奇妙な夜
ーーーとある小さな町
街角の酒場には、そこにいる大人の半分もない小さな少年がいた。
「ハベル、今日は何を作ってきたんだ?」
店主の甥ハベル=ペルセウス・ペネレウス、六歳。魔法に憧れた少年である。
*
「ふふーんっ、今日はねっ、いつもとはひと味もふた味も違うっ、おっ」
ハベルは勢い余って、頭にかぶったでこぼこのヘルメットがズレたのを直し、改めて懐をガサゴソとしてひし形の機械を取り出す。
「どぅるるるっ、じゃーん!」
「おっ、今日のはなんかカッコいいじゃんか、ハベル」
カウンター越しに、ハベルの姿を見て微笑む壮年の男性。彼はハベルの父の弟、つまり彼の叔父にあたる人。そして訳あって、家族のいない彼を引き取って叔母と二人で面倒をみている。
「へーん、見ためだけじゃないよっ、これはね、どんなものにでも変身できる魔法なんだ!ちょっと待ってね...よっと、ぅんしょ」
ハベルはその機械の中心を押し込む。なんだか形がちぐはぐでどうにも簡単に押し込めないようだったが、なんとか出来た。
ボタンを押すとピコンッという音とともに機械が開き、そのままハベルの持っていた方の手を覆う。なにが起こるのか分からない周りの面々は、その後の展開を予想しながら酒を進める。みんな、ハベルが何かを作ってきて披露することなどいつものことなので怪我をしないかなどと心配しているのなんて店主くらいのものだ。
そうこうしているうちに、機械は大きくなったり伸びたり縮んだりしながら、腕の形にぴったりと合わさり完全に覆ってしまった。
見た目は腕時計だ、まぁ時計というにはあまりに大きいが。なにせ肘下から手首までを機械が覆っていて、その時計のような形をした機器が手首上についている。腕を覆っている部分はドリルのボディのような形状で、所々に押し込めそうな凹凸がある。
「...ハビー、それが変身かぃ?」
「まっさか!これはその変身を補助してくれる装置...名前は、えーっと『スタイルチェンジマジック』...は長いな、略してSCM(Style Change Magic)にしよう!うん、かっこいいな...じゃあ、いよいよ見せてあげるよっ、これがーーー」
「ーーー邪魔するぜ」
ハベルが意気揚々と装置の説明をしていたら、バンッという大きな音を響かせて店のドアが開き男達が入ってくる。皆一様に同じような作業着を着て、ススで汚れたのか顔も服も黒く汚れている。男たちは、後から後からぞろぞろと入ってきて、気がつけば店内は彼らの集団で満杯となっていた。
彼らはとても粗暴で店内の椅子に座っていた客を蹴って座ったりしている。特に先頭で入ってきた男など、机の上に足を組んで乗せ、まるで我が物顔で中央のテーブル席に座った。
ハベルは、話の途中で邪魔をされたので機嫌が悪かったが、面倒を見てくれている叔父さんに迷惑をかけまいと話を切り上げ機械をしまい叔父さんのいるカウンターテーブルの陰に隠れる。
(...うん?)
その際、最後に入ってきた男が何かの病気なのか、青紫色のような顔色をしていて目に入る。彼はあれで平気なのか?
