嫉妬する日が来るなんて 3
ディーナリアスは、次期国王だ。
世継ぎが必要なのも、わかる。
リフルワンスにも王室はあったし、一般貴族だって世継ぎにはこだわっていた。
自分には関係ないと思っていたので、深く考えていなかったけれど。
(そういえば……トニーは王太子だったのに……考えたことなかった……)
アントワーヌは王太子であり、婚姻を誓い合ってもいた。
アントワーヌの隣で家庭を築く夢さえ見ていたにもかかわらず、世継ぎについて真剣に考えてはいなかったのだ。
その時には気づかなかったが、現実感が伴っていなかったのかもしれない。
なんとなく「幸せになれる」と思っていただけで。
(トニーの時とは……色々と違う感じ……だって、もうあと半月だし……)
婚姻の儀まで、あと半月に迫っていた。
儀式の流れや言うべきこと、すべきことは、ちゃんと覚えている。
ドレスや小物なども、ひと通り選んだ。
仮縫いも終わって、あとは仕上がってくるのを待つだけだった。
準備は、着々と進んでいる。
それに伴い、現実感もわいていた。
婚姻の儀が終わると、ディーナリアスは即位する。
即位の儀はディーナリアスだけが行うため、ジョゼフィーネに準備は必要ない。
とはいえ、即位をすると、ディーナリアスは国王になるのだ。
(世継ぎは……直系の男の子じゃなきゃ、いけないんだ……もし、私が、男の子を産めなかったら……ディーンは、側室が必要になったり、とか……)
彼は王族であり、国王にもなる人。
国王であれば、世継ぎが求められるのも理解はできた。
が、ディーナリアスが側室を迎えるということには、抵抗感がある。
正妃と側室の間に、どれほど大きな隔たりがあろうと、関係なかった。
地位や立場を失う可能性があるから、側室が嫌なのではない。
ほかの女性と親しくするディーナリアスを見るのが、嫌なのだ。
しかし、そんなことを言うのは、我儘だとも、思っている。
ディーナリアスの立場を考えれば、我慢するのが、正しいのだろう。
(でも……嫌って思っちゃう……私、ヤキモチ妬きだったんだな……)
ディーナリアスは、たびたび彼自身のことを「心が狭い」と言っていた。
けれど、ジョゼフィーネは、妬いてもらえるのが、嬉しかったりもする。
だから、心が狭いとは思わないのだけれど。
(側室は嫌って言ったら……ディーン、困るよね……)
ディーナリアスと自分とでは、立場も責任も違う。
思うと、解決策は、ひとつしかないように思えた。
なんとしても自分が男の子を産む。
そうすれば、世継ぎもできて、ディーナリアスは側室を迎えずにすむのだ。
ジョゼフィーネ自身も、心穏やかでいられる。
(あ……1人じゃ、駄目かも……? お兄さまがいたのに、ディーンのお父さまは、側室を迎えたんだから……2人? 2人なら、大丈夫?)
リスは、どちらでもいいと言っていたが、周りはうるさいらしいし。
これで安泰という状態にならなければ、側室話から逃げられない可能性もある。
ジョゼフィーネは手にした「寝間着」を、じっと見つめた。
前世の記憶にある、漫画やテレビにアニメに小説を思い出す。
(色っぽい服がいいのは、間違いない、よね??)
間違いないと思いつつも、不安ではあった。
好みがあると、リスが言っていたからだ。
前世の記憶の予備知識から、男性は誰しも、こうした物を好むと思っていた。
さりとて、好みがあるのなら、嫌がられることだってあるだろう。
(やっぱり……ディーンに聞こう……それが確実って、リスも言ってたし)
間違えるよりは、恥ずかしくても聞いたほうがいい。
世継ぎのことや側室のことが、頭から離れなかった。
どうしても、ディーナリアスに、ほかの女性が近づくのは阻止したいのだ。
割と頭の中をとっ散らかせているジョゼフィーネの耳に扉の開く音が聞こえる。
見れば、ディーナリアスとサビナが一緒に帰ってきた。
瞬間、そうだ、と思う。
ジョゼフィーネの頭の中は、割と、とっ散らかっているので。
「サ、サビナ!」
「はい、妃殿下」
すすっと、サビナが小走りで駆け寄ってきた。
そのサビナに、両手で「寝間着」を握り、広げて見せる。
サビナは驚いた顔をしているのだが、ジョゼフィーネは気づかない。
「こ、こういうの、き、着た?!」
「え……わ、私でしょうか?」
「そう! こ、婚姻のあと、こういうの、着た?!」
「…………それは、まぁ……それなりに……」
「き、着たんだ!」
もしかすると、自分が思っていたより「普通」のことなのかもしれないと思う。
特別なことでないのなら、恥ずかしく思う必要もない。
とっ散らかった頭で、ジョゼフィーネは、そう考える。
サビナの隣に立っていたディーナリアスに視線を移した。
肝心なのは、ディーナリアスの好みかどうか。
それを確認しておくのが大事なのだ。
「ディーン、こういうの好き?」
ディーナリアスは無言。
あれ?と、少し不安になる。
「ディ、ディーンが好きなら、着ようかなって……」
答えがほしくて、ジョゼフィーネは、じぃっとディーナリアスを見つめた。
しばしの間のあと。
よれよれっと、ディーナリアスが後ろによろめく。
そして、テーブルに手をつこうとして。
失敗。
ばったーんっと、そのまま床に倒れてしまった。
びっくりして、すぐさま駆け寄る。
何事が起きているのか、ジョゼフィーネにはわからない。
「ど、どうしたの、ディーンっ? ぐ、具合、わ、悪かったの?!」
「ジ、ジョゼ……そ、それは、ど、どこから……」
「え? リスが、お祝いって……」
ディーナリアスの口から「クソガキ」との言葉がもれたように聞こえたが、気のせいだと思い直す。
彼は、そういう汚い言葉は使わないのだ。
ディーナリアスが、わずかに顔を上げて言った。
「サ、サビナ……リ、リスを、絞め殺して来い」
「え? なんで、リス?」
「妃殿下は、お気になさらず」
きょときょとしているジョゼフィーネに、サビナが、にっこりしてから姿をパッと消す。
が、サビナの行き先に気をとられてはいられなかった。
ディーナリアスが、今際の際みたいに、ばたっと、また倒れたからだ。
「ディーン! ねえ、しっかりして! どうしたの?! どこか痛いの?!」
倒れ伏しているディーナリアスの背中を、一生懸命にさする。
それでも、ディーナリアスは低く呻くばかり。
ジョゼフィーネは泣きそうだ。
「俺が、好色なのでは、ない……俺の嫁が……俺の嫁が……愛くるし過ぎて……」
意味不明なことをつぶやくディーナリアスに、打ちどころが悪かったのかもしれないと、いよいよ心配になる。
そのまま、数時間、ジョゼフィーネは涙目で、彼の背中をさすり続けた。




