言われなくても知ってます 3
セリーヌ・ノアルクと、エステル・ノアルク。
リフルワンスの国務大臣をしているノアルク公爵の娘たちだ。
2人とも美しい顔立ちに、豊満な体つきをしている。
確かに、自国の王太子に嫁がせる気になるのも、わからなくはない。
父親は、この2人の娘を自慢にしているだろう。
2人は、濃い茶色の、ゆるい巻き毛。
セリーヌは青い瞳で、エステルは茶色。
鼻筋がスッとしているところや、薄い唇が似ており、姉妹だと、すぐにわかる。
楕円形の瞳の端が細く吊り上がっていて、気位の高さが漂っているのも、2人に共通した特徴だと言えた。
2人が、ほとんどジョゼフィーネに似ていないのも。
体つきにしても、同様に、ジョゼフィーネとは似ていない。
ジョゼフィーネが細く華奢なのに比べ、2人は、とても肉感的だ。
肩紐のない、いかにも胸を強調するようなドレスを身にまとっている。
セリーヌは濃い青、エステルは赤。
それぞれ違う模様の金銀の刺繍が施され、袖はレースで肌が透けていた。
ロズウェルドとリフルワンスでは気候が違うが、それでも、今時期は暑い。
涼しげな装いなのは、そのためだろう。
もっとも、ロズウェルドの王宮内はどこにいようと、適温なのだけれども。
彼女らは、ジョゼフィーネを抱きかかえて現れたディーナリアスに驚いている。
ジョゼフィーネの好む庭園とは違う、別の庭だ。
王宮での茶会に、しばしば使われている。
青く茂った短い芝に、テーブルを丸く囲むようにして低木が植えられていた。
リロイとリスの姿はない。
代わりに、2人の侍従の姿がある。
ディーナリアスたちの後ろには、サビナが控えていた。
サビナは侍女姿なので、魔術師には見えない。
魔術師のいない国にとって、ローブ姿の魔術師は恐怖の対象になり得るのだ。
おそらく、リスが「気を遣い」魔術師を遠ざけさせている。
立ち上がっていた彼女らの前で、ディーナリアスはイスに腰をおろした。
侍従が2人のイスを引き直し、彼女らも座る。
ディーナリアスが口を開くまで黙っているのは、貴族教育の賜物だ。
夜会などでも、立場が上の者が言葉を述べてから、挨拶に来るのが慣習となっている。
「リフルワンスからの移動で疲れておるだろうが、俺は、言葉を飾るのを好まぬのでな。用件を申せ」
セリーヌが、ちらっとジョゼフィーネに視線を向けた。
いかにも「邪魔」だと言う目つきに、イラッとしたが、我慢する。
2人はジョゼフィーネに会いに来たわけではない。
さりとて、ジョゼフィーネのほうは「会う」と言ったのだ。
(ジョゼを、直接的に罵倒するようなことがあれば追い出すが……しばし、様子を見るとしよう。ジョゼにも、なにか言いたきことがあるやもしれぬ)
この国に来た当初からすれば、だんだんに彼女は意思を示し始めている。
その気持ちを、尊重したかった。
頼りにされるのは嬉しいが、自分の言いなりにさせようとは思っていない。
ジョゼフィーネにも、やりたいことをしたり、言ったりする権利がある。
「私どもは、リフルワンスの国務大臣である父から、ディーナリアス殿下の正妃となるように言いつかってまいりました」
「俺の正妃は、ジョゼフィーネで決まっておる」
「それは手違いにございますわ、殿下。父は、彼女が、アントワーヌ殿下と懇意な仲だとは知らなかったのです」
ジョゼフィーネが小さく体を震わせた。
アントワーヌの名を出され、怯えている。
口約束とはいえ、いったんは婚姻を誓い合っていたのは事実だからだ。
とはいえ、そんなものは、すでに無意味になっている。
彼女自身がした選択の結果は出ているのだから。
「知らなかったこととは言え、こちらの都合で彼女を国に返すのですから、相応の対応が必要だと、父は考えております」
セリーヌは高慢な貴族令嬢にありがちな、己が「もっともだ」と思うことだけを滔々と話していた。
ディーナリアスに「その気がない」ことになど気づいてもいない。
「私どものうち、どちらかを正妃に、どちらかを側室にしていただくことで、折り合いをつけていただけますでしょう?」
ジョゼフィーネ1人に対し、自分たち2人との交換ならば、文句はないだろうと言わんばかりだ。
中身になどおかまいなしに、勝手に値をつけている。
ジョゼフィーネに値などつけられはしないのに。
「ねえ、ジョゼフィーネ、あなただって、アントワーヌ殿下の元に帰りたいのではなくて? 私たちも、あなたが、殿下と懇意になっていただなんて、知らなかったのよ? もし、打ち明けていてくれれば、お父さまも、あなたを無理に嫁がせようとはしなかったはずだわ」
今度は、エステルが、そんなことを言い出す。
ディーナリアスの反応が薄いと見て、ジョゼフィーネに的を移したのだろう。
この国では、婚姻に女性の意思が必要だと、知っているのかもしれない。
アントワーヌも、それを知っていたかのような口ぶりで、ジョゼフィーネを説得しようとしていた。
「私たちは、あなたの代わりに来たのよ? あなたに幸せになってほしくて」
白々しいにもほどがある。
貴族令嬢も様々いるが、ディーナリアスの最も好まない性質の女性だ。
平気で嘘をつき、人の弱みにつけこもうとする。
ディーナリアスが口を挟む前に、セリーヌがジョゼフィーネに言った。
「あなたは、こんな大きな国の正妃に、自分が相応しいと思えるのかしら?」
背中から、鋭い怒気が感じられる。
サビナのほうが先に口を出しそうだった。
いや、口だけではすまないかもしれない。
それはそれでもいいのだが、ディーナリアスも黙っていたくはなかった。
が、しかし。
「わ、私は……ふ、相応しいとは……思って、いません……」
「そうでしょうとも。ですから、私たちに……」
「で、ですが……こ、これから、ふ、相応しくなれるよう……ど、努力、します」
ジョゼフィーネの言葉に、ディーナリアスは胸を突かれる思いがする。
きっと、彼女にすると、ものすごく勇気が必要だったに違いない。
姉に口ごたえなんてしたことはなかったはずだ。
なのに、恐れを抑えつけ、必死で反論している。
「今から努力して間に合うはずがないでしょう?」
「お姉さまの言う通りね。あなたは、なにも知らないのよ?」
「わた、私が……し、知らなくても……おし、教えてもらえ、ます……」
ジョゼフィーネが、ディーナリアスの胸のあたりを、ぎゅっと握ってきた。
が、うつむきはせず、2人を見ている。
「ディ、ディーンは、ま、待ってくれる、人だから……私……」
「いつまで、お待たせする気? まともな教育も受けていないくせに」
「そんな、おどおどした話しかたで、正妃になんてなれるわけがないわ」
「で、でも……私……私は……ディーンの、そ、傍に……」
「おやめなさい、ジョゼフィーネ! 自分の立場をわきまえていないわね!」
「元々、あなたでなくても良かっ……」
パリン、パリンッ!
ジョゼフィーネを責める2人のティーカップが、音を立てて割れる。
口を挟む前に、サビナは魔術を使ったのだ。
そのことに、感謝する。
そうでなければ、ディーナリアスが彼女らを「黙らせていた」だろうから。




