言われなくても知ってます 2
ジョゼフィーネは、パラリとページをめくり、ちょっぴり笑う。
書いていることが面白かったというか、真面目な内容が面白いのだ。
朝食後は、ディーナリアスとチェスをした。
今は、昼食後のティータイム。
カウチに座ったディーナリアスの膝に、ジョゼフィーネはいる。
もう、ここが定位置になっていた。
居心地がいいし、安心する。
困ることが、ひとつだけあるにはあるのだけれども。
「面白いか?」
ディーナリアスに微笑まれ、頬が熱くなった。
あれから半月、いつもこんな調子だ。
彼との近さに、はわっとなる。
慌てて、視線を外した。
(うう……ディーン、今日も……カッコいいなぁ……)
ジョゼフィーネもそうだが、ディーナリアスもリロイの魔術で即着替え。
ただ、父やアントワーヌとは違い、いつもラフな格好をしている。
タキシードの上着は、ほとんど着ない。
シルクのシャツにウエストコート、ゆったりしたズボンが定番。
今日も、濃いグレーのウエストコートと、同色のズボンを身につけていた。
公務の時には、着替えるのだろうけれども。
そして、ディーナリアスは外見も整っているので、ラフな格好も良く似合う。
十人中十人が「格好いい」とか「イケメン」とか評しても、おかしくない。
そんな男性が、自分だけを見ている。
思うと、はわはわっとなるのだ。
自分が好きになっても、相手から想いを返してもらえるとは限らない。
ずっと心に暗い思いをいだいてきた。
そのジョゼフィーネからすれば、ディーナリアスとの関係は、奇跡に近しい
たとえディーナリアスが自分に恋をしていなくても、求められ大事にされているのは確かなのだから。
「粘着……しつこいを百倍しつこくした……ネバネバしたものを人にたとえて……説明が、面白い、ね」
ジョゼフィーネは、ディーナリアスの曾祖父が編纂した「民言葉の字引き」を、読んでいる。
小説などではないが、それに勝る面白さがあった。
解説で、しばしば吹き出しそうになる。
(これを教えた女の人……時期がズレてるから、たぶん年上の人)
中には、あまり使わなくなっていた言葉もあった。
逆に、ジョゼフィーネが使っていた言葉がなかったりする。
つまり、同じ日本の記憶を持っていたとしても、その女性はジョゼフィーネより年上だったことが、うかがい知れた。
(私も、ディーンに教えたいな……一緒に、字引き作ったり、とか……)
すごく楽しそうだ。
けれど、まだ「前世の記憶」については話す勇気が出ない。
おかしな奴だと思われたくなかった。
その女性が生きていたら聞けたのに、と思う。
それらの言葉について、どう理由づけをしていたのかを。
「ジョゼ」
字引きから視線を、ディーナリアスに移動した。
少し眉根を寄せ、難しい顔をしている。
わかるのは、ジョゼフィーネが毎日のようにディーナリアスを見ているからだ。
見慣れていなければ、無表情に思えるくらいの微妙な変化だった。
「落ち着いて聞くのだぞ」
「…………はい……」
最近は、すっかり敬語を忘れて、普通に話している。
が、ディーナリアスの様子に緊張して、言葉も堅くなっていた。
「お前の姉2人が、王宮に来ておる」
瞬間、ざあっと血の気が引く。
落ち着いて、と言われていたが、無理だった。
姉たちとは折り合いが良かったとは言えないからだ。
一緒に遊んでもらったこともない。
食事から始まり、与えられるものはすべて「区別」されていた。
姉たちはジョゼフィーネを「妹」として捉えてはいなかったのだろう。
彼女らの、蔑みのまなざし、嫌味や罵声を思い出す。
「妃殿下が、お会いになりたくないのなら、断ってしまえばよろしいでしょう」
控えていたサビナが、腹立たしげに、そう言った。
アントワーヌの時と同じだと感じる。
逃げたければ逃げられるのだ。
おそらく、今の自分は「やりたくないこと」を避けられる立場になっている。
ジョゼフィーネは、ディーナリアスを見つめた。
ディーナリアスも、無理して会う必要はないと言ってくれるに違いない。
(でも……逃げてたら、また……嫌なこと、思い出すよね……)
結局、ディーナリアスに助けられたとはいえ、アントワーヌの時には、逃げずに自分の言いたいことを言った。
それが良かったのか、少しずつ気にかからなくなっている。
「……あ、会って、みる」
ディーナリアスが、ジョゼフィーネの頭を撫でてきた。
まだ、いろんなことが怖いと感じるし、人を信じきれてもいない。
それでも、少しずつでもいいから、変わりたいと思う。
今度こそ。
「俺の嫁は、とても勇敢だ」
言葉に、安堵が広がり、緊張が少しほどけた。
かなり無理な気もするが、いつか、ディーナリアスに相応しい「嫁」になれたらいいのに、と思った。
「リスが、茶会の準備を整えておるらしい」
「お茶会……」
ジョゼフィーネは、お茶会にも、もちろん呼んでもらったことはない。
そもそも姉たちと同じテーブルになどついたことがなかった。
会うと決めたものの、不安になる。
「案ずるな。ここは、リフルワンスではない。お前のすることは、すべて、この国では、認められるべきことだ」
要は、リフルワンスでの作法など気にするな、ということだろう。
貴族教育を受けていないジョゼフィーネに、気を遣ってくれているのだ。
「妃殿下は、いつも通りに、お過ごしくださいませ。もし、なにかあれば、私が、口を挟みます。よろしいですね、殿下」
「かまわんさ。好きにいたせ」
ディーナリアスもサビナも、自分を守ろうとしてくれる。
それが嬉しかったし、勇気も出てきた。
そう、ディーナリアスの言った通り。
ここは、リフルワンスではない。
ロズウェルドは聞いていたのと違い、少しも怖くない国だ。
魔術師も、それほど怖い存在だとは思わなくなっていた。
むしろ、前世の記憶の童話に出てくる「魔法使い」そのもので、憧れる。
自分にも魔術が使えたらなぁと、羨ましくもあった。
「それでは、お召しかえをいたしましょう」
サビナの手の、ひと振りで、パッとドレスが変わる。
ガラスの靴でも履きたい気分になった。
ジョゼフィーネが着替え終わるのを待っていたかのように、リロイが姿を現す。
初日にサビナから注意されて以来、リロイは、着替えの際には、絶対に姿を見せないのだ。
肌が見えるわけではないので、ジョゼフィーネ自身は、気にならない。
が、リロイは気にするのだろう。
すぐに、パッと、ディーナリアスの服も変わる。
赤茶色のウエストコートの上に、同系色のコートを羽織った正装姿は、やはり、さまになる。
それほど派手ではないが、首元のひらひらとしたジャボに、ディーナリアスは、嫌な顔をしていた。
彼は、堅苦しい格好も好まないのだ。
昔は違ったようだが、昨今、ジャボをつけるのは、リフルワンスでも王室の人に限られている。
(でも……似合ってて、カッコいい……)
ひとまず不安は脇に置き、つい見惚れて、ぽうっとなっていた。
そんなジョゼフィーネを、ディーナリアスが、抱きかかえる。
お茶会に、こんな登場をしていいのだろうかと、ジョゼフィーネは、ちょっぴりそう思った。




