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Leliant Ⅲ ~遠き我が麗しの姫~  ※2013年魔法のiらんどにて初掲載。以後、フェリア・フェシムの名でのいちご掲載作品。

作者: 副島王姫

お目をとめていただき、ありがとうございます。


Ⅲとありますが、独立したお話です。

昔、同じ名前のヒロインで違う物語を書こうと思って書いたものの三番目です。リーリアント・ザ・サードではなく、スリーです。


過去、魔法のiらんどにて初掲載(消去済)、フェリア・フェシムの名でのいちご掲載(まだ残っています)


最近私の中で変化が起きまして(批判も多い某乙女ゲームで、絶望エンドの沼に落ちて、絶望が読者にもたらすものがやっとわかった)、まず出す過去作にはこれが一番かなと。


LeliantⅠとⅣは、これから出す新作に名前やら人物の設定やらを使ってしまっているので、公表は新作の後にさせていただきたいと思います。

Ⅱは、長編に変化したので、文章など練り直したい(らんどでいただいた感想をもとに校正しようと思います)ので、先送りに。


作家活動は十数年ぶりですが、お楽しみいただければと思います。

特にこちらは明るくて読みやすい(当社比)です。


なんの気まぐれで、闇歴史になっていたこっちに戻ってきたかは……後々、機会があれば。


 1、プリンセス・リーリアント



「ちょ……やめて下さい!」

 そんな声が聞こえたのは、俺が酒場兼食堂のカウンターで強めの酒を飲んでいる時だった。


 振り返ると、……やれやれ。

 大方何かの憂さ晴らしに酒を浴びて、女に絡みだしたんだろう。……ったく、昼間っから。


 面倒ごとは嫌いだが他に助ける奴がいないらしい。溜息をつきつつ、俺はそっちに向かった。


「おい、いい加減にしとけ。嫌がってるじゃねぇか」

 相手――二十前後の男三人――は、途端にこっちを振り返る。


「何だ、てめぇは?」

「そっちこそ何だ? 昼間っから人の迷惑も考えやがれ」

「んだとぉ!?」


 殴りかかってくる。……ふん、ど素人が。

 五秒でそいつらを叩き伏せた。


 カウンターに戻って酒の続きを愉しもうとした時、後ろから声がかかる。


「あの……ありがとうございました」

 振り返って初めて見て――俺は、溜息をつきそうになった。

 別に、溜息が出るほどの美人とかそういうのじゃない。……確かに可愛いけどな。


 ただ、これは絡んでくださいと言っているようなものだと思って。


 手入れの行き届いた長い銀髪。青い瞳。さっきも言ったがかなり可愛い。

 しかし何より特筆すべきは、その服装と雰囲気だろう。


 ……多分、貴族か大商人のお嬢様だ。服は本人は町娘風にしているつもりなんだろうが……それでもまだ『お嬢様です』と言わんばかり。育ちの良さは身体から滲み出ている。


「お強いんですね」

「大したことじゃないさ。

 あんた、こんな目に遭いたくなかったら、もうこんなとこ来るなよ」


「……あ……」

 彼女が何か言いかけるが、俺は無視してカウンターに戻る。


 ここは、帝都の一部と言えど貧民街と言われる場所。無論治安もそれなりに悪い。

 ここだって、馴染みの俺が言うのもなんだがかなりボロい。建物も備品もほぼ全部木造で、しかも古い。


「あの……」

 無視しているが彼女はしつこく声をかけてくる。


「私、リーリアと言います。あの、せめてお名前を……」

「名乗るほどのもんでもない」


 我ながら恥ずかしい台詞だと思うが、名乗ったらこっちの負けだ。願わくば、馴染みであるここのマスターがバラさないことを祈るのみだが。


 ――と。


「何だ? この騒ぎは!」


 兵士が酒場に乱入してきたのは、その時だった。



◇◆◇◆◇



「だから、リルベルド・ディーマス! 何度言わせるんだよ!?」


 取調室だった。石で造られた壁が四方を囲み、窓の無い狭い部屋。

 入り口に兵士。隅に記録係。そして、机を挟んで向かい側に若い男。


 悔しいが、美形だ。短めの金髪に装飾よりも機能を追及したデザインの眼鏡。緑の瞳で冷ややかにこちらを見ている。


「……で! 何で俺が取り調べられなきゃならねーんだよ?

 さっきも言ったけどな、俺は絡まれてたあのを助けただけだって!」


 そもそも、何で取り調べの場所が帝宮なんだ? これじゃ、まるで重犯罪者じゃねぇか。普通、兵士の詰め所か何かだろ?


「……一方的に、叩き伏せた。

 そう聞いたぞ」


 冷ややかに言ってくる、眼鏡の男。

 ……う、それは……


「……腕に覚えでもあるのか?」

「しがない傭兵だよ」

 なげやりに答える。


 俺は三十前と若く経験は浅い方だが、それでも腕は立つ。……自慢だけどな。

 傭兵仲間じゃ結構有名なんだぜ?


 ……そういえばこの眼鏡。なんかご立派な服装してやがるな。胸についてるのは勲章か? ……まあ、それ以上に態度がでかいが。


「なんだったら、あの娘に訊いてくれよ!

 えっと確か……リーリアってコだ!」


 ひくり。眼鏡が顔を引きつらせた。

「貴様……今、何と言った?」

 言いながら立って、抜剣する。


 ちょ、ちょっと待て! 俺はここに入る前に武器を取り上げられて――要するに、丸腰だぞ!


「……リーリア? しかも呼び捨て?

 身の程というものを教えてやろう」

 机を回り込んで近づいてくる。俺は、せめて避けようと身構える。……狭いけどな。


 と、その時。


「スウォード!」

 扉が開いて可愛い子がひとり、入ってきた。……助かった。


 腰まである銀髪に青い瞳。年のころは十八前後。今は立派なドレスを着ている。


 ……さっき酒場で助けた、リーリアだ。


「何をしているのです?」

「申し訳ありません。リーリアント様」


 言うなり、スウォードと呼ばれた男は剣を収めて跪く。……このコ、そんなに偉いのか?