「おい、なにぼぅとしてやがる、ここは酒場だろう、酒を持って来ずになにしてやがる?」
そんなことを考えていると、集団のリーダーらしき人が声を上げる。分かっていたようなものだが、その言葉遣いは当然のように汚く、またあぶらぎった、聞くのが少し気持ちの悪い声だし、何よりすごく偉そうに話しているので、ハベルはすぐにその男が嫌いになった。そもそもハベルは邪魔をされてムカムカしていたのに、よりにもよってあんなロクでもなさそうなやつに邪魔されたとは、そう思うと更にイライラしてきてテーブルの陰に隠れて腕を組んで頰を膨らませる。
そんな様子を見て、一瞬でなにを考えているのか理解した店主は微笑ましくハベルを見て頭を一つ撫でると、テーブルから出てその男の所まで向かう。
「申し訳ない、あいにくと酒を切らしてて出すものがないんですよ」
「...は?おいおいおい、ちょっと待ってくれよ。
つまりなんだ、そこに座ってるデブも、あそこにいるブサイクも、そこの間抜け面も、水を飲んでんのか、えぇ?違うだろう、そいつは酒だ、わかったらさっさと用意しなクソ爺」
「...そう言われてもねぇ、本当にこの店にはもう酒がないんですよ」
「...もう一度言う、酒をここへ持ってこい」
一触即発。彼が懐から出したそれで、店内の空気は張り詰める。
「お兄さん、なにもそう慌てる必要はないだろう。ここらにはまだ他に店がある、そっちに寄れば酒を出してくれるだろう?」
「関係ねぇ、この『切り裂きジャック』様がわざわざ足を運んでやってるんだ。だのに酒を用意しなきゃてめぇは生きる価値がねえ、次にお前が言うべきことはわかるな?無駄なことをいやぁ頭に風穴が開くことになる」
男は、拳銃を店主の頭に押し付け、おおよそ脅し文句といえる言葉を放つ。彼の目は最悪なことに本気だ、取り巻きが驚いた素振りを見せないあたり、いつもこうやって脅したりしているのだろう。
ハベルはカウンターに隠れて、あいつらから見えない位置にいるものの頭を少し出して様子を伺う。そしてさっき男が拳銃を取り出したところで、小さく悲鳴をあげてすぐさま頭を引っ込めブルブルと震える。
「そう言われても、無いんだ、仕入れ先の店も明日の朝からしか開かない―――」
『ーーーバンッッ』
一瞬の爆音。躊躇なく引かれた引き金と空間に響いた銃声は、誰に当たるでもなく叔父の頭の真横を過ぎて壁に当たる。呆気にとられている僕らを置いて、悪党どもは薄ら笑いを浮かべ、反対にリーダー格の男だけは酷く機嫌が悪そうな顔をしている。
「ケッ、時化た店だ。行くぞ」
それだけ言うと、悪党どもはぞろぞろと出口から出ていく。だが、その途中にテーブルや椅子を蹴り倒して進み、荒らすだけ荒らして帰って行った。
その間、僕も叔父も店にいた客も、誰一人動けず棒立ちのままで荒らされている様を見ているだけだった。
「...」
「はぁ、災難だったなアレイ、手伝うよ」
「ありがとう」
災難が去ったと一息ついたみんなは、荒らされた店の中を綺麗にしていく。
僕は銃弾で壊れた壁を見てため息をついている叔父さんの元へ行く。
「修繕費はいくらになるやら...」
「ねえ、叔父さん。通報しなくていいの?」
ん?と、こちらを向く叔父さん。さすが僕の叔父さんなだけあって怖い思いをしたというのに、いつも通りだ。僕は今も少し足が震えているのに。
「そうだなぁ、おいギグ、自警団に連絡入れといてくれ」
「あいよー」
「これでバッチリだな。ハベル、店の中は少し片づけなきゃならんから、外で遊んできていいぞ」
「...分かった」
そういわれて周りを見ると椅子やテーブルを立てたり、壊れて使えなくなったモノを片付けてくれている人たちばかり。
言われた通り外へ出よう。このままここにいても邪魔になるだけだし、ここにいても僕がやることなんてないわけだし。
僕は、裏にあった木版を持ってきて風穴の上に乗せて杭で打ち付ける叔父を後目に外へ出る。
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「―――あーあ、せっかく渾身の作品ができたってのになぁ...」
