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ここがどこだかわかりません 3

 

「王宮魔術師のくせに……恥を知りなさい!」

 

 サビナの一喝にも、3人は退()こうとしない。

 その理由が、ジョゼフィーネには、理解できなかった。

 血が流れているということは、痛いはずだ。

 怖いとは思わないのだろうか。

 

 死ぬかもしれないのに。

 

 前世の記憶にあるゲームとは違う。

 死ねば、蘇ることはできない。

 ここでの命はひとつきり。

 失ったら、終わりなのだ。

 

 3人から交互に、攻撃が飛んでくる。

 おそらく、腕は、サビナのほうが上だと思った。

 彼らは、似たような魔術しか使わない。

 対して、サビナは、様々な魔術を使っている。

 

 氷の矢や黒い(たがね)のようなもの、岩の(つぶて)

 大量に飛んでくる、それらをサビナは、簡単に弾き返していた。

 どれもサビナには、かすりもしない。

 もちろん、サビナの後ろにいるジョゼフィーネにも、だ。

 1人対3人でも、サビナなら大丈夫そうに思える。

 

「どうしても退かないつもりね」

 

 サビナの動きが速過ぎて、見えなかった。

 が、3人の体の周りで、何かがパシンッと砕ける。

 直後、水滴が、その体にまとわりついていた。

 

「死んでも恨まないでちょうだい」

 

 バチバチッという音と光。

 雷系統の魔術だと察する。

 ここはゲームの世界ではないが、ゲームに出てきた魔法と似ていた。

 だから、ある程度は、なにが起きているかが、わかる。

 

(げ、現実だと……やっぱり、怖い……でも、サビナは私を助けようとして……)

 

 戦ってくれているのだ。

 なにもできないことが、もどかしくなる。

 これまでのジョゼフィーネなら、後ずさりして逃げていたところだ。

 どうせなにもできないのだからと諦めて、なにもできないことにもどかしさなど感じなかったに違いない。

 

 しゅう…と、煙が上がっている。

 この世界に、電気というものはないが、雷に磁気が伴うのは知っていた。

 先に水滴まみれになっていた3人は、まともに電流を食らっている。

 

 ローブが黒く焦げていた。

 その下から見える肌も赤く(ただ)れている。

 きっと火傷をしているのだ。

 まだ立っているのが不思議なくらいの大怪我に見える。

 

「国王付の魔術師……いい気になるなよ」

 

 3人の内の1人が、そう言った。

 サビナと、さらに距離を取る。

 それから、手をサッと振った。

 3人の傷が治っていく。

 

 前に、ジョゼフィーネもリロイにかけてもらったことがあった。

 治癒の魔術を使ったに違いない。

 リロイが使った時とは違い、あっという間、ではなかったけれども。

 同じ魔術でも、使う人間の力により効果が違うらしい。

 

 思ったジョゼフィーネの背中に、ぞくりと嫌な気配が漂う。

 体が痛い。

 馴染みのある「悪意」が自分に向けられるのを悟った。

 瞬間的に、逃げようとしたジョゼフィーネの首筋に、ごつっという衝撃。

 

「サビ……」

 

 意識を失いかけながらも、必死で手を伸ばした。

 サビナもジョゼフィーネの手を掴もうとする。

 が、間に合わない。

 4人目の魔術師がいたのだ。

 

 3人は囮だったのかもしれない。

 思う間にも、周りが真っ暗になった。

 サビナの姿が遠ざかっていく。

 

(……さ、びな…………でぃ……ん……)

 

 意識を失ったのだと、頭の隅で、気づいていた。

 また自分は「ヘマ」をしたのだ、とも思っている。

 サビナが、あんなにも頑張ってくれたのに。

 

 暗い記憶の中に、ジョゼフィーネは落ちていた。

 彼女の周りは、活字だらけ。

 大きくなったり小さくなったりして、取り囲んでくる。

 ジョゼフィーネが、ずっと恐れていたものばかりだ。

 

 『は? トモダチ? なに言ってんの?』

 

 そう、友達ではなかった。

 友達だったと信じたかっただけだ。

 どこかのグループに属していなければ、との思いもあった。

 それが「普通」で、みんな、あたり前にやれている。

 

 はみ出すのが怖かった。

 みんなと同じ、が、できない自分が恥ずかしくて、怖くて。

 1人になるのが嫌だったのだ。

 

 『前から思ってたけど、あんた、ウザい』

 

 そうかもしれない。

 真面目さなんて振りかざせば、周りにうっとうしがられる。

 なんとなく感じていたものの、自分の中の「正しさ」と、折り合いがつけられなかった。

 正しいことを正しいと言いたかったのだ。

 

 本当には、今だって。

 

 『こいつさ、あんたらの悪口ばっか言ってんの』

 

 嘘などついていない。

 誰に信じてもらえなくても、自分だけは知っている。

 それで良かったのだ。

 自分の正しさを、自らで折り曲げなければ、1人でも立っていられたはず。

 

 彼女が引きこもったのは、自分の正しさを自分自身で諦めたからだ。

 悪意に負け、信じるものを放り出した。

 そのことが、最も彼女自身を傷つけている。

 

 ジョゼフィーネの意識に、活字ではないものが落ちてきた。

 声だ。

 優しくて、ジョゼフィーネを認めてくれて、つつんでくれる、声だった。

 

 『お前がお前を嫌いでも、俺は、お前が愛しい。お前がお前を守らぬのであれば、俺が、お前を守ってやりたく思う』

 

 彼がくれた、いくつもの言葉を思い出す。

 代わりに、ジョゼフィーネの周りを漂っていた嫌な活字が消えていった。

 やり直すのではなく、新しく始めるのだと、そんなふうに思う。

 無意識の中、ジョゼフィーネはディーナリアスの隣で笑っている自分を、見た。

 

(一緒に、字引き……作って……文献……調査……私も……手伝う……)


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