教育的指導 3
ディーナリアスが、自分に嫉妬をしていた。
それが、信じられずにいる。
そもそも、嫉妬する理由がないように思えた。
(だって……私だよ? ディーンは、すごい人で優しくて……カッコいいし……)
自分に嫉妬する必要などないのだ。
もっと綺麗で、大人な女性が、彼の周りには大勢いる。
地味で取柄もなく、会話もうまくなくて、手間ばかりかけている自分を、あえて選ぶ必要すらない。
その上、嫉妬をするなんて、ありえなさ過ぎる。
(どこも、いいとこ、ないよね? 気に入られること、してないよ……?)
ひと月で2回。
ハーバントという貴族の時、そして、今回のアントワーヌのこと。
どちらもディーナリアスに助けられている。
彼には迷惑をかけてばかりだ。
自分が、なにか返せたかと考えても、なにも思いつかない。
(でも……ヤキモチ妬くってことは……ディーンも、私を、好きってこと……? それは、ちょっと……おこがましい……? 嫁だからってだけなんじゃ……)
ハイパーネガティブ思考が、チラッチラッと、ジョゼフィーネを見ている。
心の隅から顔を覗かせ、前に進もうとする彼女の足を、引っ張っていた。
ジョゼフィーネは、ディーナリアスを好きだと自覚している。
けれど、ディーナリアスが同じとは限らないのだ。
アントワーヌの時のことが、やはり、まだ堪えている。
心をあずけきってしまうと、期待した分のショックが大きい。
前世の記憶もある。
人を信じることの怖さを、ジョゼフィーネは忘れられずにいた。
「俺に呆れておるか?」
「そ、そんなこと、ないよ」
ディーナリアスに呆れてはいない。
少なくとも「嫁」に対しての執着心はあるのだろうし。
「あの……あのね……」
ディーナリアスは、自分をどう思っているのか。
聞きたかったが、答えを明確にしてしまうのも怖かった。
すでに愛し愛される関係になっているのかどうか。
そんな判断は、ジョゼフィーネにはできないのだ。
なにしろ経験値が低過ぎるので。
「最近、ディーン……ちょっと変だと、思ってたけど……呆れては、ないよ」
「変? 俺が……そうか。そうかもしれぬな」
結局、聞ききれず、話をすり替えてしまった。
しかも、ディーナリアスが眉をひそめているので、焦ってしまう。
おかしな言いかたをしてしまったせいで、彼を困惑させている。
「だって、あの……キ……口づけが、変だった、から……」
ああ…と、心の中で、ジョゼフィーネは、頭をかかえた。
そんなことが言いたかったのではないのだが、言葉をうまく操れない。
ディーナリアスが嫉妬していたという時期に、そんなことを考えていたなぁと、思ったのが、口から出てしまった。
「どういうふうに変だったのだ?」
真面目な顔で聞かれても。
さりとて、自分から言い出したことだ。
よけいに、ジョゼフィーネは焦る。
1人で過ごすことが多かったので、今でもまだ、会話慣れしていない。
アントワーヌとは、長くつきあってはいたものの、ジョゼフィーネが言葉を返すことは、あまりなかった。
彼女は、聞き役であり、相槌をうつ程度だったのだ。
この国に来て、少しずつディーナリアスとも打ち解けて、話をするようになってきてはいる。
それでも、焦ると、どうにも具合が悪かった。
「ええと……か、か、か、回数が多くて……」
「それは……そうだな」
ディーナリアスが考え込むように、また眉をひそめる。
なおさらに、ジョゼフィーネは、焦った。
心では「違う、そうじゃない」と思っていても、わけのわからないことしか、口から出てこなくなっている。
「く、くるんってするの、しなかったし!」
自分でも、何を言っているのか、と思った。
呆れるのは自分ではなく、ディーナリアスのほうだろう。
情けなくて、恥ずかしくなる。
ディーナリアスの胸のあたりをつかみ、ジョゼフィーネはうつむいた。
どうして、こんなふうになってしまうのか。
理由は、はっきりしていた。
(人づきあいしてこなかったから……すぐ焦って、パニくって……)
ディーナリアスと一緒にいたいとの気持ちから、前向きになろうとの努力はしている。
なのに、うまくいかない。
自分は、やはり、できそこないなのだ。
思う、ジョゼフィーネの顎が、くいっと持ち上げられる。
青みがかった緑色の瞳。
じっと見つめられ、心臓が、ばくばくした。
最初は怖いと思って鼓動が速くなったが、今は違う感情で、どきどきしている。
「しても、よいのか?」
「え……あ……う……」
おそらく、ディーナリアスは心配しているのだろう。
うまくできない自分を、気遣っているに違いない。
が、しかし。
「が、頑張る……」
「無理をする必要はないのだぞ?」
「え? 無理? ディーン、無理してる……?」
「ああ、いや、俺がではなく、お前がだ」
「私? 私は……無理してない……息継ぎの要領が……わかんないだけで……」
言うと、ディーナリアスが、ぷっと笑った。
その顔に、びっくりする。
彼は、たいてい無表情だからだ。
時々、微笑むことはあったが「笑顔」を見たのは、初めてだった。
かあっと、頬が熱くなる。
心拍数が、一気に上がっていた。
(すごい、カッコいい……カッコ良く笑う? やっぱり漫画の人みたい……)
どう表現するのが的確なのかはともかく。
ひどく胸が高鳴る。
こんなふうに笑う人だったのか、と思った。
「あの約束は、もう守れそうにない」
ディーナリアスの手が、頬をつつんでくる。
あの約束を、律儀に守っていただけだったのか、と思うジョゼフィーネに、彼が少しかすれた声で、言った。
「守れぬ約束はしたくないのでな。あれは、取り下げることにする」




