幕間 勉強嫌いと小論文
第3話で勉強嫌いとか言っていた中学生が、第4話でよくもまぁ大学生になったなと思われてる人もいるかもしれない。私も自分でそう思う。
実際、ぎりぎりで受かった高校でも勉強は嫌いだった。平均点かそれよりちょっと上でなんとかお茶を濁して生きていた。卒業後は専門学校にいって技術の方を磨き、資格を取ろうと思っていたぐらいだ。
そんな時、父が「一回オープンキャンパス見にいかない?」と誘ってきた。あまりにも勉強が嫌いすぎて専門学校しか頭になかった娘に、選択肢を増やしたかったようだ。
「一回ぐらいなら行くけど、それ以外は行きたくねぇ」と生意気なことを言う娘に、父は候補の大学の中でもびっくりするぐらい偏差値の高い大学に私を連れて行った。実際に教授の講義が聴けるというのが決め手だったようだ。
――めちゃくちゃ面白かった。
教授の講義があまりにも面白すぎた。全然興味の無かった分野なのにも関わらず、さすがオープンキャンパスで生徒を集める力のある教授だ。圧倒的な話の上手さで、私はあっけなく陥落した。単純であった。
だが、私の当時の頭では到底かなわない大学だった。そこで父は、悪魔のささやきをする。
「面接と小論文で試験を受ける、AO入試っちゅうもんがあるんやが……」
当時、私は放送部に所属していた。人前に立ち、堂々と声を張って原稿を読むという場数を死ぬほど踏んでいた。加えて、趣味は小説書きである。
――父、この野郎。半笑いになった。一度好きだと思うとのめりこんでしまう私の特性を、逆手に取ったやり方だった。
どうしてもこの教授の講義を受けたいと思った私は、そこから小説ではなく小論文の書き方を学んだ。マニュアル本を買って読みふけり、ですます調で書いてはいけないなど基本的な事だけをしっかり身に着けた。
面接は練習しなかった。どうせ考えた通りになど答えられまいと思ったのだ。「放送部の土壇場力見せてやらぁ!」という気持ちでいた。
最初の試験は小論文だった。なんのご縁かは分からないが、私がオープンキャンパスで惚れ込んだ教授が講義をして、その内容についての小論文を書くという試験だった。
当日、試験会場の席について試験開始までの間に私はずっとマニュアル本を読んでいた。が、ふと周囲が気になってあたりを見回した。
「〇〇ちゃん、大丈夫だからね、頑張って!」
「〇〇、お父さんが応援してるからな!」
「先生とたくさん練習したんだ、絶対大丈夫だ!」
保護者や塾の先生? と思われる人達がそれぞれ生徒たちの横について励ましていた。時間までは入退室が自由だったらしい。生徒たちの手元にはものすごい小論文の束や教科書が山積みになっており、彼らは必死の形相で読みふけっていた。
対して、私の手元にあるのは小論文の書き方というマニュアル本である。
父はというと、おいしいごはん屋さんがあるという口コミを見て一人で昼飯に出かけていた。
――落ちたな。
マニュアル本を鞄にしまい、試験開始まで私は寝たふりをした。
場違い感がすさまじかった。こんな場にいる自分がめちゃくちゃ恥ずかしくなって、顔から火が吹き出そうだった。
そんな私が結局なんだかんだで受かったというのだから、日々の手習いというのはすごいものだとしみじみ感じた事件だった。