 ……ん? スウォード? ……まさか……


「スウォード・ドルメット!?」

 俺は大声を上げていた。


 知ってるどころじゃない。有名人だ。

 大貴族ドルメット家の跡取り息子。それだけならまだしも、武術に優れ、智謀に長け、若干二十四歳で将軍にまで登りつめた実力派だ。


「……何だ? その言い方は」

「……あ……いえ、失礼しました。ドルメット将軍」

 悔しいが、一応言っておく。……こうでもしないと本当に首が飛ぶ。


 ……待てよ? 何でドルメットの奴が、このコに傅いてるんだ?


「……あの……リーリア……あんたは……」

「貴様! この無礼者が!!」

「お止めなさい! スウォード!」


 また剣を抜いたドルメットを彼女が制する。

 そして俺の前に来ると、

「ごめんなさい。ちゃんと自己紹介していませんでした。

 私は、リーリアント。

 リーリアント・ジュレア・メルフィースです。よろしくお願いしますね」

 笑顔で言う。


 俺の思考は、一瞬止まった。

 メルフィース。それは、この国の名前。


 ……ってことはまさか!


「あの……もしかして……皇女様?」

 恐る恐る、訊いてみる。


 いやでも、リーリアントなんて皇族、聞いたことねーぞ。皇族の名前は全部公開されてる。

 ……覚えてない奴や知る余裕がない奴もいるけどな。貧民街の連中みたいに。


「確かにお父様の娘ですけど……母親が違うので」

 お父様。それは多分、皇帝のことだろう。母親が違うってことは……


「えと……隠し子?」

「そういうことです」

 屈託のない笑顔で答える彼女。と、

「跪け。この無礼者が」


 ……あの……後ろから首筋に剣を突きつけるのは止めて欲しいんですが。


「止しなさい。スウォード」

 彼女の一言で、また剣を納めるドルメット。……権威に弱い奴。将軍なら当然か。


「それより、スウォード。お父様とお話しして参りました」

 毅然と言い放つ彼女。只事じゃない口調だ。

「あなたとの婚約、解消です」


「……は?」

 ぶっ! 俺は吹き出しそうになった。

 だって、今まで威張りくさってたドルメットの奴が、あんな間抜け面を!


 でも次の瞬間、俺はもっと驚いた。


「私、この方に致します」

 言いながら、彼女は俺の手を取ったのだ。


 ち、ちょっと待てぇええっッ!


 そう叫ぶことも、許されなかった。




◇◆◇◆◇



 2、白銀の弓姫



「……で、あんたは何を考えてる?」

 帝宮の正門前で。俺は彼女に言った。


 彼女――そう。少々金持ちと思わせる程度の服に身を包んだ、リーリアント皇女殿下に。


「ですから、お送りするついでに貴方のお屋敷にお邪魔しようと……」

「できるかぁっ!」


 さらりと言うリーリアの後ろには、皇室の紋章こそないが立派な馬車。


「お前な! 俺は貧民街に住んでんだぞ!? そこにこんなもんで乗り込んでみろ!」


 俺が言うと、リーリアは少し考え、

「少々お待ち下さいね」

 言い、馬車に入り、鞄やらを持って出てくる。背中には大きな包み。

「では、これで歩いて参りましょう」


「……あんた……意地でも俺についてくるつもりか」

「はい。勿論です」

「あんたと付き合うつもりはない」

 俺がきっぱり言うと彼女は首を傾げ、

「え? でも、恋人さんとは二年前にお別れになったのでしょう?」


 ……はあ。俺は溜息をついた。

「確かにそうだ。でも、だからってあんたと付き合う理由にはならねぇだろ?」

 可愛いことは認める。これが傭兵仲間で気が合えば、確かにそういうことも考えるかもしれない。

 しかし。これは皇女様だ。世間知らずの。

 こんなのの世話を焼くほど俺はお人好しじゃない。


「でも、私は貴方をお慕いしております」

「……俺の意思は?」

「ですから、お供して、貴方の御意思を変えて差し上げようと……」

「要らん。ドルメットの奴と仲良くしろ」


 言い、俺は一人で門の外へ歩き始める。

「ついでに言っとくと、俺は傭兵の仕事で明日の午後にこの街を出る。

 ……じゃあな。皇女様」


 彼女は何か言っていたが追いかけては来なかった。

 何を言っていたのか知らないのは、分からなかったんじゃなくて聞かなかったからなんだが。



◇◆◇◆◇



「おはようございます。ディーマス様」

 翌朝。貧民街の自分の家の真ん前で。俺は硬直していた。


 腰ほどまである長い髪をサイドテールにし、割としっかりした旅装束を身に纏い、笑顔で立っているのは……

「リ、リーリアっ!?」


「はい。今日ご出立でしたね」

「ストーカーか。お前は。

 どうやってここを知った?」


「スウォードに聞きました」

 ああ、あの眼鏡、そういえば俺の職業やら住まいやら訊いて来たな。何度名前を言わされたことか。


 ……じゃなくて!

「個人情報の保護とか……知ってるか?」

 言うだけ無駄なのは知っていたが。

 案の定、彼女は分かっていなさそうな顔をしている。


 と、ここまで来て俺は幾分冷静になったのか、彼女の背中にあるものに気づく。

「それ……弓か?」


 彼女の髪のような銀色の長弓だった。何を考えているのか、端にリボンが結んである。……ん?