僕は、町のはずれにある林の中を散歩しながら愚痴を垂れる。ヲン神殿と同じくらいの大きさの面積(※約2万キロ平方メートル)に反して、割と狭い間隔で木が立ちまくっているので視界は悪い。
でも、小さい頃からここで山菜取りしたり、叔父と犬と散歩したりしていたので、迷うこともない。凄く綺麗な川もあるので、個人的に居心地のいい空間なので最近じゃ一人で遊ぶときは、いつもここで過ごしている。
友達がいない訳じゃないけど、魔法の探求を続けていたら一人で遊ぶことが次第に多くなっちって、最近じゃあめっきり同い年の子と遊ぶことが無くなってしまった。
たまに寂しいと思うこともあるけれど、それ以上に魔法が大事だから後悔はしていない。
いつも通る、お気に入りの道を進んでいて、なんとなく足元にあった石ころを蹴って転がすと、木に当たって跳ね返ってくる。
「うわっ―――うん?なんだろ」
飛んできた石に驚いて体をのけぞると、ちょうど視線の先にいつもならない乱立した林をみつける。結構、狭い間隔で木が立ってるとは言ったけど、ちゃんと陽の光は差し込んでいるしどこも明るい場所なのに、あそこだけ薄暗い。ここまで鬱蒼とした場所なんて今まで無かったはずなのに。
ここの土地は、不思議なことにいつの間にか木が生えてきてあり得ないくらいの速度で育つけれど、あんな感じで生える事なんて今まで無かった、少なくとも僕が知る限りは。
この土地は、その特性を生かして定期的に木材採取される。そのために伐採されてしまった場所だけ、いつも木が同じ数だけ生えてくる。だから、結論を言うとこの土地に生える木の総数は恐らくいつも同じ数に保たれている、ということ。
叔父が言っていたことなんだけど、ここに来て遊んでいると、その言葉が間違っていないと僕も思う。
とにかく、あんなふうに木が生えているのは珍しいということ。
僕は、そのすぐそばまで行って近くで見る。中をのぞくと、どうやら一本の道ができていた。凄く狭くて、子供の僕でもやっと通れるような道が、ずっと奥まで続いている。この様子だと今まで気が付かなかったのもうなずける。僕もたまたま見つけただけで、少なくとも大人では、うつぶせにでもならない限り見つけられないだろう。
「...」
少し迷ったが、好奇心には抗えずその隙間に踏み入る。
茂みに足を踏み入れると、ちょっとした段差があったようで滑り落ちる。運良く怪我もなく立ち上がりすぐさま落ちたところを見たが、入り口は十分に登れる位置だったので、帰れなくなったわけではないと安心する。一息ついて、そのまま道なりに進んでいく。道中は景色が変わることもなく、ひたすらに茂みが続く。僕の背がそこまで高くないおかげでかがまずとも歩けるくらいの高さの天井に、地面は青々とした芝だ。途中、曲がったりすることもなく、ずっと真っ直ぐの道だった。
あれからどれだけ歩いただろうか?感覚的にはそうとうな距離を進んだのに、いくら歩いても終わりが見えない。どう考えても、とっくの昔にさっき言った土地を越えているというのに、どういうわけかまだまだ道は続いていて終わりが見えないのだ。流石におかしいだろう、何か不思議なことが起こっているとしか思えない。
このまま進んでもラチがあかないし、そろそろ引き返そうか?いやでも、生まれて初めてこんな怪奇現象みたいな場所を見つけたのに、このまま帰っては勿体無い気がしないでもない...
あれ、そもそもこれ帰れるのか?
「...うっそぉ」
しかして、どうせ来た道があるだけだろうと思って振り返ったというに、どういうわけかそこには来た道などなく広々とした空間が広がっていた。
それはもちろん、いつもの林の中などではなく、全く見覚えのない場所だ。
背の高い木々が周りを囲み、中央には煙突のついた小さな家と小さな畑、大きな切り株でできたテーブルとその周りに小さな切り株の椅子がある。
すごく幻想的だ。なんというか、森の妖精が住んでそうな感じで...
