影と日向 2
ディーナリアスは、冷たく光る黒い瞳に、その男を映している。
心も冴え冴えとしていて、なんの感情もわかない。
人ならざる者。
ディーナリアスの祖は、そう呼ばれていた。
身の裡に、その力を宿すディーナリアスには、その意味が、よくわかる。
力の大きさだけではなく、意思の持ちかたすらも違うのだ。
ジョゼフィーネ以外の者など、どうでもいい。
ふっと、そんな気持ちが浮かび上がってくる。
ほかにも大事な者はいるはずなのに、ひどく遠くに感じた。
身内のことですら、そんな調子なのだ。
目の前の男のことなど、心底、どうでもいい。
「あ、あなたにとっても、リフルワンスは、て、敵でしょう? 是非、お、お力を……」
諂うような笑みに、不快も感じなかった。
どうでもいいからだ。
いささかも感情が揺らぐことはない。
「お前に与した魔術師たちは、皆、昏倒しておる」
リスが「奥の手」を使っている。
王宮に属するすべての魔術師への魔力供給が止まり、吸い上げられていた。
ディーナリアスも魔力の供給を停止させることはできる。
とはいえ、すでに供給した魔力を吸い上げることまではできない。
それができるのが、リスの「奥の手」だった。
一気に、魔力を奪われ、魔術師たちは倒れているはずだ。
王宮でもどこでも、与える者の力は作用する。
が、ディーナリアスに効果はない。
彼の中には、常に2種類の力が存在している。
ザカリー・ガルベリーの血筋としての、魔術師の力。
ディーナリアスは、主に、こちらを常用していた。
リスにより制限される力ではあるが、まだしも「人間的」だったからだ。
けれど、もうひとつ、ディーナリアスが、その血にかかえるものがある。
ローエルハイドの、人ならざる者の力。
これは、誰にも制限などできない。
リスに魔力を吸い上げられても失うのは、1つ目の力のみだ。
2つ目の力を表に出した今、ディーナリアスの魔力は、あふれかえっている。
より大きな魔術を使うこともできるようになっていた。
むしろ、リスからの魔力供給がある間は、2つ目の力を全開にはできない。
リスが聞けばヘソを曲げるかもしれないので黙っているけれども。
ディーナリアス本来の力からすると、リスの魔力は「不純物」扱いなのだ。
よけいなものが混じっているため、本来の姿に戻りきれないというところ。
本来の姿になったディーナリアスは、躊躇いもなく、その力を使う。
リフルワンス全域に対し、魔力感知を行った。
今、引っ掛かるのは、王宮に属していない者に限られる。
つまり「半端者」だ。
(リロイ、見えておるな)
(もちろんにございます、我が君。あとのことは、お任せください)
ディーナリアスは、返事なく即言葉を切る。
リロイ、そしてサビナも来ているようだ。
リロイが呼び寄せたに違いない。
リロイには、ディーナリアスが魔力分配している。
そのリロイから、サビナは魔力の分配を受けているのだろう。
裏切り者の王宮魔術師たちはサビナが、半端者はリロイが片づける。
直接、指示を出していなくても、リロイがどう動くかは、わかっていた。
ディーナリアスの行った魔力感知の結果を、リロイに伝達していたからだ。
「わ、私たちは、こ、この国のために、お、王室を……」
「俺は、ただ、俺の嫁を迎えに来ただけだ」
ハッとしたように、男が表情を変え、怯えの色を濃くする。
ディーナリアスの力を正確に捉えられていないため、話せてはいるけれども。
「も、もちろん……お、おかえ、お返し、しま、します……」
「お前に返してもらう必要はない。元々、俺の嫁だ」
ディーナリアスは、手をサッと軽く振る。
横長の長方形をしたものが、パラパラッと目の前に現れる。
いくつものそれらに、それぞれ画が映し出され、音が響いた。
遠眼鏡というディーナリアスだけが使える魔術だ。
アントワーヌに呼び出されたジョゼフィーネのことも、これで視ていた。
それで、彼女が襲われかかっていると気づくや、転移している。
何もなければ出るつもりはなかった、というのは本心だった。
が、結果として、ジョゼフィーネの「告白」を聞くことになったのだ。
遠眼鏡には、魔力感知で特定した、半端者たち全員の場所が映し出されている。
いくつもの画に、素早く視線を走らせた。
そして、見つける。
ディーナリアスの、たった1人の愛する者。
ジョゼフィーネの姿を確認してから、遠眼鏡を切った。
彼女の居場所がわかったので、もう待つ必要はない。
ディーナリアスは、男に視線を戻す。
「リフルワンスがどうなろうと、俺には、どうでもよい。だが、お前だけは、許すことはできぬ。俺の嫁を、俺から奪おうとしたのだからな」
「待っ……」
言葉を、最後まで聞く気はなかった。
視線ひとつでカタをつける。
今のディーナリアスは、魔術の発動に動作を必要としない。
殺してはいなかった。
体と声を奪っただけだ。
そして、与えた。
食事なしでも生きられる性質を。
男の姿は誰にも見えず、声も誰にもとどかない。
けれど、男自身には意識もあり、生き続ける。
男は、亡霊のような存在に成り果てていた。
築き上げてきたものも、すべて失う。
自己顕示欲の強い者にとって、それが、どれほどの苦痛となるか。
ディーナリアスには、まったく興味がない。
どんな同情も憐憫もなかった。
すでに名すら忘れている。
リスが「奥の手」を使ってから、数分。
もうほんのわずかでいい、頑張ってもらいたい。
リスの思いとは違うが、それでも、ある意味では、ディーナリアスを止められるのはリスだけなのだ。
(ジョゼ……今、迎えに行く)
ディーナリアスは、ジョゼフィーネの近くに転移する。
あの男の手引きで、ロズウェルドから密入国してきたらしい半端者たちが、その崩れかけの家を取り囲んでいた。
突然、現れたディーナリアスの姿に、ぽかんとしている。
いるはずのない、黒髪と黒眼の人物に、現実感を失っているらしい。
彼は、あえて指を、ぱちんと、鳴らす。
瞬間、そこにいた数十人の者たちが「1人」になった。
体も精神も交じり合っている。
苦しげな呻き声が、体中から発せられていた。
ぱちん。
彼らは「1人」の姿のまま、地面の下へと吸い込まれる。
声は、もう聞こえない。
地下で騒いでいるのかもしれないが、ディーナリアスには関係ない。
彼らは、ジョゼフィーネを害する者に力を貸したのだ。
その罪は重い。
残りは1人。
ディーナリアスは、即座に家の中に転移する。
彼女の薄い緑色の髪が目に入った。
その体を、後ろから抱きしめる。
「大事ないか?」
すうっと、体にリスの魔力が入ってくるのを感じた。
ディーナリアスの髪と目の色が、いつもの状態に戻る。
それでも、問題はなかった。
ザカリー・ガルベリーもまた、優秀な魔術師だったのだ。
普通の人間相手であれば、その力だけで十分に事足りる。