 弦が無い。一瞬遅れてそれに気づいた。


 弦の無い弓。そんなものを持ち歩くのは、二種類の人間しかいない。


 ひとつは、ただの馬鹿。そしてもうひとつは――


「あんた……魔弓士か?」

「ええ、一応。ナイフも少々使えますよ」


 魔弓士――魔剣士とかならよくいるが、これは珍しい。


「……で? まさか、俺の傭兵の仕事に付いて来ようなんて考えてねぇよな?」

「そのまさかです」

「……あんたなぁ……」


 俺は嘆息し、

「旅したことあんのか? 野宿だぞ? 夜の見張りとか、徹夜とかもあるぞ? 食事も水浴びも……分かってんのか?」

「あら」

 彼女は、少々自慢げに、

「これでも、十一の頃まではお母様と旅をしていたんですよ」


 彼女曰く。十一までは各地を母親と二人で渡り歩いていたらしい。

 ところが、ある日母親が死んだ。

 そして、それを聞きつけた皇帝が彼女を迎えに行き帝宮に住まわせたらしい。


 驚いたのは、皇帝自らが彼女を迎えに行ったってとこだな。使いを寄越せばいいのに。……それほどまでに溺愛してるってことか?


 ……ん? 待てよ。

「ンなもん、ますます連れて歩けるか! 怪我でもさせたら首が飛ぶ!」


「お父様は説得致しました」

 凛とした声で言う彼女。と、表情をにこやかにし、


「さ、傭兵さんたちの集まる場所に行きましょう」

 言い、俺の手を引っ張って歩き始める。


 ちょっと待てぇッ! こんなん、仲間に見せられるかぁっ!


 慌てて振りほどくが、その一瞬で殺気が増す。俺は辺りを見渡し、

「……分かった。でも、連れて行くかはあんたの実力と仲間の判断次第だからな」


 言って、一緒に歩き出す。


 ……いくらなんでも、正規兵二十人を相手にするのは面倒だからな。彼女はこのストーカーたちに気づいているのかいないのか。

 俺は、溜息混じりに彼女を仲間の集まる酒場兼食堂に連れて行った。……そう、昨日彼女に会った場所だ。



◇◆◇◆◇



「お、リルベルド! 遅いぞ!」

 入るなり、そんな声がした。


「みんな、ちゃんと戻ってきてたんだな」

「当たり前よ!」

「……なんだ? そのコは?」


 俺は一瞬言葉に詰まった。その隙を、彼女は見逃さなかった。

「ディーマス様の伴侶となる、リーリアと申します」

 にこやかに、とんでもないことを口走る。


「おいこら待てッ!」

 言うが、遅い。


「え? 恋人? しかも何でこんな若い子!?」

「リル、お前何時の間に?」

「……ちょっと、ボクらが仕事に出てる間に、ナンパしてたわけ?」


「……い、いや、その……」


「俺はフォグ・オーレン。剣が主だ。よろしくな、お嬢さん」

「ティルティ・ミスフォーよ。魔道士。気弾が得意よ」

「ボクはレンフォード・クリック。魔剣士だよ」

「ありがとうございます。皆様。

 魔弓士のリーリア・ジュレアでございます」


 メルフィースの名前は出さないように、俺から厳重に言っておいた。ジュレアは母親の姓らしい。


「ジュレア?」

 しわがれた声が響く。

「ユーフィリア・ジュレアの血縁か?」


「母をご存知ですか?」

「母? ……ほうほう、なるほど……」


 酒場の一番奥にいたのは、黒いローブとマントを纏った魔道士。名前はクディクロゥつって、腕はいいんだが歳がちょっと……な。


「リルベルド・ディーマス」

 俺をフルネームで呼ぶクロゥ。こういう時は、大抵何かある。

「とんでもない逸材を連れて来おったな」


「……逸材?」

「知らんのか?」


 俺以外のみんなも知らないようで、首を傾げる。

「二十年程前に引退したからのう。

 ユーフィリア・ジュレア。弓と回復術の腕で知られ、美しく、『白銀の弓姫』と呼ばれた女よ。


 ……詠唱破棄は出来るのか?」


 最後の言葉は、リーリアに向けられていた。

「ええ、魔弓全部と一部の回復魔法でしたら」


 ひく。

 クロゥとリーリア以外全員が凍りついた。


 魔弓士で詠唱破棄!? 冗談じゃないにも程がある!


