中編 「母娘で作るアレンジレシピ」
そんな私の物思いは、どうやら娘に見透かされていたみたい。
「ねえ、お母さん。このチョコ卵漫、どうするの?お母さんとしては、お父さんに責任をもって食べて貰いたいよね?」
「えっ…?それは勿論だけど…」
子供は親の背中を見て育つもの。
父親がオマケ目当てで買ったお菓子を残せば、やがて娘も同じ事をするようになるだろう。
咎められたら反省する素直さを娘が持ち合わせているうちに、悪い芽は摘んでおきたかった。
しかし、正攻法で夫に言ってもノラリクラリと躱されてしまいそうだし、食玩の怪獣フィギュアを捨てるような強硬手段では夫婦間に禍根を残してしまう。
ここは一つ、変化球的な手段を取りたい所だけど…
「良い手があるよ、お母さん!チョコ卵漫の殻と私のカードチョコを使って、お父さんに手作りチョコを作ってあげるんだ!」
「えっ…京花、今なんて…?」
特撮ヒーローやロボットアニメに血道を上げていた娘の口から、まさか「手作りチョコ」という単語が出てくるなんて。
あまりにも予想外な我が子の言葉に、思わず声を失ってしまったの。
「お母さんの手作りチョコなら、お父さんも喜んで食べてくれるよ。ほら、もうすぐバレンタインだし!」
満面の笑みを浮かべる娘の指先は、カレンダーの二月十四日を示していたわ。
「バレンタイン…なるほど、その手があったわね!」
考えてみれば、私達夫婦の結婚記念日も今年で十三回目。
このまま倦怠期に突入してしまうなんて、何とも寂しい話よね。
恋人時代の感覚を思い出しながらバレンタインチョコを手作りするのも、なかなか楽しそうじゃない!
それから一週間が経ち、バレンタインデーは数日後に迫っていたの。
娘は「材料の提供」と称してカードを抜いたウエハースを私に預け、夫は相変わらずにオマケを抜き取った卵型チョコレート菓子を冷蔵庫のドアポケットに残していった。
経緯はどうあれ、私の手元には手作りチョコの材料が潤沢に集まったわ。
「京花が言っていたアレンジレシピは…これね。こんなレシピサイトまで見つけてくるんだから、あの子ったら妙な所でマメなのよね…」
私は軽い溜め息をつきながら、レシピサイトの記事に従って調理を開始したの。
粉々に刻んだ卵型チョコレート菓子が、ボウルの中で次第に形をなくしていく。
「こうして溶けたチョコレートの香りを嗅いでいると、いかにも『手作りチョコを作っています。』って感じがするのよね…」
考えてみれば、バレンタインのためにチョコレートを湯煎するなんて何年振りだろう。
この胸が弾む感覚というのも、しばらく忘れていた気がする。
「手作りチョコなんて久々だから、コンセプトを決めないとね…」
今年のバレンタインチョコのコンセプトは、大胆なアレンジを加えた物と、素材の持ち味を活かした物の二本立て。
そこでサイトに掲載されている膨大なレシピの中から、生チョコとウエハースチョコを選んだわ。
砕いたウエハースチョコと卵型チョコレート菓子を、生クリームと一緒に鍋で加熱し、一時間程冷やしてココアパウダーをまぶせば、生チョコの出来上がり。
ウエハースチョコの方は、生チョコを冷蔵庫で固める間にサクッと出来上がったの。
湯煎で溶かした卵型チョコレート菓子をウエハースに塗るだから、小学生の京花にも安心して任せられたわ。
「プラモの塗装みたいに、エアブラシで塗れたら楽なのになぁ…」
妙な愚痴をこぼしながらではあったけど、それなりに京花もお手伝いを楽しんでくれたみたい。
手作りチョコの発起人としての責任が為せる技か、或いは父親への真心か。
母親の立場としては、後者の可能性を信じてあげたい所ね。