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心の準備ができてません 4

 

(リス)

 

 返事がない。

 

(リス!)

 

 返事がない。

 

(リス!!)

(っんだよ! うるっせえなあ!)

(リス。俺の嫁が昏倒した)

(は……?)

(俺の嫁が、昏倒したと言ったのだ)

 

 病でないのなら、ジョゼフィーネが昏倒した理由は、なにか。

 ディーナリアスには思いつけなかった。

 となると、リスに聞くしかない。

 宰相であるリスは、様々なことに詳しかった。

 王宮にいるだけでは知り得ないようなことにも精通している。

 

(アンタ……純潔相手に、そんな酷い抱きかたしたのかよ)

 

 ジョゼフィーネが男性を知らないことは、知っていた。

 報告書に書かれてあったからだ。

 正妃となる女性については、事前に調べが入る。

 

 リフルワンスは他国だが、ロズウェルドとは比較にならない小国だった。

 魔術師もおらず、防衛するすべも持たない。

 魔術師がいれば、魔力感知され、ほかの魔術師の存在は悟られてしまうのだが、その心配はなかった。

 つまり、姿を消して入りこむなど、造作もないのだ。

 ロズウェルド王国内の誰かを調べるより、よほど簡単にジョゼフィーネの身辺は調べられている。

 

(アンタの嫁は、アンタの今までの相手とは違うんだぜ? なんせ純潔なんだからな。あ、もう、純潔だった、か)

(舌を入れただけだ)

(……は?)

(口づけで、舌を入れただけだ)

 

 しーん。

 

 気配はあるので、集言葉(つどいことば)は切れていないはずだ。

 しばしの間のあと、リスの声が聞こえてくる。

 

(それだけ?)

(それだけだ)

(マジで?)

(マジだ)

 

 再び、しーん。

 

 待つことしばし。

 今度は、リスが大きく溜め息をついた。

 

(これだからな。オレは、純潔なんざ絶対に相手にしねーぞ)

(お前が誰を相手にしようが、どうでもよい。今は、俺の嫁の話をしておる)

(ていうか、なんでオレに連絡してくるんだよ……)

(リロイが病ではないと言ったからだ)

 

 耳の奥で、リスが小さく舌打ちする音が聞こえる。

 が、ディーナリアスは「次期国王になんたる無礼」などとは言わない。

 そういうことには、無頓着なのだ。

 とくにリスに対しては、その言動のほとんどを、気にしたことがなかった。

 

(ちょっと待て……)

(待つ)

 

 今度は、少し長く待たされる。

 数分ほどして、リスの気配が強まった。

 

(アンタの嫁、どうやら貴族教育を受けてねーみてえだな)

(それと、昏倒と、どう関係がある?)

(夜のこと、なぁんも知らねーってことサ)

(む)

 

 そうか、と思う。

 貴族令嬢は、ある一定の年齢になると、専門の学校に通わせるなり、家庭教師をつけるなりして、教えを受けさせるのだ。

 その中で、男性との夜のいとなみについても学ぶ。

 ジョゼフィーネは、その教育を受けていない。

 

(口づけのやりかたも知らなかったんだろうよ。息ができずに苦しくなって、口を開いたところに、アンタが舌を突っ込んだ。そんで、よけい息ができなくなって……ばたん)

(そうであったか)

(あ~嫌だねえ。純潔ってのは、面倒でいけねーや)

 

 ぴくっと、耳が反応した。

 ディーナリアスは、すうっと目を細める。

 

(リス)

 

 向こうで、リスが息をのむ気配がした。

 緊張も伝わってくる。

 

(俺の嫁を愚弄することは、たとえ、お前でも許さん)

(申し訳ございません、我が王よ)

 

 即座に、リスが謝罪した。

 ふっと、ディーナリアスは空気を緩める。

 リスとの関係を、堅苦しいものにしたいとは思っていない。

 ただ、駄目なものは駄目と示しておく必要があっただけだ。

 

(しかし……そうなると、俺は、これから、どうすればよいものか)

(教育を受けてねーだけなんだから、アンタが教えればいいんじゃねーか?)

 

 一理ある。

 うむ、とディーナリアスは、リスの言葉にうなずく。

 

(せいぜい大事にして、可愛がってやれ)

(むろん、そうする)

 

 嫁は、誰よりも大事にすべき存在なのだ。

 言われるまでもなく、大事にするつもりだった。

 

(じゃあ、もうオレの邪……)

 

 リスの言葉が切れる。

 ディーナリアスが手を振ったため、リロイが魔術を切ったのだ。

 聞きたいことは聞いたし、知りたいことも知った。

 リスとの会話につきあう義理はない。

 

 リロイは、とっくに姿を消している。

 ジョゼフィーネは病ではなく、昏倒の原因もはっきりした。

 必要があれば呼ばれるだろうと、通常の警護任務に戻ったに違いない。

 そういうリロイの手間のかからないところが、気に入っている。

 

 ディーナリアスは、ジョゼフィーネの頬を撫でながら、思案中。

 彼女が昏倒したのは、自分のせいだった。

 リスの言った「今までの相手とは違う」を、実感している。

 ディーナリアスの相手は、手慣れた女性ばかり。

 あえて、男女のいとなみについて教える必要はなかったのだ。

 

「報告書には、家庭教師の出入りがあると書かれていたのだが。そうか……お前は教育を受けさせてもらえなかったのだな」

 

 ロズウェルド王国は、この大陸で、最も力のある国として君臨している。

 そのため、ロズウェルドの貴族言葉は、どの国でも第2公用語扱い。

 平民ならいざ知らず、貴族では話せない者などいないはずだ。

 ジョゼフィーネのたどたどしい口調に、胸が痛くなる。

 

「お前は、俺の嫁だ。今後、そのような悲しき思いはさせぬ。必ず俺が守る」


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