第九章:お兄さまの帰還はいつだってダイナミックでマジカル
第九章
お兄さまの帰還はいつだってダイナミックでマジカル
ポチを素揚げにしようと企むサラの手から守り抜き、私は部屋を見渡していた。
「ベチョベチョではなくなったね」
「えぇ、ベチョベチョではなくなりました」
「ベチョベチョではなくなったな」
「ンキュワ!」
そう、この塔からポチの粘液はなくなった。
綺麗さっぱり跡形もなく。
ねちょつきの一つもない。
そう、綺麗さっぱりである、粘液に関しては。
但し、塔内は嵐が起こったかのように荒れているものとする、ということである。
特に私の部屋。
そう、私の部屋である。
まぁ、此処こそが吸引する触手の居た場所なのだから当たり前だ。
他の部屋も酷いらしいが、此処が一番酷いらしい。
そして、お兄さまが訪ねてくるのは当然この部屋である。
当然だ。
普段、妹が生活している場所であり、その生活振りを確かめるためにこの塔を覗きに来る。
そして、今回にいたっては、わざわざその為に予定を切り上げて帰ってくるのである。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・で、お兄さまはいつ帰ってくるって?」
「・・・・・・明日です」
この時、サラとジャンのデスマーチが確定した。
部屋は粗方片付いた。
片付いたのだが、部屋までの通路や階段も滅茶苦茶らしい。
なので、せめて私の部屋への経路だけでも何とかしている最中だ。
というわけで、日が沈んでも、サラとジャンは一生懸命に掃除を頑張ってくれている。
私は何もできないが、せめてお疲れさまを言おうと起きている。
「キュプワアア」
ポチが鳴いて何かを訴えている。
「ん? どうしたの?」
私はポチの篭を覗き込んだ。
「ンワ! ンワ! プルルルルル」
「何々? 上下運動? かわいいね」
「ンワ!! ンワ°ー!!」
その身体を縮めて伸ばして、また縮め、何だか窓の外を全身を使って指さしているように見える。
「もしかして、窓の外を指してる?」
「ンミ!!」
ポチが上下運動を辞めて全身を使って丸を描く。
「ン!!」
何だか、満足げである。
「もしかして、窓の外に鳥でも居たのかな?」
そんなポチを指でつつく。
「教えてくれてありがとう、ポチ」
そう言った瞬間に窓が突き破られた。
「暗殺者ですか!!????」
まずはモップを持ったサラが部屋に飛び込んで、
「サラがまた料理したのか!?」
次に長い棒を持ったジャンが飛び込んできた。
ジャンが私の部屋の窓が割られているのに気が付き、そして私の傍らに立つ男を睨んだ。
「貴様、何者だ!!」
そして長い棒を男に突きつけ、
「下ろしなさい、馬鹿!!」
サラに棒を払われた。
「ふふ、いやいや、この状況で見覚えのない男が主人の横に立っていたら、そう反応するべきだとも」
男が鷹揚に頷いた。
「・・・・・・お兄さま、来られるのは明日のはずでは?」
そう、この男こそ、私の兄、アルバート・アーバスノットである。
黒檀のような黒髪に紫の瞳を持つ男。
そして、私と配色や顔の作りは同じでありながら、私とは全く違う雰囲気を持つ男である。
窓から入ってきたので、当たり前だが外套を着用したままだ。
サラが大股で近寄り、お兄さまが外套を脱ぐのを手伝って、そのまま預かる。
数歩下がって、頭を下げるサラにお兄さまがまた鷹揚に手を挙げた。
それを見て、ジャンも慌てて頭を下げる。
「一秒でも早く、おまえの無事を確認したくてね」
そういうとお兄さまに抱きしめられ、右、左とチークキスをされた。
「居ても立ってもいられなかったんだよ」
「あー・・・・・・うん、心配をかけてごめんなさい、お兄さま」
思わず、視線をお兄さまから落とす。
確かに妹がまた暗殺されかけたというのは、お兄さまに心理的な負荷をかなりかけたことだろう。
「でも、本当に大丈夫なんです。ジャンもスゴくいい人だし、掃除や力仕事も手伝ってくれて・・・・・・あ、あと料理もしてくれたんです」
「料理?」
「はい、料理」
「そう、料理をね。爆発する料理かな?」
お兄さまの瞳と口が弓なりに歪む。
笑顔のような形ではあるが、全くそうは見えない。
笑顔とは威嚇であるという誰かの言葉を思い出した。
「はは、いやぁ・・・・・・まさか・・・・・・料理が爆発なんて・・・・・・」
私は更に視線を逸らした。
逸らしすぎて、ほぼほぼ真下に抱え込んでいたポチに視線が落ちる。
「そうか・・・・・・ちなみに、触手の方はまさか爆発して粘液をそこら中にブチマケてはいないよね?」
・・・・・・あ、これは全てバレてる感じだな。