「ナイフの手ほどきも受けております」

 笑顔で続けるリーリア。


 ……結局。彼女は俺たちに同行することになってしまった。俺としては、仲間がやんわりと断って追い返してくれるのを期待してたのだが。

 ……他力本願の罰か。



◇◆◇◆◇



「リルベルド・ディーマス」

 帝都の門の近く。今回は(今回も)同行しないクロゥ爺さんが、また俺をフルネームで呼ぶ。

「……自分で始末をつけろ」


 ……はぁ。俺は嘆息し(今日で何度目になるか)、獲物を取った。

 愛用の槍だ。少々ハルヴァードに似ている。中間ってとこか。


「おい、ドルメットの手先か皇帝の部下だか知らねぇが、こそこそ付いてくるのはやめてくれ。

 ……何なら、力づくでお引取り願うぜ」


 俺の声に、ぞろぞろと現れる正規兵。

 ……やばいな。ここで正規兵とやりあえば、こっちが悪者だ。何しろここは帝都と外を繋ぐ門。それなりに栄えている。……とは言っても、一番みすぼらしい門だけどな。


「……先ずは頼む。帰ってくれ」

 兵士たちが抜いた剣が、答えだった。

 ……仕方ないか。殺さなきゃいいだろう。


「お待ちなさい!」


 毅然と言い放ったのは、リーリア。


「帰ってドルメット将軍に伝えなさい! 貴方の助けは必要ないと!」

 動揺する兵士たち。


「私の言うことが、聞けないのですか?」

 可能な限り、声を低くして言う彼女。……けっこう、ドスが利いている。

 一人、また一人と兵士は去って行った。


「……では、またな。ユーフィリアの忘れ形見よ」

 門から出て行く俺たちを、クロゥがそんな言葉で見送った。



◇◆◇◆◇



 3、皇帝と隠し子



「ねーねー、リっちーって、お嬢様?」

 門を出て街道を歩き始めるなり、そんな声をかけるティルティ。

 ……まあ、身なりもいいしな。


 秋の始まりの風が吹いていた。所々紅葉の始まった木に囲まれた、石畳の街道。……まあ、帝都からの街道だし、立派なもんだ。


「ええ、家出貴族ですの。ミスフォー様」

「ミスフォー様っ!?」


 リーリアの言葉に、身体を仰け反らせるティル。

「うわっ! 本当にお嬢様! 本物のお嬢様!」


「……どうかなさいました?」


「あのな、リーリア」

 俺は、槍の柄で自分の肩を叩きながら、

「普通はファーストネームで呼ぶもんだ。特に親しかったら愛称だな。

 フォグはフォグだけどな……ティルティはティル、レンフォードはレンって具合だ。街に残ったクディクロゥはクロゥな」


「そしてリルベルドはリルだよ」

 横から、青紫の髪(染めてるんだよ)の二十歳過ぎの男が言う。魔剣士のレン。


「リっちーもさ、リルと結婚するんならリルって呼んであげなよ」

「余計なこと言うんじゃねぇよ。ティル」

 二十代半ばの赤毛の女魔道士に半眼で言う。赤毛っていっても色々いるが、こいつの髪は綺麗な色だ。短いのが残念だな。

「俺はこいつに付き合うと言った覚えは無い」


「そんなぁ……ディー……リル様」

 リーリアが、俺の腕を掴む。

「こんなにお慕いしておりますのに」


「……もしかして、リルに惚れて家出?」

「いや、ストーカーから逃げるためだ」


 辻褄を合わせるため、俺は適当な話をでっち上げる。


「ドルメット将軍って知ってんだろ? あいつが彼女に懸想してな。

 日に寄越すラブレターは十通以上、夕食の誘いは一日に三回以上。身の危険を感じて逃げてきたってわけだ」


 街を出る前にドルメットの奴の名前、出しちまってるしな。昨日取調室で散々な目に遭った復讐も兼ねて言いたい放題言っておく。


「でもさでもさ、ドルメット将軍なら玉の輿だよ?」

「私はリル様がいいんです」

「へぇ、一途だね」


 勝手に話を進めるティルとリーリアとレン。俺は、少し前を歩くフォグに近づいた。

「……それにしても、本当にいいのか? あいつ、足手まといだったらどーする?」

「俺は魔法のことはよく分からんが……」

 (クロゥを除けば)最年長のフォグが、彼女を振り返りながら、

「実力はあると思う。勘だがな」


「でもあいつ、昨日酔っ払いに絡まれてたぜ。あそこで」

「ボロい酒場で魔弓ぶっ放す馬鹿がどこにいる?」

「いやでも、本人はナイフもって……」

「行動に出る前に、お前が余計なちょっかいをだしたんじゃないか?」


 ……確かに。その節もあるな。

 ってことは俺は、しなくていいお節介で、こんなのに気に入られちまったのか?


「リル様! 今回はどんな任務なのですか?」

 てとてとと、リーリアが追いついてきて訊いて来る。


「この近くの村に怪鳥が住み着いて、それの駆除だ。明日には着くよ」

 笑顔で答えたのはフォグ。

「鳥なら君の魔弓の絶好の標的だ。お手並み拝見させてもらうよ」

「はい、飛んでいる敵なら得意です!」


「じゃあさじゃあさ、」

 横から口を挟むティル。空を指差して、

「あそこで飛んでる鳥、射ち落として」


 俺は空を見上げ目を凝らした。……おい、あんな小さくて遠いの、当たるわけが……


「お断りします」


 やっぱり無理か。


「命を弄んではいけません。あの鳥は悪くないのですから」


 ……そっちかよ。


「ん~、じゃ、あのルルックの実!」

 ルルック? この辺に生えてたか?

 辺りを見渡すと、確かに遠くに一本、ルルックの木があった。


 ティルは、少し魔法を使って、その実の一つに色をつける。

「あれ、射って!」


 ……断っとくが。ルルックの実ってのは、親指大の大きさだ。大きいヤツで。しかも、かなり遠い。俺でさえ色が違うのがどうにかわかる程度だぞ?


 ところが、リーリアは背中の弓を構え、無い矢を番える。


「お、おい、できるのか?」


 びっ! 衝撃が走る。


 次の瞬間には、ルルックの木が枝を揺らした。


「すっごい! 命中!」

 ティルが手を叩くが、他三人は唖然としていた。俺も含めて。


 ……とんでもないの、仲間にしちまったんじゃねーか?



