ひとりじゃないから 3
リスは考える。
考えている。
(リロイが、ディーンだけリフルワンスに行かせる? こいつが、ここにいるのはなんでだ? ディーンに使える魔術は……)
どくっと、心臓が嫌な音を立てた。
嫌な汗が背中をつたう。
リロイは、自分たちの秘密に気づいている。
そう悟っていた。
だから、ディーナリアスだけをリフルワンスに行かせても平気な顔をしている。
ディーナリアスの高祖父ザカリー・ガルベリーの代に、それは起こった。
そもそも、魔術師に魔力を授ける「与える力」は、ガルベリーの直系男子のみに引き継がれるものだ。
が、ザカリーは直系男子ではない。
その代の直系男子は、ザカリーの兄、ユージーンだけだった。
詳しい状況は明らかになっていないが、ともかく、ユージーンは即位せず、その代わりに即位したのがザカリーなのだ。
さりとて、ザカリーに「与える者」としての力はない。
力を持っていたのは、ユージーンだった。
当時も今も、国王が「与える者」であると信じられているが、実は違う。
ザカリーの代で、入れ代わっていた。
宰相を務めていたユージーンが「与える者」となり、その魔力を、一身に与えられる存在の「魔術師長」が、国王であったザカリーなのだ。
つまり、現状、国王であることと「与える力」に因果関係はない。
国の乱れを防ぐため、このことは、次期国王と与える者の後継者のみの、秘匿事項となっている。
器を持たない、真の意味での王族は、ガルベリー直系男子だけだ。
だからこそ「リスは」ネックレスをしている。
ユージーンから延々と受け継がれてきたネックレス。
器を持たない王族は、魔力が、だだ漏れ。
ほかの王族はともあれ、与える者の魔力の流れは相当に大きいのだ。
しかも、魔術師長ただ1人に向かって流れていく。
魔力感知されれば、すぐにバレてしまうのは必然。
その魔力の流れを隠しているのが、このネックレスに宿った力だった。
現国王の命が、あと1年ほどだとわかった時、リスは父から、このネックレスの意味を教えられている。
同時に、次期国王を選ぶよう促されたのだ。
その相手との契約を結んだ時点で、与える者としての力も譲渡すると言われた。
リスは、ガルベリー直系男子の、ただ1人の後継者なのだ。
そして、自らの魔力を一身に与える相手として、ディーナリアスを選んでいる。
ディーナリアスが即位に応じたあと、契約もした。
よって、現状、リスがディーナリアスに魔力を与え、その魔力をディーナリアスは、イーサンの代わりの「仮の魔術師長」へと全分配している。
その上で、下位の魔術師たちに「仮の魔術師長」が、細々と魔力を割り振ることで、魔力の出どころを誤魔化していた。
つまり、ディーナリアスは使おうと思えば、いつでも魔術を使える。
次期国王という「建前」があるから使わないだけなのだ。
リスから与えられる魔力は、王宮魔術師すべての魔力を賄ってあまりあるほど。
その力を使えば、リフルワンスのごとき小国など、あっという間に亡ぼせる。
ディーナリアスただ1人でも。
「あなたには、わかっていると思いますが、リフルワンスに与している魔術師も、それなりにいるのですよ」
「だろーね」
エドモンド・ハーバントの件。
あれだけは、リロイも関与していない。
あの時のリロイは、リフルワンスが絡んでいるとは知らなかったのだ。
教えたのは、リスだった。
(それで興味を持っちまったのかよ……ちぇっ、オレもつまんねーことしたな)
その後、リロイはリロイで調べていたのだろう。
エドモンド・ハーバントが野心家で「馬鹿」だと知っている者の中には、魔術師も含まれている。
リスも感づいてはいたことだ。
貴族は、爵位を持たない魔術師を顎で使うようなところがあった。
おそらく、エドモンドに使われたことのある魔術師が情報源に違いない。
「貴族も魔術師も……上に行けねーってのは、それほど苦痛なのかね」
「そのようです。私には理解できませんが」
「餌は、リフルワンスが“革命”に成功したら、地位を与える、とかだろうな」
「でしょうね」
きっと、すでにリフルワンス内にロズウェルドの魔術師が何人も、いや、何十人も入り込んでいるに違いない。
ディーナリアスが動くとともに、動くつもりなのだ。
「ディーンに革命の片棒を担がせようってのか?」
「私が、我が君のなさりたいことを、手助けすると知っているのでは?」
「ディーンは、自分の嫁を助けたいだけだ」
「目的と結果が同じになるとは限らないでしょう、リス?」
ジョゼフィーネを助けることが目的だとしても、結果、リフルワンスが破滅する可能性もある。
リロイは、そう言いたいのだろう。
リスにとっては、到底、承服できない。
密入国してきたアントワーヌを始末するなら、こちらに理があると言える。
だが、ディーナリアスが他国に入り、力を使って亡ぼすなど、あってはならないのだ。
リフルワンスが攻めてきたのなら、まだしも。
私心のために力を使わせるわけにはいかなかった。
「時間があれば、我が君も、自らで動かれようとはなさらなかったはずですよ」
ジョゼフィーネを助けるための時間がない。
ほかの手段を考えている間に危険が及ぶ。
ディーナリアスは、そう判断したらしい。
「お前が、仕組んだんじゃねーの?」
「まさか。私は、彼らの目的が何かさえ、わかっていませんでしたから」
リスは、ネックレスを手でいじる。
わずかばかりの逡巡。
けれど、やはり結論は変わらなかった。
ネックレスの先についているロケットを握り締める。
「ユージーン・ガルベリーを始として命ず、魔術師サイラスの誇りを示せ」
言葉の意味は知らない。
が、なにが起こるかは知っていた。
リスは、必死で、耐える。
魔力の流れを隠す力とともにある、もうひとつの力。
それは、すべての魔術師から魔力を取り上げるのだ。
逆流してくる魔力を、リスは1人で受け止めなければならない。
魔力や魔術とは関係なしに、リスの持っている能力を使う。
元は、魔力をストックしておくための「積在」という能力だ。
常日頃は、器を持たないリスにとっては、無用の長物。
なんの役にも立たない能力だった。
ワインの瓶にワインを入れても、飲むためのグラスがないようなものだ。
そして、魔力というのは、グラスに入れて始めて魔術という効果を発揮する。
その能力を、今は必死で駆使している。
魔力を箱詰めにしては、捨てていった。
器がないので、どの道、捨てるしかないのだけれども。
「どうだ、リロイ。これで手も足も出ねーだろ? ディーンだって魔力を失えば、なにもできやしねーぞ」
いつまでもは止めていられないため、時間稼ぎにしかならない。
それでも、ほかの手を打つまで、リスは耐えきるつもりでいる。
ふらつきながら、部屋を出ようとした。
その背中に、声がかけられる。
「あなたには、本当に呆れますよ、リス」
振り向いて、愕然となった。
魔力を失い、倒れているはずのリロイが、ゆっくりと立ち上がる。
「残念ながら、あなたの奥の手は、私には通用しません」
その言葉通り、リロイは魔術を使い、点門を開いていた。
リフルワンスに向かう気だとわかっても、もう止める手立てがなかった。
「待て! リロイ! 行くんじゃねえ!」
リスの言葉にも、躊躇う様子なく、リロイが門を抜ける。




