私じゃなくてもいいのでは 1
リロイは、その場にパッと現れた。
見慣れていない者であれば、一瞬、驚き、その後、恐怖する。
そこにいた男も表情を変えた。
とはいえ、表れたのは恐怖ではなく、笑み。
その緩められた口元に、虚勢ではないのがわかる。
「あんた自らが、ここに来るとは思わなかったな」
「私にも、事情というものがあるのですよ」
ロズウェルドの端、辺境地にある貴族の屋敷だ。
小さな領地であり、屋敷も王都にあるような大きなものではない。
大昔、リフルワンスとの国境沿いを守るために備えられた、小さな砦を改装しただけのものだった。
石造りで頑丈なことだけが取り柄で、華やかさには欠けている。
「それで? 俺を殺すつもりかな?」
「いいえ。殺すつもりなら姿など現しません」
広間のくたびれたソファに男は座っていた。
リロイは、その前に立っている。
「なるほど。確かにね。隠れたままのほうが簡単そうだ」
男が、向かいにある、やはりくたびれた1人掛け用のソファを手で示した。
そこに、黙って、座る。
「俺を殺しに来たのでないなら、なにをしに来たんだ?」
「少しばかり話をしに来ただけです」
「俺のしていることに文句が言いたいのなら、殺したほうがいい」
フードを取り、男に向かって、リロイは軽く両手を広げてみせた。
攻撃する気はないことを伝えるためだ。
「事情があると言ったでしょう?」
くすんだ銀髪に、深い青色の瞳。
男の周りには、物憂げな雰囲気が漂っている。
リフルワンスの商人、ファビアン・ソルロー。
リロイは、ファビアンが、アントワーヌと旧知の仲だと知っていた。
今夜、ここに来られたのも、情報あってのことだ。
「次期国王の側近が、こんなところまで来る事情を、是非、聞きたいな」
「あなたが、よけいなことをするからですよ」
「よけいなこと?」
「なぜ、彼女の姉たちを、こちらに?」
ファビアンが、小さく笑う。
心の中で、リロイは、ファビアンを罵っていた。
よけいな真似をしたせいで面倒なことになりかけている。
「そちらの次期国王が、アントワーヌを殺さなかったからさ」
「殺してほしかったのですか?」
「どちらでも良かった、というところだ」
眉をひそめ、ファビアンを睨んだ。
もったいぶった言いかたが、気に食わない。
さりとて、殺すわけにもいかないので、我慢するよりしかたがなかった。
「俺は、期待をしていたんだがなあ。アントワーヌが、ロズウェルドに密入国したあげく、殺されるっていうのは、最高に笑えるじゃないか」
「彼とは友人なのだと思っていましたよ」
リロイの言葉に、ファビアンが皮肉っぽく、ハッと声を上げる。
わずかに不快そうな表情が浮かび、すぐに消えた。
「あいつは、友人なんかじゃない。あっちだって、本当には友人だなんて思っちゃいないさ」
「それこそ、私にとっては、どちらでもいいのですけれどね。彼が殺されなかったことと、姉の件と、どのような関わりがあるのか、知りたいだけです」
「ますますジョゼフィーネが必要になった、というだけの話だな」
ぴくりと、リロイの眉が動く。
ファビアンが、なにを計画しているのかなど、リロイには、どうでもいい。
ただ、その結果として、自分の思う成果が得られるのかどうかが問題なのだ。
「アントワーヌを殺さなかったんでね。すんなり交換に応じると考えていたんだ。あんたからの情報ということで、あの2人が“まだ”だっていうのも聞かされていたしね。まさか、次期国王が、ジョゼフィーネに、そこまで入れ込んでるなんてな。こちらとしては、予想外だった」
「そうまでして、彼女を取り返したい理由があると?」
「まぁね」
リロイは、それ以上の追求をやめる。
もちろんジョゼフィーネを取り返したい理由を知りたい気持ちはあった。
が、聞いても話さないだろうし、深追いすれば、自分のほうが、足をすくわれかねない。
「俺も気になっていることがある。あんたが、なぜ俺に協力しているのか」
「あなたが、つい今しがた言ったではありませんか」
「俺が、言ったこと?」
「ええ。我が君が彼女に入れ込んでいる、とね」
リロイは、ファビアンの青い瞳を、じっと見つめる。
それから、静かに言った。
「我が君は、変わられました」
ファビアンが、口元を横に引く。
面白そうに、リロイを見ていた。
「その変容が気に入らないというわけだ。あんたにとって、ジョゼフィーネは邪魔なんだな。だから、俺のすることに手を貸している」
「どうとでも」
リロイが、アントワーヌからの手紙をあえてサビナに渡るようにしたこととか、姉2人が正規の手順で入国できるよう手を打ったこととか。
あえて話す必要はないと判断している。
言質を取られるのが嫌だったからだ。
「俺としても、利害が一致してるんなら、なんでもいいさ」
「ですが、あなたが余計な真似をしたせいで、こちらの宰相に気づかれかけているのですよ。彼は、頭のいい男ですからね」
リロイは、たびたびリスに探りを入れていた。
自分のしていることが露見していないかどうか、確認している。
今のところ、核心には辿り着けていないようではあった。
さりとて、リスは頭が切れる。
姉2人の来訪を告げに来たリスは、楽しそうだった。
おそらく、何かを思いついたに違いない。
遠からず、自分の動きに気づかれるだろう。
「近衛騎士も動いているようですし、このままでは……」
「あんたの身が危うい?」
「私が危ういということは、あなたも危ういということです」
「そう長く待たせるつもりはないよ」
近々、動く気らしいが、具体的な日まで、ファビアンは口にせずにいる。
信頼し合っているわけでなし、当然と言えば当然だ。
「ひとつ確認しておきたいんだが、ジョゼフィーネを殺しても?」
「私は、あなたに手を貸しているのですが?」
ファビアンが、納得したようにうなずく。
ひとまず、互いの意思の確認はできたというところ。
「私が、あなたに会うのは、これが最初で最後です」
言って、リロイは立ち上がった。
来た時がそうであったように、去る時も、挨拶なし、パッと姿を消す。




