後編 「娘が取り持った夫婦の絆」
そうして迎えたバレンタインの当日。
会社から帰宅した夫に、私は手作りチョコをプレゼントしたの。
材料に関しては、とりあえず伏せておいてね。
「凄いな、樟葉。生チョコなんて作れるのかい?」
夫は喜々とした様子で、オマケ付きお菓子が生まれ変わった生チョコを食べていたの。
手作りという特別感は、本当に侮れないわね。
「良いなあ、こんなの…手作りチョコなんて、学生時代のバレンタインを思い出すよ!」
夫の満足そうな顔を見ていると、私まで嬉しくなってしまうわ。
久々に実感した事だけど、一手間かけたバレンタインチョコというのは、気分をこれ程までに高揚させるのね。
とはいえ、いつまでも有頂天になってはいられない。
何せ私には、娘を持つ母としての顔もあるのだから。
「ほら、京花も…」
「分かってるって!お父さん、私からもバレンタインチョコがあるんだ!」
京花が差し出したバレンタインチョコは、カラフルな包装箱でラッピングされていたの。
図画工作の授業で作った宝箱を転用したとの事だけど、こうした心遣いは親として胸に響く物よ。
「この分厚いチョコのサイズ感は、何処か見覚えがあるような…あっ!これって『不可思議少女 ヤマトなヒミコ』のカードチョコじゃないか!」
こちらは流石に、一口噛じったタイミングで材料に気付いたみたいね。
チョコレートコーティングされたウエハースの断面を、仰るはしげしげと眺めていたの。
「大当たりだよ、お父さん!ついでに、表面に塗ったチョコの正体も当ててみてね。こっちはお父さんにも、心当たりがあるんじゃないかな?」
クイズの出題者気取りで人差し指をピンと立てた京花は、何ともイタズラっぽい笑顔を浮かべていたの。
その楽しげな様子を見るに、他にも何か企んでいそうね。
「えっ、お父さんにも心当たりがあるって…?『アルティメマン』の怪獣フィギュアが入ったチョコ卵漫とか…」
「ピンポ〜ン、大正解!実は生チョコも、同じ材料で出来ているんだよね!」
京花ったら、本当に楽しそうね。
「それは本当かい、京花?ああ、確かに…言われてみれば、ウエハースっぽい食感も確かに残っているような…」
裏を返せば、種明かしが入るまでは違和感なく賞味出来るという事ね。
このアレンジレシピ、なかなか侮れないのかも…
「そんな正解者のお父さんには、賞品としてもう一枚あげちゃいま〜す!」
「おっ…おい、京花…」
京花ったら、自分の分のウエハースチョコまで差し出しちゃって。
我が子ながら、本当に良い根性してるよね。
「良いじゃないの、お父さん。この生チョコとウエハースチョコはお母さんの手作りチョコだけど、私とお父さんも材料の提供者として携わっているんだよ!言ってみるなら、我が枚方家の『家族の味』って事にならないかな?」
父親をフォローするついでに自分の功績を上乗せして、それでいて全てを丸く収めようとするなんて。
京花ったら、根性ばかりか口まで達者なのね。
「はい、お母さんも!いつまでも仲良くしてよね、二人とも!」
胸にの口の上手さに呆気に取られていた私の手にも、いつの間にやらチョコウエハースが握られていたの。
全く、その強かさには恐れ入ったわ。
「あんな風に娘に言われたら、ぞんざいには出来ないな…」
「右に同じね、修久さん。」
夫に頷いた私も、きっと同じように苦笑を浮かべているんだろうなぁ。
「これが家族の味、ね…」
そう呟きながら一口噛じると、味見の時よりも深みがあるように感じられたわ。
娘の京花に促される形で、夫との恋人時代を思い出そうとして取り組んだ今年のバレンタイン。
初めに描いていた青写真とは少し違ったけれど、また夫と一緒に過ごす時間が楽しく感じられるようになったのは、大きな収穫だったと思う。
私と夫の愛の結晶である娘が、今度は私達の仲を取り持ってくれるなんて。
諺でいう「子は鎹」とは、この事なのかも知れないわね…