「いいだろう?ここは我輩のお気に入りなんだ」
「はい、すっごく素敵で...す?っ!」
声に驚いて振り返る。するとそこには優しそうな顔をした老人が杖をついて立っている。
「い、いつから、その、そこに?」
「かっかっかっ、ずっとここにいたよ、突然現れたのは君の方だ」
コロコロと笑いながら答える老人。てっきり童話の話みたいな悪い人が現れたのかとも、一瞬思ったけれど、どうやら悪い人ではなさそうだ。
「それで、君はどうやってここへ?」
「あ、えっと、森の中で変な茂みを見つけて入ったら永遠と道があって、ずっと進んでふとした拍子に振り返ったらここに来ちゃったんだぁ...って、おかしいかな?」
「かっかっか、そうでもない。生きていれば、色んなことを経験するもんさ」
またも笑い、話すおじいさん。この老人は僕が突然現れたといっていた、だとしたらここに住んでいたりするのかな?
「おじいさんは、ここに住んでるの?」
「そうだねぇ、別荘といったら近いか。いつもいるわけじゃあないのさ、ここは好きだからずっといたいとも思うんだかねぇ...なかなか難しいのさ」
「ふぅん...ねぇ、おじいさんは妖精さんだったりするの?」
「おかしなことを言う子だなぁ。どうしてそう思うんだい?」
「だって...あれ?なんでそう思ったんだろう?」
なんとなく、としか言えないな...どうやってここに来たのか知らないから、ここにいるこのおじいさんが、自分の知らない世界の人間なんじゃないか、って思っただけなのかも。
「まあ、ともかくだ。少年よ、そんなことはどうでもよいのだ。
ここは来ようと思ってこれる場所ではない、ここはそれを望んだものの前に現れるのだよ」
おじいさんは僕の横を通り過ぎて、家の方に向かって歩いて行く。
「うん?どういうこと?」
「よく見ていなさい」
彼は特に説明するわけでもなく立ち止まることはない。なので僕はおいて行かれても困るので言われた通りにおじいさんの後へついていく。
「そこで見ておれ」
「...はい」
そして僕から少し離れた位置に立ち止まり、こちらを振り返る。そして懐からなにやら小包を取り出して、持った手を前に出して止まる。
「それは?」
「...魔法とは、供物を捧げ扱う術のことを言う。
この世の理から外れた役割を担うため、魔を司る法則と呼ばれているのだ」
「へ、魔法?」
「お前さん、どうやら魔法に興味があるようだな?」
「見ておれ」
そういうと、おじいさんは手に持った小包を強く握る。
すると手の中がくすぶりだし、かと思った瞬間―――
『―――ボウッ!!』
という音を立て、火柱が立つ。煙の無い、炎がメラメラと揺らぎ手の平で踊っている。
「これが魔法だ。
...だが、残念ながら今のお前さんが使うことは出来ない」
凄い、という反応をしかけた所で、それ以上に気になることを言われてしまい戸惑う。
「...どうして?」
「人間には使えんのだよ。いくつか理由はあるが、一つ上げるなら供物を捧げる能力が備わっていない、という理由だ。だから普通に生きている人間に魔法を扱うことは出来ない」
「そ、そうなんだね」
強くあこがれていた魔法という存在。小さい頃に救ってくれたあの不思議な力を見てから、今日までずっと追い続けていたものが、ついに見られたと思ったら絶対に使うことができないものであると分かってしまった。
「仕方がないだろう」と、そもそもおとぎ話の上のものだと心の底で理解していたから、こうやって実際に見ても、ショックは大きくないのかな。ただ煮え切らないのも確かで、こうやって目の前で使える人物がいるのに...
「...ん?そしたらおじいさんはどうして使えるの?」
「かっかっ、そりゃ人間ではないからだ」
「じゃあ手品師だったの?魔法ってのも嘘なんだねっ」
僕がわめくように言うと、おじいさんは少しニヤリとして答える。
「違う違う、我輩は悪魔だよ。
この世で唯一魔法が使える者だ、そしてお前さんが魔法を覚える方法を知っている唯一の者でもある」
「え、え?どういうことなの?」
いやでも、突然現れた家に、さっき見せた炎に、そう簡単に嘘だと判断できない。なにより僕が魔法を強く信じているせいで、疑いたくないのかもしれない。
「なあ少年よ、悪魔にならないか?」
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もう一度言おう、この店からこの物語は始まった。
ここからが彼の物語だ。