうが、その聖女が意地悪で魔女が優しいなんて……」
ルイスと名乗った男性はそう言っても顎をさすった。しかし私にはこれが偶然だとは思えない。優しい魔女……まるでクラリス様のことだ。
「でも……随分と古そうな本ですね」
「ええ。これがいつからこの図書館に置いてあったのかも、誰も知らないのです。作者も不明だし……なので、この本は貸し出し対象になっておらず、本棚ではなく、他の場所に保管してあったものです」
「え?そんな貴重なもの……」
私なんかが手にして良い本ではなさそうな気がして、その本をルイス様へと差し出した。
「あ!いえいえ。貸し出しは出来ませんが、ここで読んでいただく分には問題ありません。それに貴重……というより、古いものなので、ぞんざいに扱われると、直ぐにバラバラになってしまいそうなんです。それで貸し出せないんですよ。ただ、人の目に触れる所には置いてないので、今のところ読む人もいませんが」
私はその古い児童書の表紙をもう一度眺めた。確かに著者の名前はない。
「わざわざ探してくださいましてありがとうございます。ではここで読ませていただきますね」
私はルイスに礼を言って、窓から離れた席に座った。古い本だ、いたずらに日に当てない方がいいのではと考えた結果だった。
私はその古い児童書の表紙を慎重に開くと、静かにそれを読み進めた。
「これってまるで……クラリス様のお話みたい……」
パタンとその本を閉じた私は小さな声で呟いた……つもりだった。
「どうでしたか?」
突然声がして、私は思わず肩をピクリと跳ねさせた。
「びっくりした!」
「あぁ!すみません!驚かすつもりはなかったんですけど」
ルイスは丸眼鏡を直しながら、慌てた様子で私に謝罪した。
「も、申し訳ありません、私の方こそ大きな声を出してしまって」
私も静かな図書館に響き渡るような声を出してしまったことを詫びる。
「いや、僕が突然話しかけたのが悪いんです」
「いえ、私の方こそ── 」
「いや!僕のほうが!」
お互い譲らず、言い合いになってしまう。
私達は目を合わせると、思わず吹き出してしまった。
「プッ」
「クスクスクス」
すると周りで静かに本を読んでいる人達の視線を感じ、私はハッとして口を押さえた。
「ごめんなさい……また声を……」
ヒソヒソと私が小声で謝ると、ルイスもまた小さな声で、
「いや……僕の方こそ司書のくせにすみません」
と謝った。
私達はこれ以上周りの迷惑にならないようにと、この図書館に併設されているカフェへと席を移動することにした。