◇◆◇◆◇



 村に着くのは明日の夕刻。というわけで、例の如く野宿となる。今日は森の中だ。ここも枯葉が少々落ち始めている。


 旅人が焚き火をするための炉があり、そこに火を起こして囲んでいた。リーリアの奴はさっきちょっと出てくるとか言って居なくなってる。


「んで? リーリアとはどれぐらい進んでるわけ?」

 問うて来たのはレン。にやにやとした笑顔。

 こいつは色恋沙汰が好きなのだ。


「だから、俺は何とも思っちゃいねぇよ!」

「……リル様、酷いです」

「おおぅっ!?」


 唐突に後ろからかかった声に振り向けば、リーリアが森から現れるところだった。手には――小鹿。

「……何だ? それ」

「お夕食です」


 言いながら、首筋にナイフの刺さった小鹿を引きずってくる。


「お前……昼間、命がどうとか言ってなかったか?」

「糧とするのは悪いことではありません。

 感謝の心を忘れなければいいんです」

 彼女は手馴れた手つきで鹿を捌き、火の周りに肉を並べる。


「あのな、保存食とか干し肉とかもあるんだが」

「新鮮なほうが美味しいですよ」


 あっさり、きっぱり、迷い無く言う。

 ――こいつの性格、なんとなく分かってきた。……ような気がする。


「う~ん、火の通りが遅いですねぇ……」

 呟くと、無詠唱で魔法を発動させ、肉を全部ミディアムにする。


「……お前な……」

「あ、レアの方がお好みでしたか?」

「リっちー、もうちょっと焼いて。あたしの」

「あ、はい」


「…………」

 何だかもう馬鹿馬鹿しくなって、俺は黙って肉を食った。



◇◆◇◆◇



 火を起こすのには当然薪が要る。しかし、魔道士ならば何も無いところから火を起こせる。

 そういうわけで夜の番に魔道士が焚き火を管理することも多い。今夜は三交代。最初がティルとフォグ。次がレン一人。最後に俺とリーリアだ。


 ティルとレンとリーリアが分かれたのはいいとして、何で俺がリーリアと一緒に見張りをしているか。

 このアマが『私、リル様と一緒がいいです♪』などと抜かしたからだ。


「……久しぶりです。こういうの」

 魔力で生んだ炎に照らされながら、リーリアが呟く。

「昔は、お母様がしてくれてたんですよ」


「……俺の両親は、俺がガキの頃に死んだからな」

「あら、ごめんなさい」

「いいんだよ。その代わり育ての親はいるしな。いい親だよ。

 ……あんたはどうだったんだ? 皇帝が迎えに来て」


 俺が問うと、リーリアは苦笑を浮かべて、

「最初はお父様のお名前も知らなかったんです。母も教えてくれなくて……。


 初めて会ったのは、母のお葬式が終わって最寄の町の孤児院で二週間ほど過ごした頃でした。立派な馬車が来て、私が一人で乗るように言われて……乗ったら、中でお父様が待っていたんです。


 『リーリア、私だよ。すまなかったね』って言われて……何のことか分からなくて。

 私がお父様が誰か知らないと知ったときは、驚かれていました」


 そこで、くすりと笑い、

「私、行かないって言ったんですよ。そしたらお父様、どうしたと思います?


 毎日毎日、孤児院の前に馬車を持ってきて……その中で、『悪いようにはしないから』って繰り返して……結局、私が折れちゃいました」


「じゃあ……皇女って公表されていないのも?」

「ええ、私の希望です。

 ……私は馬鹿ですから。政治なんて分かりません」


「ドルメットの奴は?」

「あれは……お父様が、安心できる相手をと……。

 あ、でも、私が嫌なら止めていいって仰ったんですよ。……本当に、そうしてくれましたし」


 と、彼女は俺に肩を寄せてくる。

「私、リル様が好きです」


「……一体どこが気に入ったんだ?」

「恋に理由は要りません」


 ……分からんな。オトメゴコロってヤツは。

 ともかく、そうして話すうちに夜は明けた。


 歩き通して――夕方。目的の村・ゴールセットに到着した。



◇◆◇◆◇



 4、怪鳥ヴォウフォーグ



「申し訳ないのですが……」

 俺たちが村に着くなり、村の長老――だろう、多分――が、おずおずと言ってくる。

「皆様には前もってご依頼した件はなかったことに……あ、いえ、違約金はお支払いいたします」


「どういうことですか?」

 フォグが問う。

「怪鳥が去ったと?」

「いえ……」


 長老は、溜息をつき、

「ヴォウフォーグだったのです。三十羽ほどの。

 昨日、村の者が一人攫われ――まあ、喰われたのでしょうが……、その時の特徴から。

 ……帝都に使いを送りました。皆様も、災いが及ぶ前にお引き取り下さい」


 ヴォウフォーグ。怪鳥でも最強クラスのヤツだ。

 秋になると養分を溜めて冬の始めに産卵、春の終わりに孵化。……そこまではどうでもいい。


 問題は、とんでもなく強く、仲間意識が強い。

 翼を切っても生きてたら生えてくるわ、一羽でも攻撃しようものなら全部で襲い掛かってくるわ……三十羽もいるんなら、一軍隊必要だぞ。


 俺たちは、黙って村を見渡した。

 もうすぐ茜色に染まろうかという光に照らされた、粗末な木造の家が十数件。だが、人影はない。

 ……家か、もっと安全なところに避難してるんだろうな。


「大丈夫です。お任せ下さい」

 レンが、自信たっぷりに前に出る。それを見た長老は――


「そ、蒼穹の一族!?」


 ……違うって。


「こいつの髪は染めてるだけだ。それに、肌も褐色だろ? こいつ」

 俺がフォローしておく。


 蒼穹の一族。有名な伝承にある古代人種で、全員がゼニス・ブルーの髪と透き通るような肌を持っていたらしい。そして、絶大な力を。

 確かに、蒼穹の一族ならヴォウフォーグなんか一睨みで逃げてくな。


「いえ、こちらには魔弓士がいます」

「リっちー、すごいんだから!」


「ま、魔弓士!? しかし……」


「リーリア、出来るか?」

「援護してくださいね」


 自信たっぷりに言う彼女。


「……で、ヴォウフォーグが住み着いたのはどの辺りですか?」

 フォグに圧され、長老はその場所を地図で指した。



◇◆◇◆◇



「リーリアはヴォウフォーグを撃墜!

 ティル! 奴らの位置を補足してリーリアに教えろ!

