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とりあえず色飴遥火

声をさがさなければ

作者: 色飴 遥火

 すでに死んでいるわたしだから伝えられることだと思うが、天国や地獄はないらしい。

 わたしの身体は腐っていて、生きていた時と比べるのもおこがましいけど……その頃と同じ機能を発揮できるようだ。

 つまり、わたしの目玉は潰れていても見ることができて。変わり果ててしまった耳からは音を拾える。

 くり返すが、わたしはすでに死んでいた。

 正確には殺されてしまったと表現するべきなのかもしれないな。

 わたしが死んだ原因は……また別の機会に伝えることにするとして、今は一人の少女の物語を聞いてもらいたい。

 懺悔。

 そんな言葉を使うほど、わたし自身は罪の意識を感じていないのだが、客観的に考えてみればその一因ではあるのだろう。

 まあ、死んでいるわたしが罪の意識や懺悔なんて言葉を使うこと自体が変なのか。




 その少女は……幼い頃から声をだすことができなかった。死んでいるわたしは医者ではなかったので詳しくは分からないが、先天性の病気の類いだったのだろう。

 が、少女は前向きな性格なようで、友達と楽しそうに遊んでいるところをよく見ることがあった。

 ただ一つの欠点……というのも他人の趣味に、けちをつけているようで気分が悪くなりようがないよな。死人だし。

 どこにでもいそうな……いたいけな少女の趣味は心霊スポット巡りだった。

 人によっては悪趣味だ、と一蹴するやつもいると思うが。その理由を聞いてもらえればそれなりに納得してもらえるはず。

 その少女は先天性の病気で幼い頃から声をだせない体質。だからこそ、それを治療するために心霊スポット巡りを趣味にしていた。

 ショック療法の一種……といえば聞こえは良いかもしれないけど。個人的には荒療治に思えてならない。

 まあ、医者から勧められた治療法ではなく少女自身が考えたやりかたなので、他人が。ましてや死んでいるわたしが口を。

 そんなことはさておき……いたいけな少女なりに声をだすための手段の一つとして心霊スポット巡りをしていた。幸いなのか、不運なのかは分からないが今まで幽霊の類いなどと遭遇することもなく。




