第一章:触手が欲しい、とにかく欲しい、今すぐ欲しい
第一章
触手が欲しい、とにかく欲しい、今すぐ欲しい
「と、言うわけで触手を捕まえにいこう!!」
「はいはい、もう、寝ましょうね、夜ですよ」
私はサラによしよしされてそのまま就寝することになった。
だが、言っておきたい。
これは私の意志が弱いとかじゃない。
サラは寝かしつけのスペシャリストなのだ。
というわけで私はその夜、スヤスヤした。
朝告げ鳥が鳴いている。
「今日こそ、触手を捕まえにいこう!!」
「はいはい、朝ですね。寝起き一発お元気なことで」
目が覚めた瞬間にそう叫んだ私をサラが再びよしよしした。
「おはよう、サラ」
「はい、おはようございます、リナお嬢様」
挨拶をすませて、私は両手の力で姿勢を変えて、上半身を起こす。
サラが寄ってきて支えてくれた。
そして、身体の向きを変え、ベットの縁に座らせてくれる。
「今日の調子はどうですか?」
「ん、関節も痛まないし、いい感じ」
「先に朝食にしますか? マッサージ?」
「朝食にしようか、持ってきてくれているみたいだし」
扉の小窓にはもうトレイがおいてあった。
小窓。
そう、この部屋の扉には小さな小窓がある。
小さな荷物であれば扉を開閉せずに渡せるような小窓だ。
この塔は元々、何代か前に王族に逆らった我が一族の人間を監禁しておくために作られたものだ。
なので、作りはちょっと豪華な監獄なのである。
逃げられないように徹底された造りだ。
そして、その男が死亡した後も、我が一族で異端者だったり、魔力を持たない人間が出れば使われるようになったというわけだ。
そして、私はおそらく公には「病気」と言われているのだと思う。
塔に隔離されるほどの「病気」である。
他の貴族や使用人たちはアーバスノットのご令嬢はさぞかし重い病気だと思い、恐れているのだろう。
もしかすれば、感染する病だと思っているのかもしれない。
サラとお兄さま以外がココに顔を出すことがないので分からない。
分からないが、不自然なほどに顔を見せないのだ。
そうも勘ぐりたくなる。
ベットに座る私の前にテーブルを移動させたサラは、そのまま扉まで向かい、トレイを持ってきてくれた。
トレイに乗せられているのはパンと肉の脂である。
「おー、朝から肉の脂か」
「・・・・・・」
ムッとサラが口をとがらせる。
「使用人の食事ですよ、これ」
「そうなの?」
私がサラを見ると至極不服そうである。
「そうです! いくらアルバート様が言っても暫くしたり、アルバート様が不在の時はこうなるんだから・・・・・・」
舌打ちをせんばかりにその愛らしい顔が歪められている。
栗色の髪が逆立っている幻覚まで見えるようだ。
「へー・・・・・・」
私はその言葉を咀嚼する。
「この前、食事の苦情を言ったのはいつ?」
「つい、四日前です!」
「四日前か・・・・・・」
「本当になめられてますよ、コレ」
カリカリしながら、サラがテーブルについた。
「私から言っても、使用人が生意気だと罰を与えられるだけなので、アルバート様が戻られるまで・・・・・・」
そうして、バスケットに入れられたパンをとり、肉の脂を付けようとした__所で止まる。
「つまり・・・・・・今がアルバートお兄さまがいない、大チャンス、と__」
ニッと笑うとサラが心底嫌そうに此方をみた。
「本当に何する気ですか・・・・・・」
「触手!!」
「・・・・・・触手ってなんですか? 昨日からずっと言ってますけど」
「だから、触手がいるんだって」
「触手ぅ? あんなの手に入れてどうするんですか?」
「だぁかぁら、触手は可能性の塊なんだって!!」
「はぁ? 可能性? あの下級魔法生物が?」
サラが眉をひそめる。
そして、止めていた手を再び動かし、パンにたっぷりと肉の脂を塗った。
朝からよく食べるなぁとは思うが、サラによると朝から力を付けておかなければバテてしまうらしい。
まぁ、私付きのメイドはサラだけだ。
つまりは全てサラに任せている。
小さな事から力仕事まで全てだ。
なので、たっぷりと食べ物が必要なのだろう。
実際、食事が使用人用となったり、量が減ることに一番難色を示すのはサラである。
