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影と日向 4

 

(なにを不貞腐(ふてくさ)れているのですか、リス?)

 

 返事をしない。

 

(そんなにへそを曲げるほどのことではないでしょう?)

 

 返事をしない。

 

(この程度のことで拗ねるなんて、あなたは、本当に子……)

(るっせえ、この野郎! オレをハメておいて図々しいんだよ! 詫びる気持ちもねえんだろーが!)

(ありませんよ、そんなもの)

 

 抜け抜けと言うリロイに、本当に腹が立つ。

 姿も見せず、即言葉(そくことば)での連絡にも腹が立つ。

 

 なにしろ、リスは怒っているのだ。

 

 とりわけ腹の立つことがあった。

 私室のベッドの上だが、地団駄を踏みたいくらいには腹を立てている。

 

(おっ前、オレらの秘密、知ってただろ! なんで言わねーんだよっ!)

(それは、まぁ……)

(っんだよっ?!)

 

 リロイの、言葉の濁しかたは、非常にわざとらしい。

 本心からリスに気を遣っているとは、到底、思えなかった。

 

(あなたが、後生大事にしているようでしたから、言わないほうがいいかと)

(なっ……っ?!)

(なにせ“オレら”の秘密ですからねえ。必死で隠そうとしているあなたに、知っていると言うのは気が引けまして)

 

 ワナワナと唇が震えた。

 怒りのせいで、言葉が出て来ない。

 自分がどれほどリロイを気遣っていたか、リロイは知らないのだ。

 わかってもいない。

 

 歴代の魔術師長は、(ろく)な死にかたをしない。

 

 これは、国王と「与える者」との関係に原因がある。

 国王を心から信頼し、最側近となるのが魔術師長だ。

 国王を「与える者」だと信じてもいる。

 が、実は「与える者」は別にいて、真の魔術師長としての役割を担っているのが国王だと知った時の衝撃は計り知れない。

 

 リスには知る由もないが、おそらく、自らの存在理由を見失うのだろう。

 なぜなら、魔術師長というのは建前で、本当は「いなくていい」存在だからだ。

 魔術師長がおらずとも、国王がいれば魔力の分配はできる。

 国王が「それ」を行っていると、周囲に露見(ろけん)させないことが必要なだけなのだ。

 

 信頼していた国王からの究極の裏切り。

 

 それを知るのは、国王が退位する時になる。

 だから、みんな、碌な死にかたをしない。

 

(ですが、我が君から聞かされたわけではありませんよ)

 

 そんなことは、わかっていた。

 リロイが「そういう奴」だと知っていたのだし、予想できて当然だったのだ。

 

 リロイは次期国王に仕えているのでも、王族に仕えているのでもない。

 ディーナリアスに仕えている。

 

 こだわっているのは、そこだけだった。

 要は、ディーナリアスが国王だろうが魔術師長だろうが、どうだっていいのだ。

 

(……お前、ずっとディーンの指示で動いてたんだろ)

(ええ。あなたにも、そう言ったはずですが?)

 

 リロイは、ディーナリアスを裏切っていない、と言った。

 裏切っているように見えたのは、リスが、ディーナリアスの動きに気づいていなかったからだ。

 

(あのつまんねー王太子からの手紙も、無事に妃殿下に渡るようにって配慮か)

下手(へた)に貴族の手に渡って騒ぎになれば、妃殿下の評判に関わりますからね)

(姉2人はどうなんだよ? 追い返せば良かったじゃねーか)

(そうするには、遅過ぎたのです。私が気づいた頃には、彼女らは辺境伯の屋敷にいましたのでね。曲がりなりにも、妃殿下の姉君です。密入国で捕らえるわけにもいかないでしょう?)

 

 リロイは、おそらく、ディーナリアスの指示を仰いでいたのだろう。

 そして、あえて自分には黙っていたのだ。

 理由は、すでに、わかっている。

 リスの中では、今回のことについて、すべて整理がついていた。

 

(……ムカつく)

(そう言われましてもね)

(お前、即言葉、切れよ。オレは、もう知らねー。もう寝る)

 

 ふんっと、リスは布団にもぐり込む。

 本気で腹も立てていたし、拗ねてもいた。

 しばらく仕事も放り出してやろうと思っているほどだ。

 

 リスが勝てない唯一の人物。

 

 ディーナリアスに、いいように躍らされてしまったのが悔しくてならない。

 リロイが「秘密」について黙っていたのも気に食わなかった。

 そのせいで、まんまと「奥の手」を使わされてしまっている。

 その上、サビナはリフルワンスに連れて行ったくせに、自分は置いてけぼり。

 

「不貞腐れるのも、たいがいにしてください」

「るせえ。勝手に入ってくんな。出てけ、クソ魔術師」

「そのように汚い言葉を使うほど、いじけることはないでしょうに」

 

 リスは、布団を引っかぶり、丸くなっていた。

 リロイの言葉は、まるでリスを擁護していない。

 言われるほどに落ち込み、そして、腹が立つ。

 

「頭は切れても、あなたは経験値が足らないのですよ」

「歳食えば、ディーンに勝てるってのか?」

「我が君は、生まれながらの王ですし、それはあなたもご存知のはずでしょう? だからこそ、契約相手に我が君を選んだのではないですか?」

 

 リロイの言うことは、正しい。

 リスだって、ディーナリアスが「王」だとわかっているから、選んだのだ。

 さりとて、正しいからといって、納得できるものでもなかった。

 

「なぜ、我が君が、あなたに話されなかったのかも、わかっていますよね?」

「わかってる、から……腹が立つんだろーが!」

 

 リスは、布団を跳ね上げて立ち上がっている。

 ベッド脇に呆れ顔で立っているリロイを見下ろし、睨んだ。

 いちいち言われなくたって、ちゃんとわかっている。

 

 リスの持つ「与える者」の力は唯一無二。

 代わりがきかない。

 万が一、万々が一にもリスを失えば、ロズウェルドから魔術師が消える。

 

 その、ごくわずかな可能性を()けるため、ディーナリアスはリスを王宮に釘付けにし、さらに「奥の手」を使わせた。

 リロイが裏切っていると誤認させて。

 

 わかっている。

 今となっては、すべて、わかっていた。

 

 ディーナリアスは、王だから。

 

 王とは、国の平和と安寧のためにいる。

 ディーナリアス自身が動いたのは私心だが、国を危険に(さら)さないための措置も、きっちり講じていたというわけだ。

 

「我が君は、絶対を絶対にする努力を惜しまないかたなのです」

「真面目過ぎてウザい! 完璧過ぎてムカつく! 半分くらい、肩代わりさせろってんだ、この野郎!」

 

 ディーナリアスに頼りにされる「宰相」でありたい。

 それがリスの目標なのだが、まだ道のりは遠そうだった。

 結局のところ、自分の未熟さが情けなく、悔しくて腹を立てているだけなのだ。

 

「後始末はリスに任せる、とのことですよ」

「は…………?」

「良かったですね。我が君から頼りにされて」

「ちょ……待て。後始末って……」

「リフルワンスのことや、王宮魔術師、半端者(はんぱもの)たちの処遇ですね」

「待て、リロイ。それを、オレ1人にやら……っ……」

 

 すでに、リロイの姿は、ない。

 リスは、姿のないリロイに向かって怒鳴る。

 

「ちくしょう! いっつもこうなるんじゃねーか! せめて、オレの愚痴を、最後まで聞いてけ、馬鹿魔術師がーッ!!」


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