勇者、自転車をかっ飛ばす
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その日遂に千葉県立犢端高校の入学式を終えた雨宮圭介は自宅に戻るより先に1駅登りの検見川浜駅に向けて自転車をかっ飛ばしていた。
学校から自宅までは自転車で45分から1時間。隣の検見川浜駅に向かう際に道に迷って約2時間。それでもがむしゃらに自転車を走らせた。
『今ならまだ間に合う!今ならまだ間に合う!』
雨宮は検見川浜駅を目指していた。なにも駅前にある有名スーパーMIONを目指している訳では無い。中央郵便局たる郵便局も目指してなんかいない。雨宮圭介が目指しているのは郵便局の向かいにある美浜区役所だ。
雨宮は強く夢想した。
強大な敵に立ち向かい、己が命を賭して名もなき人々を救う。世界の半分を以て誘われても揺るがない。オレもそんな……勇者になる!
区役所で勇者と言われると西暦年間の人々には意味が分からないだろう。勇者というのは正式名称『宇宙外来生命体駆除資格』の事で、宇宙外来生物が地球に何かにくっついて増殖したり、ペットとして持ち込んだりした動物の事だ。これらは地球の生態系には組み込まれていない為、ひとたび地球で増え出すと歯止めがかからない。
世界はこの宇宙外来生物に各国毎に対応し始めた。
株式会社USAは軍から選抜されたバスターズチームを作り、EU各国は懸賞金をかけて駆除人を集めた。
そんな中日本は、実益になる資格として『宇宙外来生命体駆除資格』を勇者資格と呼び、倒す度にお金が入るようにしたのだ。
しかし日本の勇者資格は大して人気にならなかった。何故なら日本は世界で初めて惑星テラフォーミングに成功し、好景気に次ぐ好景気で仕事ばかりが溢れ、求人が間に合わない。副業を持つなら何も大して実の無い勇者さんをやるより普通にアルバイトをした方がお金になるためだ。
資格はどんどん簡単になり、低年齢でも取得出来るようになり、遂に高校生でも取得出来る資格に成り下がった。
雨宮圭介はその成り下がった資格を取る為に自転車を走らせているのだ。
雨宮に言わせれば勇者は怖れず。正義の志を持ち、民を守り、強大な敵にも立ち向かう。そのような西暦年間にあったゲームやライト小説みたいな感覚の物を連想している。
そんな勇者というヒーローになりたい!
千葉北インター付近の高校から検見川浜駅を直接ショートカットして道に迷って稲毛区と美浜区をゴタゴタしながら美浜区役所にやって来たのだ。
現在勇者資格は千葉市の場合、各区役所で取得出来るようになっている。
なんでも簡単な研修が随時行われているのだそうだ。
雨宮に言わせればそれはとても好都合だ。今日行けば資格をゲット出来るのだから。
やっとたどり着いた区役所に入って雨宮はしばらくうろうろする。住民票戸籍謄本の受け渡し窓口ではバッタみたいな顔をしたお姉さん職員がやたらてきぱき動いて次々とそれらを手渡している。後方の職員もかつてのようにじっとしてマンガを読んでいるような職員は居ない。省力化と、民間企業の給与が上がった為、慢性的に職員が不足しているらしい。
しばらくうろうろしていると案内係の職員が声をかけてくれた。
「何かお探しですか?」
案内係をしているのはたいてい退職した職員の嘱託だ。禿げ散らかした爺さん職員が雨宮に声をかけた。
「はい。こちらで勇者資格を取れると聞いて来ました」
「勇者ねぇ。あれか。宇宙外来生物駆除資格か。あれなら3階の一番奥の窓口ですな」
雨宮は礼を言って3階に向かった。エレベーターも有るが、階段を駆け上がった方が早い。3階の長いカウンターの奥で何故か職員が言い争っている。
「頼むよこの書類手伝ってくれよ」
「ダメですよ。こっちは宇宙外来生物課なんですから」
「いつもヒマそうじゃないか!」
「そんなこと無いですよ。広報作ったり外来生物の分布整理したり」
「ヒマじゃないか」
「あの」
「ダメだったらダメですよ。あら?どちら様かしら?」
「こちらで勇者資格が取得出来るときいたのですが。お忙しいですか?」
「忙しくなんか有りませんよ。窓口はこちらです」
ち。と、書類の束を置き去り男性職員が戻ろうとしていた。
「ちょっと!公園課の仕事持って帰ってくださいよ。今日はダメです!少なくとも今日はダメです!」
「ち!」
男性職員は更に強く舌打ちし、書類の束を持って戻って行った。
「あー。ごめんなさいね騒がしくて。で、取得研修にしましょうか」
「あ……はい」
「じゃあこちらに座って。研修を始めましょう」
肩口で髪を切り揃えた眼鏡の女性職員が研修を始めた。
女性職員は名刺まで出して自己紹介をした。川村さんというらしい『勇者総合課』の課長で『勇者振興係』『勇者派遣窓口係』『外来生物掌握係』の係長で『勇者不足対策委員会』の委員長だそうだ。
「肩書多い方ですね」
雨宮が誉めた。課長というと四十過ぎの人がやるものと思っていたが、見るからにその半分を過ぎた位の年齢にしか見えない。
「押し付けられたのよ」
「え?」
「いえ。なんでも有りません。さあ、研修にしましょう」
研修は30分で終わった。雨宮はこんなんで良いのかと疑問に思ったが、仮修了証を貰い、武器庫に向かった。地下の武器庫には様々な武器が並んでいる。
これの用途と用法は全て同じで、宇宙外来生物に振りかぶり、当たると吸引テレポーターというワープ装置が作動し、保健所の焼却炉にワープし、保健所がそれを焼却するのだそうだ。
槍や斧等の武器は相手が大物の時に使うが、振りかぶって取り回すまで時間がかかるため小物を狩るのには向かないそうだ。
当てれば良いというものでも無いらしく、ある程度のダメージ判定が無いと吸引してくれないらしい。
無反動式ライフル等の鉄砲武器は普段は貸出禁止で、ハンター資格の有る者か、臨時貸出時のみ開放なのだそうだ。
雨宮はそれとは関係無く最初から持つべき武器は決めていた。
「勇者の初めての武器は銅の剣ですよね」
「はい?」
何の意味か分からない感じで川村さんが聞いてきた。雨宮はなんでもないですと答えておいた。
「今日から勇者として活動する場合はこの仮修了証と渡した剣を使ってください。その剣でテレポートした外来生物がカウントされ、あなたの報酬になりますので」
「はい」
「ところで、もし良かったらお友達とかも誘ってください。勇者の人数が少ない上に稼働率も低いので困っているのです」
「まあ。誘ってみます」
「以上で研修は終わりです。今日は資格取得の為に赴いてくれて感謝しています」
雨宮はお礼を言って区役所を出た。まだ日は高い。空は十分に晴れている。そのまま絶好の狩り日和にするのも悪くは無いだろう。
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