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教育的指導 1

 

「リス」

「お。めずらしいな、お前のほうから来るなんてサ」

 

 突然、私室にリロイが現れても、リスは驚かない。

 来るのではないか、と思ってもいたし。

 

「我が君が、街に出ておられました」

「あっそ。だから、なんだよ?」

 

 リロイが不機嫌そうに、顔をしかめる。

 しかめ面で、軽く手を振った。

 書き物机の前にあったイスが、リロイの前まで滑り寄ってくる。

 魔術で引き寄せたのだ。

 

 カウチに座っていたリスの前に、リロイが座る。

 かぶっていたローブのフードを、頭から取った。

 少し長めの焦げ茶色の髪と、理知的な茶色い瞳が現れる。

 こうしていると大人しく優しげに見えるのだけれども。

 

(見た目と中身は合わねーし、フードかぶってなきゃ、顔に感情、出過ぎだし)

 

 リロイは、存外、気が短い。

 そして、過激思想の持ち主なのだ。

 とくに、ディーナリアスが絡むと、大人しくさせるのが大変。

 本来なら、リスの言うことなど聞きはしない。

 リスが「ディーナリアスのため」にしていることについては納得しているので、とやかく言わないだけだと、知っている。

 

「妃殿下を街まで、お送りしたのは、私なのですよ?」

「はいはい。ディーンが、お前に護衛させなかったのが、不満なわけだ」

「不満などありません。ただ、我が君自らが動かれるのであれば……」

「へいへい。お前も(そば)にいたかったんだろ? あー、わかる、わかる。そりゃあ、寂しくて死んじまいそうになるわな」

 

 リロイが、ジロッとリスを睨んできた。

 軽口もたいがいにしておかなければと、リスは肩をすくめる。

 リロイは、一緒に連れて行ってもらえなかった理由を知りたがっているのだ。

 街までジョゼフィーネを送って行ったのだし、そのままリロイに護衛させることだってできたのだから。

 

「あのな、リロイ。お前は、男女の微妙なトコってのが、わかってねーんだよ」

「微妙なところ、ですか?」

「もし、あのリフルワンスの王太子と妃殿下が、いいカンジになってたら?」

「そのようなことは、ありえません」

「ほらほら。それな。それが、駄目なんだ」

 

 リロイにとって、自らの主より素晴らしい人物はいない。

 その主より、アントワーヌが選ばれるなど、あり得ない話なのだ。

 が、男女というのは、そういう物差しでは測れないところがある。

 少なくとも、リスにはディーナリアスの気持ちが理解できた。

 

「ま、お前が、どう思おうと、ディーンは、そういうこともあり得るって思ったんじゃねーの? だから、たとえお前にであっても盗み見させるようなことはしたくなかったんだよ」

「我が君は、妃殿下を疑っておられたのでしょうか?」

「いや、そうじゃなくてさあ……うーん……」

 

 どう説明すればいいものやら。

 リロイは、8歳の時に王宮に来て、そこでディーナリアスに会ったという。

 王宮に属しながらも、実際には、ディーナリアスの従僕のようだったらしい。

 リスが物心ついた頃には、すでにディーナリアスの傍にいた。

 

(こいつ、恋とか愛とか、まったくわかんねーんだもん……説明が難しいんだよ)

 

 とかく、リロイの感情は、ディーナリアスに一極集中。

 男女の「微妙なところ」になど無関心もいいところ。

 リスは、そういうことを、わかっている上で面倒くさいと思っている。

 だから、一夜限りを貫いているのだ。

 

「つまり……たとえばぁ……そうだなぁ……お前が側近になる前、ディーンに別の側近がいたとする。そいつが、行方不明になったとかで、お前が、次の側近として選ばれた。で、だ。そいつが急に戻ってきたら、お前、どうする?」

「そ、それは……そのような……」

 

 動揺しているリロイを、リスは目を細めて眺める。

 ちょっと面白かった。

 

「もしかしたら、ディーンがソイツを側近に戻しちまうかもしれねえ。そしたら、お前はどうなる? 用無しだろ?」

「わ、私より我が君にお仕えできる者などおりません! そのことは、我が君とてわかっておられます!」

「本当にぃ? そう言い切れんのかなぁ?」

 

 リスは、リロイに、意地悪く言う。

 そもそも面倒なことを言い出したのは、リロイなのだ。

 原因を作ったのはディーナリアスだが、あっちには八つ当たれない。

 ディーナリアスにもサビナにも、ぴしゃりとやられるに決まっている。

 本当の意味での「後始末」は、いつだってリスの役目だった。

 

「ま、そーいうこと。信じてはいるけど、確信も持てないってカンジ」

「……超、微妙、ですね」

「そーだよ。微妙なんだよ。わかれ」

「…………わかりました」

 

 話がここで終わればいいのだけれど、そうはいかないだろう。

 リスには、予想がついている。

 だからこそ、リロイが部屋に来るかもしれない、と思っていたのだ。

 

「ですが、街においでになるのなら、なぜ私に我が君からの、お声がけがなかったのでしょう?」

 

 そら、きた。

 リロイは、魔術師としては、かなりの腕を持つ。

 この国1番と言ってもいい。

 

 魔術師は、生まれながらに「器」を持っていた。

 その器の大きさが魔力量と比例している。

 それは、あとから努力して手に入れられるものではないのだ。

 結果、同じ魔術師でも、生まれた時から「格」が違ってくる。

 

 ただし、器が大きいだけでは上には行けない。

 魔術を発動させるには、なんらかの動作がいるからだ。

 そこには「腕」が必要だった。

 本人の素力、つまり才能に加え、相応の努力もしなければならない。

 

 リロイは、そのすべてを持ち合わせている。

 大きな器に、才能、そして努力の天才でもあった。

 リロイにしか使えない「集言葉(つどいことば)」を、リロイが見出したのは12歳の時。

 ディーナリアスがもらした「ほかの者とも話せれば便利」の、ひと言がきっかけだというのだから、呆れる。

 

 それほどの腕を持つリロイなら、点門(てんもん)を開くのは造作もない。

 事実、いつも平然と使っていた。

 王宮の上級魔術師でさえ、ひとつ間違えば、とんでもないところに、門を開いてしまう恐れのある魔術だというのに。

 

「ディーンだって、たまには自分で転移くらいすんだろ。即位前なんだぜ?」

「そういうことではなく……」

 

 魔術師に器はあるが、王族には器がない。

 器がないため、魔力を体に(とど)めておくこともできない。

 即位をすると、魔術師に魔力を与える者となり、完全に魔力を扱えなくなる。

 自己調節はできず、魔力は、ただただ魔術師長1人に垂れ流されるのだ。

 それが魔術師の頂点に立つ、国王という存在だった

 

 魔術師は、契約により、国王から魔力を与えられている。

 魔術師長以外の魔術師には、魔術師長から分配されることになるのだけれども。

 

 さりとて、即位前の王族には、その血筋から魔力が勝手に流れ込んでくるのだ。

 そのため、たとえ器がなくとも、即位前ならば、魔術も使える。

 

「だから、お前はわかってねえって言うんだよ。ディーンは、嫁の前でいい恰好をしたかったのサ」

「いい恰好……そうですか。そういう理由であれば、よいのです」

 

 いいのかよ!と、突っ込みたかったが、やめておいた。

 というより、突っ込む前に、リロイが消えていたので、言えなかったのだ。

 リロイの座っていたイスが、ちゃんと戻されていることに、リスは呆れる。


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