オタクの解体〜憑物落とし〜
「ならばそれは、呪でございましょう」
黒衣の男は、そう言った。全身黒かった。意地でも無地しか着ない、そんなこだわりすら感じるくらい黒かった。
「呪い?」
「ええ、厳密には呪いではなく、憑き物というべきでしょうが」
「変なことをおっしゃる。憑き物ってあれでしょ?犬とか狐とかそういう。第一、私は別段体に不調なんてものもないですし、呪われてなんていません」
「本当にそうでしょうか?憑き物──いわば、あなたにまとわりつく影。それは時に形を変えて、呪いにもまじないにもなりうる」
「さっきから、いったい何を?いい加減にしないと、警察を喚びますよ」
「『んんっ』」
「!」
「これがあなたに憑いている者の正体だ!あなたは今何を──今に限らず、小説を読む中で、こういう吐息の描写があるときに、何を想像する!えっちな吐息ですか?違うでしょう、あなたが想像したのは──2mの美丈夫男性キャラのはずだ!」
「……あなたには、全ておわかりのようですね」
「私はあの日から──あのシナリオを読んだ日から──文脈に限らず脳裏にちらついてしまうのです。あの、でっかいお坊さんが(レベル上限まで育成済み)」
落ちた。
何が落ちたのか、私にはまったくもって言語化はできない。
けれど確かに、たった今、彼女から落ちたのだろう。男のことばを借りるのなら、それは憑物であり──呪いだったのだろう。
黒衣の男は、くるりと振り返って、私を見つめる。まるで、次は私の番だと、示すかのように。
そして、それは間違えていなかったようだった。
「しかしながら、憑物ではなく、純粋な呪いとしか評せないものも存在するのです。そう、例えば──過去の思い出、とか」
「思い出?」
「ええ、思い出です。過去は変わらない。変えられない。しかし、認知は変わる。純然たる事実であっても、今現在の捉えによって、過去は変わる。そして、その変わってしまった過去を、現在から捉えることこそが、思い出に他ならないのです」
詭弁だ。
私はそう思う。
けれど、黒衣の男は眼鏡越しに私の目から、その奥をとっくに承知しているように、視線をそらさなかった。
「ならば、その思い出が今に影響を、それも周りに害を与える形で与えているのならば、それは呪いと評するしかないでしょう」
「害?」
「ええ、害です。あなたは、今、界隈から干されそうになっている。違いますか」
「界隈なんてもの、存在しないが?確かに、私は二次SSに長文感想を」
奏たんは、決して男と付き合うことなんてありえないし、身嗜みを気にしたりあまつさえおしゃれなんてしたりしない、という事実を指摘したまでだ。
「そう、事実です。事実なのです、あなたにとって、それは事実なのです。しかしながら、一つ重大な違いがある。いいですか。奏──あなたの推しキャラは、男と付き合わないことが明言されたわけでもなく、おしゃれをしないなんてことは決して明言されていないのです!あなたのそれは、あなた自身の捉えに過ぎず、それはあくまで解釈の一つに過ぎないのです!」
「なっ」
そんなはずはない。そもそも奏たんは男嫌いで…………待て、そうだったか?
男嫌いではなく、あくまで宇宙のことを嫌っているだけで男全般が嫌いということは、作中表現では──同級生の男と遊びに行ったという描写が──ならば、私の推しは、私の解釈は、いなこれは解釈ではなく願望でしかなかったというのか。
「呪なのです──」
奏たんに私は何を──私の願いを投影していたというのか。
「それは呪なのです」
男の声はやけに優しく私に響く。
「呪なのです」
りんと、鈴がなった。