嫉妬する日が来るなんて 1
ジョゼフィーネが無事に帰ってきて、約5日。
リスは、いっこう姿を見せずにいる。
まだ不貞腐れているらしい。
さりとて、ディーナリアスは、まるで気にしていなかった。
宰相、リシャール・ウィリュアートンは優秀なのだ。
任せておけばいい、と思っている。
リフルワンスのことにしても、リスの思うようになるだろう。
国境警備の強化だとか、輸出入の関税だとか。
あの男がやらなくても、おそらく、遅かれ早かれ、リフルワンスはなくなる。
民の不満を解消できなければ、だけれども。
アントワーヌに、その手腕があるとは思えなかった。
むしろ、早く逃げ出さなければ、吊し上げられるに違いない。
民というのは、移り気なものだ。
良い時は褒め称えるが、食うに困れば手の平を返す。
が、そういう民からの支持を得られなければ、王朝というのは存続できない。
(民がおらねば国はない。国がなければ国王もいらぬ)
従って、民が「国王など不要」とするならば、排されるべきなのだろうと思う。
今のところロズウェルドでは、国王に対する支持は高かった。
ディーナリアスは、必要とされるうちは、真面目に「国王」をやるつもりだ。
民の平和と安寧のために。
(俺は、嫁と穏やかに暮らしてゆけるのなら、なんでも良いのだがな)
カウチに座ったまま、ジョゼフィーネが、婚姻の儀の衣装選びをしている姿を、見つめる。
笑ったり、困った顔をしたりと、彼女は、少しずつ感情が豊かになっていた。
見せる表情も増えている。
ロズウェルドにいると、あまりリフルワンスのことは耳に入って来ないのだ。
結果としては、それも良かったのかもしれない。
「たくさん、選ぶんだね」
「婚姻の儀は3日間かけて行われますし、都度、衣装換えもあるのですわ」
「……3日も……ちゃんと、何をするか、覚えとかないと……」
きゅっと眉根を寄せた、ジョゼフィーネが微笑ましく感じられる。
できない、と言ったって、ディーナリアスは、いっこうかまわない。
だが、彼女が頑張ろうとしているのだから、見守ることにしていた。
すぐには難しくても、こうした、ひとつひとつにより、ジョゼフィーネの「自分嫌い」は直っていくはずだ。
「あ、あの……」
不意に、ジョゼフィーネが、以前のような不安そうな表情を浮かべる。
気になって、ディーナリアスは立ち上がった。
サビナの前で、うつむき加減になっているジョゼフィーネの傍に歩み寄る。
「いかがした?」
ジョゼフィーネが、顔を上げ、ディーナリアスを、ちらっと見た。
それから、視線をサビナに向ける。
意を決したような顔つきをしていた。
「し、信じられないかも、しれないけど……私、その人の左胸にさわると、心が、見えるの……ま、前に……1回だけ……サビナのも……見たことがあって……」
だんだんに小さくなっていく声。
体も小さく縮こまらせている。
そういえば、と思い出した。
アントワーヌが、それらしきことを言っていた気がする。
とはいえ、ディーナリアスはアントワーヌになど、まったく興味がなかった。
そのため「妄言をほざいている」と思い、ほとんど無視していたのだ。
おおむね、ディーナリアスは人の言うことを聞いていない。
ジョゼフィーネが特別なのだ。
「こ、これからは、ぜ、絶対、そういうこと、しないから……ごめん、なさい」
ディーナリアスには、ジョゼフィーネが謝る理由がわからなかった。
サビナも、首をかしげている。
ジョゼフィーネだけが、申し訳なさそうにしていた。
「妃殿下、なぜ謝っておられるのですか?」
「だ、だって……」
サビナの言葉に、ジョゼフィーネが戸惑った様子を見せる。
彼女なりの理屈があるようだが、それがどういうものかが、わからない。
「だって……嫌じゃない? 心を見られる、なんて……」
「そうでしょうか? 相手にもよるとは思いますが、妃殿下に見られることには、なんの問題もございません。私に、後ろ暗いところはありませんから」
「そ、そうなの?」
「口では、なんとでも言えますでしょう? ですから、不審があれば、直接、心を見ていただいたほうが、安心していただけるのではないでしょうか?」
その通りだ、と思う。
嘘をついたり、騙そうとしたりする気持ちがあれば、心を読まれるというのは、恐ろしいことに違いない。
さりとて、人は誰しも、表情や仕草から、なんらか相手の気持ちを読もうとするところがある。
直接か、間接かの違いはあるにしても、だ。
(そのほうが手っ取り早い、というと語弊があるやもしれぬが)
言葉で証を立てるのは、難しいことでもある。
思っていることを、うまく言葉にできないこともあるのだし。
「ん? では、俺の気持ちをわかっておったのではないのか、ジョゼ?」
ジョゼフィーネが、パッと顔を向けた。
彼女は、よくディーナリアスの左胸を掴んでいる。
けれど、ジョゼフィーネは首を横に振った。
「……なんでか、わかんないけど……ディーンのは、見えないの」
「俺だけか?」
「わかんない……できるだけ、さわらないように、してるから」
すぐにでも、リスやリロイを呼んで試してみたかったが、ジョゼフィーネの表情を見て、やめることにした。
彼女は、人の心を読むのが嫌いなのだ。
嫌な思いをしてきたからというよりも、その行為自体に罪悪感をいだくらしい。
「殿下は、言葉を尽せばよろしいのです。元々、言葉足らずですからね」
ぴしゃっと、サビナに言われ、少し焦った。
ジョゼフィーネに「手抜き」だと思われたくなかったからだ。
「むろん、言葉を尽くすつもりだ。簡単な手立てに縋ろうとは思っておらぬ」
サビナに、どうだか、というような目つきをされる。
あまり言葉に重きを置いて来なかったのは確かなので、反論もできない。
本当は、ちょっぴりサビナを羨ましいと思ってもいたので。
「み、見えないほうが……あの……」
ふわっと、ジョゼフィーネの頬が赤くなった。
すぐに、その意味を悟る。
心が読めなくても、やはり、分かることはあるのだ。
ジョゼフィーネは人の心を読みたくない。
つまり、心を読めないディーナリアスだからこそ、安心してくっつける。
おそらく、そういうことに違いない。
心が見えないことに、彼女は不安をいだいたりもするのだろうが、そこは自分が言葉で語るべきなのだと思う。
それより。
「ならば、俺は、好きなだけ、ジョゼを抱きしめられるということだ」
ディーナリアスは、ジョゼフィーネを引き寄せ、ぎゅっと抱き締めた。
彼女の体を抱き込んで、髪にゆるく頬ずりをする。
そんなディーナリアスに、サビナが呆れたように、言った。
「殿下の、お心は、だだ漏れなので、見えなくてもかまわないのでしょうね」