 少女の当初の目的は声をだせるようになるためだったが、巡ってきた心霊スポットの数が増えるたびに少しずつ変わってきていた。

 オカルトチックな考えかたをするなら心霊スポットを巡り続けていたことで、良くないものが少女に取り憑いたのかもしれない……と思うほうが自然か。

 実際に、少女が幽霊に取り憑かれていたかどうかはさておき。治療のため、という大義名分のようなものが少しずつ薄れてきていたのは確かだった。

 昨今なんて言葉を使うと、わたしが生きていた頃はそれほどインターネットがなかったみたいに聞こえてしまいそうだが。

 それでも、昨今のインターネット。ネット通販のほうが適切か……そんな便利な世の中なのでオカルトグッズと呼ばれるものを少女が購入するのはそれほど難しくなかった。

 お守り。ドクロに水晶。なにやら魔法陣のようなものが描かれているコースター。

 そんなものの多くは偽物で……少女自身も誰かを呪ったりするために集めている訳でもなかったと思うが。

 少女の趣味がエスカレートをしてきていたことは確かだろう。今さらな話だが、秘めていたその思いを打ち明けることのできる相手がいれば。




 その日……少女はインターネットのとあるサイトで、次に行く心霊スポットを検索していた。

 例のオカルトグッズの一つ、いわくつきのお守りも同じサイトで購入していたことと。

 信憑性が高い……というよりはそのサイトで実際に起こってしまった事件に魅入られてしまった、のほうが正しいかもしれない。

 常人なら吐き気を催すような事件であればあるほど目を輝かせてしまうくらいに、すでに少女の脳は。

 夜。そのサイトで、紹介をされていた心霊スポットに少女は向かっていた。夏だというのに……少し肌寒いらしく灰色のパーカーを羽織っている。

 辺りは暗く、月明かりだけが照らしている道。少女が暮らしているところが田舎のほうであるのも理由の一つだろうが人気もない。

 舗装されていた道は、次第に土や木の枝が落ちているものへと変わっていき。鳥の奇妙な鳴き声だけが黒い森の中に響いていた。

 かなりの距離を走ってきて疲れたらしく。首からぶら下げている……例のいわくつきのお守りを握りしめて、少女は荒い呼吸をくり返している。

 折り曲げていた膝を伸ばしつつ少女は目を輝かせていた。彼女が見ている先、そこには古ぼけた神社があった。

 かつて赤々としていたであろう鳥居は腐り果て、へし折れてしまったのか……その一部がうっそうとしている草むらに隠れるように転がっている。

 呼吸がととのうと、少女は懐中電灯をつけたり消したりをくり返していた。顎の下から照らしていた人工的な丸い光を、ゆっくりと地面のほうに向けている。

 背骨を真っすぐにナイフで切りつけられた時みたいに震えているようで懐中電灯の人工的な丸い光が揺れていた。

 柱だけになっている鳥居を通り抜け、少女は今にも崩れてしまいそうな本殿に近づいていく。ひっくり返っている賽銭箱のそばに、無数の白い虫のようなものが蠢いている。

 なにかの金具、みたいなものが錆びつき、くすんだ色を……水風船が破裂したのと似たような音が響いた。

 少女にも聞こえたのか、その音がしたほうに懐中電灯の人工的な丸い光を。地面に散らばっている木の枝を踏んでしまわないように注意しながら本殿の裏手へ。

 ぴちゃり。

 普通なら聞こえないであろう、水が弾けるような音が耳に届いた気がした。

 すでに死んでいるわたしでさえも……このまま本殿の裏手へ行くのは頭のいかれている行為。そう思うほどなのに少女は笑みを浮かべている。

 なのに、少女の身体は酷く震えていた。

 首からぶら下げているいわくつきのお守りを握りしめ、大量の冷や汗を顔から。

 ぴちゃり。ぎ、ぎぎ。ぎちちちちちち。

 先ほどの水が弾ける音にまじって……両面テープでくっついているやわらかいものと、かたいものを無理矢理にひっぺがす時のような気色の悪い。

 ぱきっ。

 木の枝を踏みつける音が聞こえ……驚いたのか少女は懐中電灯の人工的な丸い光をあちこちに振り回していく。

 その光が木の枝を踏みつける音が聞こえたところに向けられなかったのは、偶然ながら幸運だったとは思うが。

 不運なことに、落としてしまった懐中電灯が大きな音を立てて、壊れてしまった。

 ぱきっ。ぱきっ。ぱきき。

 誰かが走ってくる……死んでいるわたしがそう思うよりもはやくに。懐中電灯が壊れてしまったのとほとんど同時に、少女はその場から逃げだしていた。

 荒い呼吸をくり返して、少女は全力で神社からはなれていく。追いつけば殺される。

 そう思っていたのだろうな、こんな状況で楽観的なことを考えられる人間は少ない。

 すでに死んでいるわたしさえも生きた心地はしなかったんだし、生きている彼女ならばなおさらか。

 パニックになっていたせいか、少女はここまで来た道のりとは全く違うほうへ、森の中に逃げている。

 少女の小さな身体ならば、うっそうとしている草むらに、身を隠すこともできるだろうから全くの悪手とも言え。

 なにかに足を引っかけてしまったようで、少女は転んでしまった。

 普通の人間ならば、防衛本能やらなんやらで声をだしてしまうと思うが、幸いなことに少女は先天性の病気のおかげで……声をだせなかった。

 さらに、うっそうとしている草むらで身を隠すこともできている。そう……そのままの状態だったら、もしかしたら少女は。

 自分を転ばせることになってしまったものさえ見なければ、死んでいるわたしの目の前にへたりこんでいる少女は。

 今、少女を追いかけてきているものと同じ存在に殺されてしまい……顔だけが転がっているわたしを見つけることがなければ。

 そして、奇跡は起こったのだ。

 おそらく、先天性の病気で声をだすことができなかった。目の前にいる少女がなんとも可愛らしい声で叫んでいる。

 まあ、神さまとやらがいるのかどうか知らないが一言だけ伝えたいこともあった。

 タイミング、ってものがあるだろう。




 さて、ここまで話をしておいてなんだが、今さら懺悔や後悔をしたところでやはり意味はないと思う。

 多少だが、少女に対してセンチメンタルになっていたのは……わたしの顔の一部を身につけてくれていたからか。

 確か、本来ならお守りの中には紙やら木の板やら金属片が入っているらしいけど、これ以上はやめておこう。

 少女が中身を見ていたとしても今回のことが回避できたとも思えないしな。それに見ただけなら、ただの金属と同じだ。

 それに、類は友を呼ぶって言葉もあるし。

 ま、死んでいるわたしはこの少女ではないから分からないが……声をだせたことはそれなりに気持ちの良かったもののようで笑っている。

 死んでいるわたしの隣に転がっている少女の顔に伝えるべき言葉は。

 良かったな、最後に声がだせて。

 声をだすことができなかった、死んでいるわたしは、そう伝えていた。

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