教育的指導 4
保とうと努力していた自制が、一打粉砕。
ジョゼフィーネの、ひと言で消し飛んでしまった。
顔を寄せ、唇を重ねる。
やっぱり「ふわっ」とした。
ジョゼフィーネは、ほとんど化粧をしない。
リフルワンスから来た時もそうだったし、今もそうだ。
ディーナリアスの好まない「べたっ」は、口紅のせいだったかもしれない。
が、ジョゼフィーネとの口づけが快いのは、それだけではない気がする。
彼女は性格までもが、飾り気がなかった。
自分を、ことさらに良くみせようとしないのだ。
臆病なところも、受け身に過ぎるところも、隠すそぶりすら見せない。
本人は無自覚なのだろうが、あまりにも無防備だった。
なにしろ、常に素の自分を見せているのだから。
正直さや素直さすら、ジョゼフィーネは意識してはいないのだろう。
きっと、今までそうやって、生きてきたに違いない。
だから、逆に、些細なことにも傷ついてしまう。
人は、己が傷つけられた時、他者に対して攻撃的になることが多い。
心を守るための自己防衛本能が働くからだ。
が、ジョゼフィーネは、相手を責めたり、攻撃したりはしない。
ひたすら、自分だけを責めている。
彼女は、他者から自分を守らないのだ。
ジョゼフィーネの自己防衛本能は壊れている。
なにがあってそうなったのかはわからない。
が、ディーナリアスは、そのことについて、ひとつだけ理解できていた。
(お前は……自分のことが、嫌いなのであろう?)
気が弱いのも、自信を持てずにいるのも、自分を守らないのも。
すべて、そこからきている。
ディーナリアスは唇を、少しだけ離した。
ジョゼフィーネの唇の上を、そっと舌でなぞる。
「口を開け、ジョゼ」
ディーナリアスの胸のあたりをつかんでいた彼女の手が、ぴくっと震えた。
頬を撫でると、ジョゼフィーネが、薄く唇を開く。
深く唇を重ね直し、するんと舌を滑り込ませた。
ジョゼフィーネとする口づけは快いし、好ましい。
そして、意味がある。
(たとえ、お前自身がお前のことを嫌っておろうと……俺は、お前が愛おしい)
言葉にしようとすると、微妙にズレてしまう感情。
愛おしさとともに、もどかしさもあるからだ。
自分の気持ちは伝わっているだろうかと。
ジョゼフィーネの舌を、くるん。
やわらかな感触を、もっと確かめたくて、繰り返し、からめとる。
そのたびに、彼女のことを、強く意識した。
くるん、くるん。
可愛い、愛らしい、愛しい。
感情が連動して、ディーナリアスは口づけに夢中。
そして、知らず、手が動く。
「ぁ……」
重なった唇の向こうから、ジョゼフィーネのかぼそい声が聞こえた。
瞬間、我に返る。
息が苦しくなったのかもしれない。
また彼女を昏倒させてしまうと、ディーナリアスは急いで体を離した。
が、ジョゼフィーネは、困ったように眉を下げている。
「あ、あの……ディーン……こ、これ……?」
問われていることの意味がわからず、首をかしげた。
ジョゼフィーネの視線が、別の場所に向けられる。
追って、ディーナリアスは、びっくりした。
「あ、いや! こ、これは……っ……ち、違うのだ、ジョゼ!!」
バッと手を離す。
いつの間にか、ディーナリアスは、ジョゼフィーネの胸に手を置いていたのだ。
無意識だった。
ジョゼフィーネの不安そうな顔に、焦る。
彼だって、いきなり、そこまで関係を進展させようとは思っていなかった。
ただ、彼女に対する思いの丈が、あふれ過ぎたのだ。
ディーナリアスは、ジョゼフィーネの瞳を、じっと見つめる。
そして、非常に真面目な顔で、聞いた。
「俺を……どすけべだと、思っておるか……?」
見つめ合うこと、しばし。
真剣に、ジョゼフィーネからの答えを待つ。
好色な男だと思われているのなら、誤解を正さなければならない。
ディーナリアスは好色なのではない。
ジョゼフィーネが愛しいだけだった。
が、真剣なディーナリアスに、ジョゼフィーネが、ぷはっと吹き出した。
声をあげて笑い出す。
その姿に驚いた。
彼女が、こんなに楽しげに笑う姿を見たのは、初めてだったからだ。
「ま、真面目な顔で……そんなこと、聞く……? ディーン、面白すぎ……」




