プリンカブトムシ使い、マヨ田くん
「いけー!カブトムシ!」
子どもたちがカブトムシを森で競わせていた。いつかどこかの風景。
そんななか、あるカブトムシ使いは、頭を抱えていた。
「うわ、まって、ああー」
マヨ田ネズ士郎のカブトムシは、虫かごの中でプリンになってしまっていた。
甘い香りに釣られた他の虫たちにたかられ、ダメになったマヨ田のカブトムシ。
マヨ田はひとり、ちかくの小川で虫かごを洗った。甘い香りがおちていく。
「あーあ」
すると、小川の向こうにも、小さなカブトムシがついていた。
マヨ田は小川をこえ、カブトムシをつかまえた。
「やった!メスだけどいっか!」
マヨ田はカブトムシをかごに入れようとした。
すると、カブトムシは柔らかくなった。ほのかにカラメルとバニラの香りになり、黄色くなってくる。
「そんなまさか!待って!」
マヨ田はカブトムシに叫んだ。カブトムシはブン、と羽を開いた。
がんばれ、ネズ士郎。
カブトムシを見つめていたマヨ田には、そんな声が聞こえた気がした。
そこで、マヨ田はカブトムシを持って叫んだ。
「うおおあああ!」
「なんだそれ」
「プリンカブトムシ!さあ勝負だ!」
「いや、ちっさいメスだし、もうなんか虫たかってるし」
「うう……勝負だ……」
「えー」
マヨ田の友人はしぶしぶ小さめのカブトムシで応じた。
すると、その寸前に、マヨ田のカブトムシはプリンになってしまった。溶けるようにやわらかく広がる、ぷるぷるの黄色。
「あーあ」
「うわ、なんだこれ。」
「惜しかったな、また捕まえてこよっと」
駆け出すマヨ田を、友人は複雑そうに見送った。
「カブトムシ!カブトムシ!クワガタでもいいし!」
マヨ田は林を駆け抜けた。すると、カブトムシが木についていた。
「いた!またメスだけど、まあでかいしいっか」
マヨ田はカブトムシをつかもうとした。しかし、一瞬手がこわばった。
「またプリンになったらどうしよう……」
マヨ田は考え、手をおろした。
「やめるか」
すると、カブトムシはマヨ田にとびついた。
マヨ田は驚いた表情でそれを見ていたが、カブトムシをつかんで走り出した。
「勝負だ!」
「あ、ああ……」
気圧されかけた友人の前に、マヨ田はカブトムシを出した。
カブトムシはすでに少し黄色くなっていたが、マヨ田は気合いを入れて叫んだ。
「がんばれ!うおおお!」
「しょうがないなー」
友人はカブトムシを出した。大きなオス。
マヨ田のとカブトムシ同士はぶつかり合った。
「がんばれ!がんばれ!」
そのとき、マヨ田のカブトムシは金色に輝いた。
つやつやの金色に輝くマヨ田のカブトムシは、カブトムシとしてもはや別種だった。
金色のツノが3本、一回り大きくなったそれは、まだ日本では当時知られていない種類だった。
「すげえ!」
「がんばれ!がんばれ!」
友人のカブトムシは果敢に挑んだ。マヨ田のカブトムシは、輝きながらそれをツノの一振りで薙ぎ払った。
「やったー!」
マヨ田は飛び上がった。
「ありがとな、マヨ田2号」
マヨ田は夜、自室にカブトムシを持ち込み、机の上で眺めていた。
カブトムシはいまだ金色に輝いていた。それは永遠のように。
しかし、次の瞬間、カブトムシはプリンになって溶けた。
「マヨ田2号!」
マヨ田は突っ伏して泣いた。しばらく森にも行かず、夏休みが明けるギリギリまで引きこもっていた。
そんなことも知らずに、家族はマヨ田にプリンを時々すすめた。
「いらない……」
すると、マヨ田の祖父は入ってきて、ある日言った。
「別れは来る。それまでにどんなふうに一緒だったか、それが大事だ」
事情を知らないなりに気を使った祖父の言葉に、マヨ田はうなずいた。
「ありがとう、マヨ田2号」
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