 レンとリルと俺は二人を護るぞ!」


 怪鳥の住処の前で、フォグが指示を出す。既に陣形は組んだ。

 リーリアとティルを俺たち三人が囲む体勢だ。


 宵の口。……これ以上人が食われるのはごめんだからな。俺たちは早々に事を起こした。

 ヴォウフォーグってのは駆除するのは(力が及べば)簡単で、一羽襲えば全部出てくる。それを撃退すれば、狩り残しはないって寸法だ。


 ……ただし。あまりの怪鳥の猛攻撃に全滅するのが大抵のパターンだが。


「リっちー! あっち!」

 ティルが、最初の一羽を見つけた。無い矢を番え、無い弦を引くリーリア。弓がしなる。


 眩い光が、最初の一羽を屠った。途端、辺りにわらわらと影。……こりゃ、ティルが捕捉するまでもねぇ。


 第二射が即座に放たれる。詠唱破棄の恐いところだ。


 魔弓士は、弓から出すという形で魔力を発動させる。珍しがられるのは、その素質を持つ連中が少なくて、しかも揃って強いからだ。

 しかし、大抵は魔道士や魔剣士みたいに呪文詠唱をする。つまりは、第二射までのタイムラグ。リーリアにはそれがない。


 つまりは、常人では考えられないような呪文攻撃を連射できるのだ。


 リーリアが放った光が、怪鳥の群れに向かう……っておい! そこには何も……!


 次の瞬間、俺は唖然とした。三羽ほどの中間を飛んでいた光が分裂し、それぞれが怪鳥を屠ったのだ。一撃で。


 身体の向きを変えながら、端にリボンを結わえた銀の弓を引き続けるリーリア。光は最大で六分裂し、全て一撃で怪鳥を射殺した。


 ……あの……俺たち出番なし……?



◇◆◇◆◇



「だから、ボクはその時剣にかける魔法を切り替えたんだよ。一見、っていうか、世間一般じゃゴーレンには炎ってなってるけど、実はあれは……」


 ごん!