まぁ、お兄さまも私が蔑ろにされることにかなり頭にきているみたいだけど。
だが、一番はサラである。
まぁ、サラと私は一緒に暮らしている。
なので、私の生活レベルが下がると一緒にサラの生活レベルも下がる。
まぁ、そう言うことなのだろう。
サラが塗り終わった肉の脂の瓶とバターナイフを此方にまわしてきた。
私もバスケットの中のパンを一枚取り、肉の脂をナイフで掬う。
一塗り、二塗り。
パンの穴、いや気泡だったか。
洒落た本の中ではアルヴェオルとか言われていた気がする。
外の言葉だろうか。
まぁ、その気泡をすり抜け、手に肉の脂が落ちる。
「おっと」
滴り落ちる前に手を舐める。
よし、パジャマにもシーツにも落ちていない。
セーフだ。
これで汚してしまえば洗濯しなければいけないのはサラである。
しかも、井戸まで水を汲みに行かなければいけないので、塔の上り下りが必要だ。
できる限り手間はかけさせたくない。
「ちょっと、リナお嬢様、お行儀が悪いですよ」
サラが眉間に皺を寄せる。
「いいじゃん、私たちしかいないんだし」
それを適当に聞き流す。
そう、どうせ二人っきりなのである。
気心知れた人間と二人。
そうなればもう無法地帯だ。
バターナイフを瓶に突き刺し、テーブルの真ん中に置く。
そして、再び垂れそうになる肉の脂を零さないように口にツッコんだ。
「いや、アルバート様が見ているかもしれないじゃないですか」
見ている?
いないって言ったばかりなのに?
いない人間がどうやって私を見ていると言うんだろう。
サラの言葉に首を傾げる。
そんな私の様子にサラがはっとしたように瞳を開く。
「あ、いや、今のは気にしないでください」
「うん?」
慌てたようなサラの様子に余計に疑問が募る。
え、どういうことだろう。
お兄さまがそこらへんに潜んでいるという事?
思わず、周りを見渡す。
いや、ないな。
あのプライドが高いお兄さまがコソコソ隠れているわけがない。
「ふぅん?」
鼻から息を吹き出す。
つまり、どういうことなのだろうか。
さっぱりである。
視線を戻す。
「・・・・・・」
サラと目が合わない。
サラと全く目が合わない。
え、正面に座っているのにこんなに目線が合わない事ある?
目が合わないがサラの食欲は健在らしく、その手と口は止まらない。
再び、伸ばされた手がバスケットの中のパンを攫う。
もう三分の一が彼女のお腹の中だ。
「・・・・・・」
肉の脂が入った瓶ももう底が見え始めた。
この食事は使用人の物らしいが、使用人用は使用人用でもそこそこの人数を想定されたものだと思う。
少なくとも二人で食べる量ではない。
はずなのに、それをぺろりと平らげるのだからたいしたものだ。
しかも、朝からこの量。
私なんて一枚でいい。
だって肉の脂って結構お腹にたまるし。
それをバケットいっぱいに肉の瓶一瓶。
どんな胃袋をしているのだろう。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
サラの視線が一度上げられ、また下がる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
私は目を逸らさない。
サラの視線が再び上げられ、また下がる。
「・・・・・・サラ」
「・・・・・・はい」
どうやら、サラは自分が失言したと思っている。
後ろめたそうに目を逸らすのだから、絶対にそうだ。
いつもなら、仮にサラに非があっても私のせいにするのだから、これは本当に珍しいことだ。
そう、本当に珍しい。
有り得ない事と言ってもいい。
つまり、今押すべきなのだ。
押して押して押せば勝てる。
「あのさ、触手買ってきてくれる?」
「・・・・・・」
サラの顔が本当に嫌そうに歪んだ。
だが、ここだ。
ここで押せばいける。
滅多にないチャンスだ。
「ね、触手欲しいな!」
私は満面の笑みを浮かべる。
サラの眉間の皺が深く深く刻まれ、顔がくしゃくしゃになる。
「・・・・・・・・・・・・はぁ」
何かよく分からないけど、勝った!
これで、そう、コレで私は触手を研究して大発明をしてやる!!
「はい、触手の捌きです」
「うん、食用!!!!!」