 俺は、村の女の子を集めて自慢話をしているレンを思いっきりどついた。


「何するんだい!?」

「てめーが偉そうにしてるんじゃねーよ! やっつけたのはリーリアだろ!」

「だからボクは、今回のじゃなくてボクの武勇伝を……」


 そう、リーリアは怪鳥のリーチの外から全て射殺した。つまり、俺たちが護衛する意味はなかった。


 それでも怪鳥を倒したのは俺たち全員の手柄になって、こうして村で宴になっているわけだが。


 当のリーリアはというと、……底なしだった。強い酒をぐびぐびと飲み干している。


「リル様♪」

 普段より幾分上機嫌なリーリアが寄ってくる。

「……酒臭いぞ?」

「リル様もどうぞ♪」

 いやそれ、世間一般で一番強い酒だから。んなジョッキで飲んだら倒れるから。


 結局、最初にティルが酔いつぶれ、次がレン。俺はその次だったので見たわけではないが、リーリアが最後まで立っていたらしい。



◇◆◇◆◇



「……待て」

 五日後。帝都に戻った俺たちは、ヴォウフォーグ退治の報奨金(強力な怪物を倒した場合、国からの依頼でなくても出る)を受け取りに帝宮へ来ていた。

 ……とは言っても、一般用の出窓みたいな所だけどな。フォグが受け取りのサインをして手続きも終わり、平和に帝宮を去ろうとしたところだった。

「リルベルド・ディーマス。こっちだ」


 何となく面倒な予感がしたが、付いていった。リーリアを含めて、仲間を残して。

 連れて行かれた先にいたのは……

「何の用だ? ドルメット将軍様」

「煩い。呼びたくて呼んだのではない」


 ドルメットは不快そうに言い、俺に包みを差し出す。


「リーリアント様の為だ。受け取れ。拒否は許さんぞ」


 中を開いて、俺は言葉を失った。


「……ええと、返品は?」

「だから拒否は許さん」


 俺は、溜息混じりに包みを懐に入れた。



◇◆◇◆◇



「失礼。こちらにヴォウフォーグを倒した魔弓士の方がいらっしゃると……」

 金持ちの執事風の男がいつもの酒場にやってきたのはその次の日のこと。……まったく、噂ってモンは……。


「ご主人様が、是非とも受けていただきたい依頼があると……」


「悪いが、今、懐は重い」

 怪鳥退治の報奨金もあって、暫くは遊んで暮らせそうな金額を持っていた。道楽に付き合うほど切羽詰ってない。

「いや、話だけでも聞こうじゃないか」

 フォグが言うと執事は顔を綻ばせ、

「では、表の馬車に。邸宅までご案内いたします」


 ……ったく、これだから金持ちってのは……。

 俺は胸中で嘆息していた。所謂成金趣味。

 帝宮は必要最低限で、それと比べるとすこぶる気分が悪い。


 セザーニ伯爵。帝都から馬車で半日ほど行った所の領主だ。領地は小さいが、帝都の近くだから格が高い。


「遺跡調査ぁ?」

 ティルが声を上げる。目の前には豪華な食事。その向こうに成金趣味丸出しのオッサン一匹。


「すみませんが、そういう心得のある仲間はおりません」

 フォグの言葉に、セザーニは頷き、

「知っておる。だから、わしの部下をつける。

 お主らは、それを手伝ってくれればよい」


「……つまりそれは、アレか?」

 俺は半眼で訊いた。

「遺跡にとんでもない番人か何かがいるから、俺たちで倒せと?」


「察しが良くて助かるのぉ」

 セザーニのヤツは、でっぷり太った嫌な笑顔でそう言った。



◇◆◇◆◇



 5、蒼穹の一族



 翌日。俺たちは、セザーニの領地の隅にある、小さな洞窟に来ていた。

 だが、『小さな』なんてのは外側だけ。中はこれでもかというほどの迷宮だった。


 セザーニに雇われた調査員が、また罠を解除する。……罠のレベルが高いのかコイツらの腕が悪いのか、実は今まで五回ほど失敗して怪物をけしかけられた。


「……なあ、こんな遺跡、何があるんだ?」


 何度も繰り返した問いだ。つまり、それだけ返事が無い質問。

 例によって今回も返事は無かった。


 広いホールに到着したのは、俺の槍をはじめ、敵にぶつかる武器が怪物の血でまみれてきた頃だった。


「……皆さん、お強くて助かります。ここまで調査が進んだのは初めてですよ」

 二人の調査員の片方が言う。


「……おい! あったぞ!」


 別の調査員が、広間の隅の柱を調べて言う。もう片方が駆け寄った。


「よし! これで……」


 広間の中央に魔方陣が浮かぶ。光を発し―― 一瞬の後に、そこに一人の男が立っていた。


 かなりの美男子。透けるような肌。そして何より――ゼニス・ブルーの髪。

 ――蒼穹の一族。太古の昔に滅びたと言われる伝説の種族だ。


「……違います」

 ぽつりと呟いたのは、リーリア。

「あの方は生きておられません。幽霊……と言っては御幣があるかもしれませんが」


「蒼穹の守護者よ。我々は貴方の試練に打ち勝ちました。

 どうか、封夢の玉をお授け下さい」


「封夢の玉ッ!?」

 ティルが声を裏返す。


 ――封夢の玉。伝説にしか出てこないシロモノ。

 噂じゃあ、それを手にすればどんな願いでも叶うって言われてる。


《……違うであろう?》


 蒼穹の一族の男は、微笑を調査員に返す。そして――


「危ねぇ! 下がれ!」


 俺が叫んだときにはもう遅かった。二人とも、消し炭になる。


《我が試練に打ち勝ったのはそなたらだ。

 ……さあ、最後の試練。我を倒してみるが良い》


 唖然とする俺たちに、そいつは言った。



◇◆◇◆◇



「うわっ!」

 レンが吹っ飛び、広間の壁に叩きつけられる。


 同時に血を吐き、ずり落ちる。


 ――本気だ。俺たちは悟った。

 殺らなきゃ、殺られる。


 ティルが気弾を放つのと同時にフォグが剣で切りかかり、一瞬遅れてリーリアが魔弓を放つ。

 俺は、レンに駆け寄った。……生きてるが、ヤバイ。鎧の背中の部分は割れて、隙間という隙間から血が溢れている。


 向こうを見やった俺は、息を呑んだ。


 フォグの剣は、素通り。

 ティルの気弾はおろか、リーリアの魔弓でさえ、そいつの前に現れた光の壁に阻まれた。


「援護してください!」

 リーリアの声に俺たちは固まった。彼女を背後に護って。


 リーリアが詠唱を始める。魔力の全てを、魔弓に込めるつもりだ。


 詠唱が終わるまで、護らねえと。……いや、待てよ?


「おい、話し合おう。

 俺たちは雇われて来ただけだ。封夢の玉が欲しいわけじゃない。

 このまま帰るから、見逃してくれねぇか?」


《……笑止》


 衝撃波。


 それが理解できたのは、吹き飛ばされた後だった。レンのように壁に叩きつけられて、もう意識が朦朧としている。


【深い森を 迷い歩いた】


 そんな声が聞こえてきたのは、そんな時。


【道はどこも 暗く険しく】


 この声……リーリアか? ……歌ってやがる。こんな時に。


【ひとり歩むときはただ淋しく】

【いつも君を思い出したよ】


 ここまで来て、やっと俺は、消えかけていた意識が戻ってきつつあることに気づく。


【I know that I’m in my love】

【遠い 想い 今は遥かでも】

【I feel that I’m in my love】

【彼方 消える まぼろばの悲哀】


 これはまさか――呪謳?


【And then】

【たとえ遠くとも 君と歩んでいたい】

【それだけが】

【僕の生きる今】


 身体を起こすと、フォグとティルも俺と同じように吹き飛ばされていたらしい。そして、レンを含めてみんな、立ち上がろうとしている。


【I know that I’m in my love】

【懸ける 想い 誓いに変わるなら】

【I feel that I’m in my love】

【今は 総て 君に捧げたい】

【And then】

【嘗て捨て去った この心すら 抱いて】

【よみがえる】

【僕の願い 意思】


 光が、リーリアから発していた。

 歌は続き――やがて、終わった。


 ――沈黙が、落ちる。


《……良いであろう》


 沈黙を破ったのは、蒼穹の一族。


《呪謳遣いよ。汝に免じ、退く事を許す。

 命が惜しくば、二度と来ぬことだな》


 その言葉を最後に。

 俺たちは、洞窟の前に立っていた。



◇◆◇◆◇



 6、ジ・インペリアル・プリンセス



「嘘を言うなッ!!」


 セザーニが怒鳴る。

 洞窟の真ん前。奴はそこで、俺たちが出てくるのを待ってやがったってわけだ。


「お前らがいきなり出てきたのは見たぞ! 見つけたのだろう!?

 封夢の玉を!!」


「だから、それを守る蒼穹の一族に勝てなかったって何遍言わせるんだよ?」


「だったら、どうしてお前らは無事なんだ!?」


 と、そこまで言ってセザーニの奴は、俺たちの様相に目をやった。そして、

「……そうか。玉を使ったな?」

 意地悪く言う。

「玉を使って、生き延びたのだろう? 瀕死の重傷から」


 レンは言うまでも無く、俺たちはリーリアを除いて、酷い有様だ。それが、五体満足で立っている。

 ……そういう結論に達したか。


 ざっ! 兵士が俺たちを取り囲む。


「玉を持っている筈……いや、持っていなくてもどこかに隠した筈だ!

 捕らえて奪え! 吐かせろ!」


 俺たちが臨戦態勢を取ると、


「いいのかなぁ?」

 嫌な笑い。

「このセザーニ伯爵の指名手配犯になっても?」


 ……この外道が。


 この状況を打開する道は二つ。


 ひとつ。セザーニもろとも全て葬る。

 ひとつ。俺が懐の中のものを使う。


 前者を選べば、俺たちは間違いなくお尋ね者だ。でも、後者を選ぶとリーリアは……。


 ……………………


 ……許せ。リーリア。


 俺は、懐に手を入れた。その時。


「いい加減になさい! セザーニ!」


 威厳ある声で言ったのは、リーリアだった。一歩前に進み出ると、


「兵を退きなさい!」


「小娘が何を偉そうに!」


「黙りなさい!」


 リーリアは、弓の端に結わえたリボンを解いた。そこにあったのは――


「この私、リーリアント・ジュレア・メルフィースの言葉が聞けぬと言うのですか!?」


 弓に彫り込まれていたのは、皇室の紋章。たじろぐセザーニ。


「……め、メルフィース……? ま。ば、……」


「我が名の下に命じさせていただきます。今すぐ兵を退きなさい」


「ええい! 小娘の戯言に惑わされるな!」

 兵士を叱咤するセザーニ。今度は俺が前に出た。


 懐から取り出した、銀のレリーフを見せながら。

 名前も知らない皇女様は無視できても、これは無視できねーだろ。


 皇室の紋章の上に、盾の意匠。皇室専属警備のフォールッティング・ナイツの証だ。ついでに俺の名前が彫り込まれている。


「これが偽物か本物か、分かるな?

 んで? フォールッティング・ナイツが守るのは何方様か、それも分かるな?

 この方がどんなお方か、分かるな?」


 蒼白な顔で、セザーニたちは去って行った。



◇◆◇◆◇



「……リっちー……」

「違うだろ」


 ぽつりと呟いたティルの頭に手を置いてから、俺はリーリアに向き直った。

 そして――跪く。


「リル様!?」

「これまでのご無礼、お許し下さい。リーリアント殿下」

「リル様ッ!!

 お顔を……お顔を上げて下さい! リル様!」


 だが、俺はそうしなかった。

 ただ、彼女に傅いた。



◇◆◇◆◇



「……じゃあな」


 帝宮の前で、俺は彼女に言う。


「リル様……」

「あんたが選んだ生き方だ」


 何か言いかけた彼女を、俺は遮って言った。


「正直言って、あんたがああしなくても、俺はあんたの身分を使おうと思ってた。

 ……でも、あんたは自分から皇女だと名乗り出た。


 それが全てなんだよ」


「………………」


「人の使い方なんか慣れればいい。皇帝でも、ドルメットにでも教わればいい。

 ……権力を振りかざせ。それがあんたが選んだ道だ」


 と、銀のレリーフを彼女に握らせ、

「ドルメットの奴に返しておいてくれ。俺の役割は終わった」


 そして、また彼女に跪いた。

「お元気で。皇女殿下」


「リル様……」

 涙声の彼女の顔を見ずに、俺はその場を立ち去った。


 ――良かったんだ。これで。


 皇帝に隠し子がいたことが発表されたのは、翌日だった。暫くは役職に就かず、政治を学ぶということだったが。

 リーリアント・ジュレア・メルフィース。第四皇女。

 彼女は、時の人となった。



◇◆◇◆◇



 ――朝。

 俺は、外のただならぬ雰囲気に気圧されながらドアを開けた。

 そこには、正規兵十数名と、馬車が一台。皇室の紋章入り。


「リルベルド・ディーマス」

 兵士の隊長さんらしき男が、俺を見て言う。

「ジョーセッグ卿の養子となってもらう」


「……は?」

 ジョーセッグってのは、かなりの有力貴族だ。何でンなもんが、平民の俺を養子に?


「断る」

「皇族命令だ。逆らうことは許されん」


 間髪入れずに言うと、これまた間髪入れずに言ってくる。


「……皇族?」

「私です」


 馬車から一人の美女が降りてくる。……って、おい。


「既に、貴方のお父様とお母様も『保護』いたしました。従っていただけますわよね? ディーマス様?」


 にっこりと、恐い笑顔を浮かべて。


「権力を振りかざせと、貴方はそう仰いました。ですから、先ずは貴方に振りかざさせていただきます」


 人懐っこい、柔らかな笑顔。


「あなたは今日から、ジョーセッグ様ですわ」


 ……じ、……じ、


「冗談じゃねぇえっ!」

「追いなさい!」


 逃げる俺を、兵士が追ってくる。

 無論、延々と逃げられるわけじゃない。親父とお袋も捕まってる。それでも俺は逃げたかった。


 ……これが、俺の責任、俺が選んだ道なのだとしても。


 あの日の酒場での過ちを、俺は痛烈に呪っていた。






 ―― Fin ――




もしかしたら覚えてくれているかたもいらっしゃるかもですが……多分皆様お初です!!


副島王姫そえじま おうき、気まぐれでラノベに復帰しました。


最後に書いていたのが十数年前なので、初めてお会いするかたばかりかと。



復帰にあたって、校正も見直しもせずに、2013年の日付が残っている本作をお届けしました。


現在書いているのは、ぶっちゃけLeliantと関係があるようなないような……?というお話でして、こちらはおいおい連載させていただきたいと思います。




副島王姫のつぶやき


本文中に出てくる、英語交じりの歌詞のようなもの。


あれ、韻も分からない王姫が適当に紡いだ詩です。

リーリアントのお花畑頭を表現したつもりです。

なお! 英語は間違っている可能性大!!保証します!!

真似したらテストで落ちるぞ!!


文章も当時のままです。

句点が多い、体言止めが多いなど指摘された箇所もそのままです。


これらは後々出てくるもので治したいなぁと思っています。



ところで、皆さん。

「リルの首ちょんば」の番外編(後日談)需要ありますか?


では、お読みくださりありがとうございます(o^―^o)ニコ


   2022/03/04 副島王姫




追記


まだこのサイトの使い方が分かっていませんので、こういう機能あるよ!とか、教えていただけると助かります。


こちらのサイトは、最近ハマったラノベのレビューにて知りました。


次に何か過去作載せるなら……戦と死の神の忘れ形見……は、どのバージョンでも暗い展開なので避けるとして……金色の魔眼……かなぁと思います。


友人にエログロと言われていますが、大したことないので。


過去作に構っていないで新作の筆をとれ……はい、仰るとおりです(-_-;)


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